「ホテルコパン」
10人の壊れる日本人。と、その10人の怪優たち。
第3回 前田公輝 as 優しき彼氏:班目孝介
監督の門馬直人です。
本日の夜は、南青山の「BAR CUT」で脚本の一雫ライオンさんとトークショーやります。金曜の夜ですが、おヒマあれば覗きに来てください。
そして今日も劇中で描ききれなかった10人のキャラと怪優たちの見どころについて紹介していきます。そろそろ本当にネタバレしないと書けないことが出てきますが、ギリギリのところまでお伝えしようと思います。
幼少期の虐待が生む心の抗体。
友達に、カニとエビが大好物なヤツがいます。ただ、そいつ甲殻アレルギーなんですよ。大好きだけど、食べると痒みが止まらなくなる。だから普段は我慢して食べないんだそうです。
何年も前の忘年会旅行のことですけど、そいつを含めて15人くらいで静岡の温泉に行きました。
海に近い絶好のロケーションの温泉。で、そりゃ、出てくるんですね、海近いんで。しかもメンバー内にその宿と懇意にしている人がいて、宿が特別に料理を用意してくださったんです。蟹も海老も上等なのが並びます。毛ガニもタラバも甘い甘い、甘エビ・ボタン海老の刺身も車海老の塩焼きもトロトロプリプリ。めちゃくちゃ美味いんですけど!と盛り上がる僕らの様子に、辛抱たまらなくなったそいつは、禁断の身に手を染めてしまいます。
「うめぇー!」そりゃ美味いハズです。聞いたら1年前にひときれ食べて以来のエビ&カニなのだと。久々の大好物を頬張り、感激のあまり涙を流すのです。と思ったら鼻水も。アレルギー反応が始まったのでした。見ると唇もかねふくの明太子くらいに赤黒く腫れ上がっています。それでも好物に手が止まらない。しかもバカだから、涙と鼻水を拭くのに、今まで手を拭いていたおしぼりを使っちゃったんですね。瞼は腫れただれ、鼻下にも湿疹が浮かび上がります。腫れてただれた目からじゅるじゅる涙を流し、かねふくの唇は裂け出して血が滲み、顔中を掻きむしりながら、甘エビをちゅるっ、タラバの足をむしゃっとするのです。もう、エイリアンが何か獲物を捕食しているようにしか見えない。ちゅるっ、むしゃっ、ボリボリ。ちゅるっ、むしゃっ、ボリボリ。
翌日、痒みのあまり一睡もできなかったそいつは、夜通し掻きむしった血まみれのゾンビのような顔で、「もう二度と食べない」とホラーな笑顔を見せてくれました。
班目って、精神的アレルギーを背負ってる男なんですね。幼少期の体験感覚というのは根深くて、心に抗体反応を作ってしまうんだと思うのです。
班目は幼少期に、母親からプチ虐待を受けました。年齢を重ね、母親とも少しは和解できる年齢に達し、ちょっとは前に進んでいるとはいえ、根深いアレルギーはそう簡単には消えません。女性に対してどこか不信感や嫌悪感を持ち、母親という存在に対しては心の抗体が反応してしまうのでした。ネタバレすると、班目は、この映画で唯一のバッドエンドを迎えます。というかバッドエンドに見えます。
班目のラスト後の人生は、市原くん演じる海人の冒頭のシーンにループするかのように描いています。で、ここから書くことの方が映画全体に込めた本当の思いかもしれません。映画の内容を見た人にとっては不謹慎に感じられるかもしれないですけど、たとえ無責任と言われてもどうしようもないものはどうしようもなく、仕方ない選択もあるんじゃないかと思うのです。だから僕はこれがバッドエンドだとは思ってないんですよね。逃亡は終わりじゃない。
こういう根深いトラウマを持つ人は、逃亡を何度も繰り返してでも、少しずつ麻痺し、慣れ、いつか希望に辿りつければいいと思っているんです。この映画で僕が思う究極のテーマは、死なない限り未来があり、未来がある限り希望は訪れるということなんです。
班目がいつか精神的アレルギーを乗り越え、希望を見つける日を僕は願っています。
優越感意識と抗体反応。怪優:前田公輝
各世代にはその世代の生きづらさがあります。若い世代の心を大きく占めるものの一つは、やはり恋愛かと。班目と美紀のカップルには、その恋愛を通して二人が抱えるそれぞれの生きづらさを描こうとしました。
班目と美紀には、幼少期の親子関係という共通した傷があります。そのため、二人は傷を舐め合う共依存の関係にあるのです。依存度が強い美紀から、班目は必要とされることで安心感を覚え、だからこそ美紀を愛おしく感じ、優しく受け入れるのです。そしてもう一つ、その受け入れには、班目なりの特殊な感情も作用しています。それは『女性』から頼られ、支配していることへの優越感。
アレルギーの対象である母親=女性への優越感は、班目をひどく満足させることになり、結果、実は班目も美紀に強く依存しています。その共依存関係を崩すのが、アレルギーの反応。『女性』を渇望し同時に嫌悪する相反に苦しむのです。
公輝は、その難しい微妙な感じを見事に演じてくれました。僕がこの映画の10人を怪優と呼ぶ一番の理由は、それぞれが持つ独特な個性や雰囲気の佇まいにあります。公輝は、頼りなさげで頭悪そうな側面と一転して陰湿さを感じる側面の二面性を持っています。その二面性は、そのまま班目に乗り移り、現場でモニター見ながら感激しましたね。個人的には、後者のヘビのような嫌な陰湿さの部分が好きです。公輝は、犯罪者顔だと思うんですよね。悪口じゃないですよ(笑)めちゃくちゃいいヤツですし、芝居バカなところもあり、大好きな役者さんです。ただ、普段から時折、目が笑ってなかったり、何を考えているかわからないような顔をしていたりします。ちょっと変わった感性も持っています。それが、嫌みにも、シニカルさにも見えたりして、「こいつ今、何考えてるんだろう?」と思わせる不穏な陰湿ムードを醸し出します。
うーん、やっぱり公輝は、犯罪者顔だと思うんだよなぁ。人のこと言えないですけど。僕、三白眼なので。