画像: まつかわゆまのカレイドスコープ 14 オブセッション。15歳の選択『バレエ・ボーイズ』

オブセッション。15歳の選択『バレエボーイズ』

 オブセッション、強迫観念とか憑りつかれるとかそんな意味の言葉なんだけれど、その位強い意志がなければ達成できないコトがある。例えば中年になってから思い立って医者になろうとするコト。もともとこの言葉を知ったのは、新聞記者をやめて医者になった人が書いた記事からだった。彼のところには彼のように中年になってから医者になりたいと思った人からの相談が寄せられることがあるんだそうな。その度に彼はこの「オブセッション」のことを思い出すのだという。どうしてもなりたい。ならねばならぬ。他の道は考えられない。そのくらいの意志がなければ、受験し六年間学び、国家試験も通らなければならないし研修も積まなければならないという医者への道のりは達成できないと、彼も彼のように中年になってから医者になった他の人たちも思うのだそうだ。
 
 私は芸能・放送・映像系の専門学校で教えているのだけれど半期の講義の最後に必ずこの話をする。夢を持ち、夢をかなえるとはそういうことなのだと。
 
 『バレエボーイズ』に登場する三人の男子の夢はバレエ・ダンサーになることだ。14歳から15歳の一年間は彼らにとって人生を決める選択の年である。ノルウェイの新国立オペラハウスに併設されているバレエ・スクールに通う三人、ルーカス・シーヴェルト・トルゲールは同じ中学に通い学校が終わるとバレエ・スクールに通う仲間である。14歳ですでに彼らはバレエ・ダンサーになるという目的を持ってこのスクールに通っている。中学を卒業したらオスロ国立芸術アカデミーKHiOに入り、そこを出たら国内外のバレエ団に所属するためである。
 
 このスクールにいること、KHiOを目指していること自体がすでに彼ら三人の実力の高さを示している。けれど、微妙に三人のバレエへの思いは異なっていることがドキュメンタリーの最初に描かれている。バレエ・ダンサーになるとこしか考えられないというルーカス。勉強もおろそかにしてはいけないと親に言われているというシーヴェルト(カルロスという名字と容姿からしてアジアのスペイン語圏の親がノルウェイに移民してきたと考えられる)。スポーツ万能なんだと自慢げなトルゲール。三人がなぜバレエが好きになり、どうしてそれを職業にしたいと思ったか、つまり、過去は語られることはない。もう、今、ここにいる、ところから未来に向かって映画は進んでいく、少年たちは進んでいく、ということである。彼らの親はとくにバレエとは関係のない人々であり、経済的・社会的なバックグラウンドもばらばらだ。子どもが夢を持つならばそれでいいが、その夢は叶うものなのか、挫折したらどうするのかなどを心配する、「普通の」親である。
 
 映画は三人へのインタビュー、といっても彼らは14歳の「子ども」なのでおしゃべりの延長のような感じで撮られたナチュラルな受け答えと、彼らのバレエ・レッスン、生活、学校での先生との面談の様子などで構成されている。5分の3はバレエ学校のレッスン風景や更衣室などの三人の姿を描くものだ。生活の比重がそこに置かれているからだろう。おかげで観客はノルウェイのバレエ教育のシステムを知ることができる。このオペラハウス併設スクールは通過点としてひらかれており、高校の年頃にあたるKHiOは無料で、バレエを教えるだけでなく学位も取れるし大学受験資格もとれる。つまり、ここは出たけれどバレエ・ダンサーにならない・なれない者の次の人生を一般の高校にいった子どもたちと同じスタートラインに立てるようにしているのだ。経済的な理由で才能をあきらめなくていいという国立の人材育成システムである。素晴らしい。
 
 15歳になり、KHiOのオーディションが終わるころになって三人に人生の岐路が訪れる。ルーカスにだけ名門の英国ロイヤル・バレエ・アカデミーの最終オーディションへの招待が届くのだ。KHiOは学費無料だが、こちらは年に4万ユーロ(560万円!)の学費がかかる(もちろん奨学金はあるが)。特権階級の子弟ではないルーカスは親の負担も考えて出願していなかったのだが、おそらくコンテストなどで見ていた関係者の推薦によるものなのだろう。ルーカスは悩む。英国ロイヤル・バレエ・アカデミーといえば世界中からバレエ・ダンサーを目指す少年少女が集まっている名門中の名門の一つ。レベルが違う。けれど、ただのバレエ・ダンサーではなく「超一流の」とはルーカスはいわないが、スゴイ人たちにもまれてどんどん高みに上っていきたいという夢(それを部外者は「超一流を目指す」というのだが)をもち、そうあらねばならぬという「オブセッション」のあるルーカスは、ロイヤルに行きたいのである。
 
 他の2人、シーヴェルトは親が望む未来、大学に行き仕事に就くという希望のため学業とバレエの両立を目指していたが難しく、バレエを辞めるという選択をする。しかし、しばらくして、やはりバレエがしたいのだと自分の「オブセッション」に気付いてスクールに戻ってくる。トルゲールはこの2人に比べるとバレエに対する「オブセッション」が低く、身体能力的・技術的にはそんなに差はないのだが、だんだんと未来に対する考え方の違いがはっきりとしてくる。
 
 一般的な子どもであれば、14~15歳でここまでの人生の選択はしないでも済むものだが、バレエの場合はそうはいかない。選択を支え、より高度な選択を与えるのは「オブセッション」の強さなのだな、とルーカスを見ていて思う。映画のラスト、3人のその後、2014年現在の姿が示される。パンフレットにはさらにその1年後、18歳になった彼らの今が示されている。そこでまた私は「オブセッション」を思い出した。これからが彼らの人生本番なのである。見守っていきたいものだと思う。

映画『バレエボーイズ』予告編

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BALLETTGUTTENE
■監督:ケネス・エルヴェバック
■出演:ルーカス・ビヨルンボー・ブレンツロド、シーヴェルト・ロレンツ・ガルシア、トルゲール・ルンド、他 
(2014年/ノルウェー/75分/カラー/原題:BALLETTGUTTENE)
公開日 :
2015年8月29日
ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷アップリンク、名古屋名演小劇場ほか全国順次公開
公式サイト :
http://www.uplink.co.jp/balletboys/

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