「ホテルコパン」
10人の壊れる日本人。と、その10人の怪優たち。
第9回 清水美沙 as 死んだ生徒の母親:高井千里
監督の門馬直人です。
今日って、建国記念日なんですね。建国っていつのことなんだろうと思ったら、『日本書紀』にある神武天皇が即位したとされる日でした。もはや神話じゃん!日本の祝日で、唯一のフィクション的な記念日。フィクション万歳ですね!
今日も劇中で描ききれなかった10人のキャラと怪優たちの見どころについて紹介していきます。
嫉妬と後悔に苦しむ母親の怨念。
人類最初の殺人事件の原因ってなんだと思います?これまた、フィクションですけど、嫉妬なんですよね。旧約聖書で、人類の祖 “アダムとエバ” の子供のカインが嫉妬に駆られて弟のアベルを殺害しています。聖書の中で、人類最初の殺人の原因を嫉妬としているところが、面白いです。
人間にとって殺人を犯す動機になる原初的なものとして、第一に嫉妬を挙げているわけですからね。
嫉妬とは、自分と他者を比較し、自分が欲しいものを持っている相手のことを快く思わない感情。これは生後5か月くらいの乳児にすでに見られるそうです。理由は、自分と他人という認識を持ち始めるからだそうです。このことからも、嫉妬とは、生まれて初めて体験する人間関係 “親と子” のなかで発生する根源的な感情なのでしょう。それ故に、ありふれていながら最も自分でコントロールできない感情なのですね。
映画全体の物語の核は、市原くん演じる海人と清水さん演じる千里との関係にあります。ので、千里が現れてから、物語は急に動き始めます(最初の20分くらい千里は登場してこないのですけど)。千里の設定は、劇中にほぼ描かれていますので、映画を観ていただければと思いますが、一応、不足しているところを説明しておきます。千里は息子を失っています。その息子の担任教師が海人だったという関係図を築いているのですね。息子を失った当時、千里は夫との離婚問題の真っ最中でした。そのため息子に目を向けている時間がほとんどなかったのです。失って千里は後悔します。
後悔というのは、選択肢があった時に起こるもので、その選択をしてしまった自分の責任に悔やみきれず、酷い自己嫌悪を抱かせます。息子の変化に気がついてやれなかった、息子の話をちゃんと聞いてやれなかった、そして、もしあの時自分が聞いてやれていたら、と過去の出来事を反芻し、何度も湧き上がってくる自責の念に駆られるのです。この酷い苦しみは、出口を探しはじめます。
自己嫌悪から逃れようと、攻撃対象を見つけるのですね。その対象が海人です。自分の罪悪感から逃れるため、さらには”亡くなった息子が先生の話ばかりしていた”ことを思い出し、その嫉妬も加わり、辛辣な言葉で担任の海人を執拗に追い込みます。千里に責め立てられ、また同じように自責の念にかられている海人は心身喪失し、突然東京から失踪します。
その失踪により矛先を失った千里の感情は、さらに怒りをも生み出してしまう。
後悔、嫉妬、憤怒によって怨念の渦と化した母親。失踪した海人を見つけ出そうとする怨念の執着が、千里を突き動かしているのでした。
人間の性(さが)が生む負の感情。そして母親の象徴として。怪優:清水美沙
千里の役って、さまざまな負の感情を抱えた人物です。
それをいろいろな場面で清水さんが、嫉妬、憎しみ、悲しみ、怒り、自己否定、疎外感…といった形で表現してくれています。清水さんは、普段さばさばとした男っぽい性格と女の子らしいチャーミングさが融合した、一緒にいると楽しい時間が過ごせる感じの方なんですよ。
現場でもにこやかで、すごくいい雰囲気。しかしカメラが回った途端に、劇中の顔になります。
本編の顔は、非常に陰湿さと恐ろしさを感じます。なので、カットをかけた直後は、毎度、一瞬躊躇してしまっていました。ちょっと話しかけにくい感じがするんですよ。「こっちの顔が本当の清水さんなんじゃないかって(笑)」。
また千里のシーンって、脚本の中でも特に異様なシーンが多いんです。これはライオンさんのアイデアの勝利なのですけど。海人に向かって死んだ息子の中学校校歌を歌ってみたり、バッグの中から果物ナイフを出してみたりと。そんな異様な場面で、清水さんの表情のバランスがまた良いんですね。すごく千里というキャラのエッジがたったと思います。
特に、校歌を歌うシーンでは、こういう陰湿な嫌がらせもあるんだなぁと思いました。カメラマン今村の1シーン1カットのカメラワークの中で、清水さんの演技は憎しみと悲しみの両方を描き出してくれていて、お気に入りのシーンのひとつになっています。
千里には、海人へ向けた負の感情とは真逆の、母親としての存在も託しています。母親の象徴ですね。母性ってなんだろう?ということを描きました。
愛情、優しさ、厳しさ、そして許し包み込むこと。これ以上は、蛇足っぽくなるので、ぜひ映画を観て感じていただければと思います。
千里が、愛情を帯びた表情をみせる場面がいくつかありますので。