写真家の中平卓馬さんが亡くなったとの報せを受け、頭の中を時間が過去へと激しく遡り、渦巻いている。
中平さんには武蔵美によくお越しいただいた。のちに黒テントに入団して演劇の道に進み、さらにその後はバンブー・オーケストラを主宰し音楽家として活躍することになる矢吹 誠が、熱心に交流の場を設けてくれたのだった。
当時の私たち写真好きは中平卓馬派と荒木経惟派に分かれていたが、私はお二人ともお近づきになることができた。
荒木さんは、あれこそ韜晦というべきか、完全なる「ただの酔っ払いのバカ」として私たちに接してくださっていたが、一方、中平さんは、つねに凄まじい人だった。
夫婦喧嘩での彼の振る舞いの壮絶さはよく知られているところだが、私たちとのつきあいの中でも(それは、まだ本格的に精神を病まれるより前の時期のことだった)、穏やかに優しく半ばシャイに向き合われるときも、酔ってそのあたりの物をこちらに投げつけてくるときも、たえず、じわじわと私たちを挑発しつづけた。「お前らの写真、それでいいのかよ?」と。
のちに、狂気の淵から生還して退院されたと知ったとき、ああ、この写真の巨人の今の姿をドキュメンタリー映画として撮らねば、と思った。しかし、ホンマタカシさんほかがすでに着手しておられると聞き、それは断念した。
ご復帰後の、都心の街角をとらえた、なにげないひとコマには強く感動した。かつてとはまったく異なる作風の、しかもカラー写真。そこに添えられた、こうした光の反射が生み出すただ単にきれいな風景、それ以外なんの意味も持たないこういう写真もまたいいものです、といったご記述、ご心境にも、激しく心を揺さぶられた。
中平さん、ありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。
旦 雄二 DAN Yuji
CMディレクターを経て映画監督
武蔵野美術大学卒
〇映画『少年』『友よ、また逢おう』
〇CM『出光』『DHC』『ラーメンアイス』『富士通』『NEC』『大阪ガス』『河合塾』『カレーアイス』『飯田のいい家』『sanaru 佐鳴学院』『タケダ 武田薬品』『ソルマック』『ミニストップ』
〇ドキュメンタリー『寺山修司は生きている』『烈 〜津軽三味線師・高橋竹山』
〇ゲーム『バーチャルカメラマン』『バーチャフォトスタジオ』
〇アイドル・プロジェクト『レモンエンジェル』
〇脚本『安藤組外伝 群狼の系譜』細野辰興監督版
など、ほか多数
◎城戸賞、ACC賞、HVC特別賞 受賞