小野耕世のプレイタイム①
黒澤明監督にインタビューした日
「小野さん、オーストラリアの女性ジャーナリストが来日して、黒澤明監督にインタビューしたいと言ってきたのですよ。その通訳をしていただけませんか」
と、東和映画(川喜多映画財団)の川喜多かしこ夫人から電話を受けたのは1970年代の初め、私が映画評論家として仕事を始めた頃のことだった。
それでお茶の水の山の上ホテルに滞在の黒澤監督を訪ね、シドニーから来た女性と話をうかがった。そして「次の映画の予定は?」とおききすると、「『デルス・ウザーラ』を考えているのですよ」と監督は言われた。それを聞いて私は嬉しかった。私が中学生の頃、「世界探検紀行全集」というシリーズが河出書房刊刊行されたからだ。
その最初の一冊が、南極のスコット探検隊を描いた「世界最悪の旅」で、第二巻がロシアのアルセーニエフによる「ウスリー紀行」で、私はどちらも母に買って貰って読んだ。シベリアのタイガ(密林)を探査するアルセーニエフの旅に、デルス・ウザーラという猟師が登場する。大自然の中に生きるその男に、黒澤明監督は、中学生の私と同じように魅力を感じていたのだった。
「でも、シベリアで撮るのは無理でしょうから、彼を日本人に置き換えて北海道で撮ろうかと思っているんですがね」
と黒澤監督は言われたが、実はすでにそのとき、ロシア(当時はソ連)側の希望で、この映画をロシア映画として撮ることが決まりかけていたらしいと、あとで知ることになる。この日の黒澤監督の気嫌はとてもよく、気難しい人ではないかと初めは緊張していた私はほっとした。
インタビューは予定の時間を超えて長くなってきたので、心配した私が「このあと次の予定がおありだとうかがっていますが」と言うと、
「いや、待っている人はいますが、待たせておけばいいんですよ」
と、監督は、にこにこしておられた。
このとき待たせていたのは、某映画雑誌のよく知られた編集長であったことは、あとでその編集長に「あのとき先に来ていたのは小野さんでしたか」
と言われてわかった。
こうしたことを思い出したのは、「黒澤明 樹海の迷宮。映画『デルス・ウザーラ』全記録」(小学館)という630ページものすごい本が最近刊行され、私がそれを読んでびっくりしたからだ。
黒澤監督にインタビューしたあと、監督とオーストラリアの女性記者といっしょに、ホテルの庭で写真を撮ったが、その写真が、いまどこにあるか探さないとわからない。(続く)
デルス・ウザーラ
世界の巨匠黒澤明監督が、30年間にわたってあたため続けてきた企画であり、1971年同監督がモスクワ映画祭に出席したことがきっかけで当時のソビエトで製作されることになった「幻の作品」と呼ばれる一作。
地誌調査のためにコサック兵6名を率いてウスリー地方にやってきたアルセーニエフが、はじめてデルスに出会ったのは1902年秋のある夜だった。
デルス・ウザーラは、ゴリド人の猟師だと名乗り、天涯孤独の身の上で、家を持たず、密林のなかで自然とともに暮らしていることを、たどたどしい口調で話した…。大自然のなかで生きてきた男性と、文明の地から来た近代人たるアルセーニエフの友情を描いたドラマ。
原題 : Dersu Uzala
製作年 : 1975年
製作国 : ソ連
配給 : 日本ヘラルド映画
キャスト(役名) - デルス・ウザーラ
Yuri Salomin ユーリー・サローミン (Arseniev)
Maxim Munzuk マキシム・ムンズク (Dersu)
Schemeikl Chokmorov シュメイクル・チョクモロフ (Jan Bao)
Vladimir Klemena ウラジミール・クレメナ (Turtwigin)
Svetrana Danielchenka スヴェトラーナ・ダニエルチェンカ (Mrs. Arseniev)
「デルス・ウザーラ」キャスト一覧
スタッフ - デルス・ウザーラ
監督 黒澤明 クロサワアキラ
製作 Nikolai Sizov ニコライ・シゾフ Yoichi Matsue 松江陽一
原作 Vladimir Arsemjev ウラジミール・アルセーニエフ
脚本 黒澤明 クロサワアキラ Yuri Nagibin ユーリー・ナギービン
撮影 sakazu Nakai 中井朝一 Yuri Gantman ユーリー・ガントマン Fyodor Dobronravov フョードル・ドブロヌラーボフ
音楽 Isaak Shvartz イサーク・シュワルツ
美術 Yuri Raksha ユーリー・ラクシヤ
スクリプター Teruyo Nogami Vladimir Vasiliev ウラジミール・ワシリーエフ Lev Korshikov レフ・コルシコフ
小野耕世
映画評論で活躍すると同時に、漫画研究もオーソリティ。
特に海外コミック研究では、ヒーロー物の「アメコミ」から、ロバート・クラムのようなアンダーグラウンド・コミックス、アート・スピーゲルマンのようなグラフィック・ノベル、ヨーロッパのアート系コミックス、他にアジア諸国のマンガまで、幅広くカバー。また、アニメーションについても研究。
長年の海外コミックの日本への翻訳出版、紹介と評論活動が認められ、第10回手塚治虫文化賞特別賞を受賞。
一方で、日本SFの創世期からSF小説の創作活動も行っており、1961年の第1回空想科学小説コンテスト奨励賞。SF同人誌「宇宙塵」にも参加。SF小説集である『銀河連邦のクリスマス』も刊行している。日本SF作家クラブ会員だったが、2013年、他のベテランSF作家らとともに名誉会員に。