「セッション」
音楽映画・鬼教官物の新しいマスター・ピースに

画像: 「セッション」 音楽映画・鬼教官物の新しいマスター・ピースに

 アカデミー助演男優賞を受賞したJ・K・シモンズ。スキンヘッドにムキムキ筋肉の腕、逆三角体型に、黒のシャツとジャケット。とても音楽大学の教師とは思えないキャラクターつくりなのだが、彼の登場シーンみっつめでその理由がわかる。
『セッション』は『フルメタル・ジャケット』なのだ。シモンズ演ずるフレッチャー教授はハートマン軍曹なのである。監督もそのつもりで描いたという。なるほど、そのあたり、若い監督はバレバレに作っちゃうのだな。
 サンダンスでグランプリや観客賞を獲った作品はカンヌのある視点部門か監督週間に登場するのが常なのだが、サンダンス映画祭ダブル受賞の『セッション』も当然カンヌで上映された。が、残念ながら見逃していたんだよね。で、メイン・コンペの『フォックス・キャッチャー』を見て、スティーブ・カレルのアカデミー賞”助演男優賞”を確信したわけだ。ま、色気を出して”主演”ノミネートにした時点でそれはちと無理、とは思ったが、「助演だったらとれたのに…」と私はまだ自分の予想に未練を持っていた。『セッション』を見るまでは。
 J・K・シモンズはすごい。すごかった。助演男優賞ノミニーには『バードマン』で主役を食ってしまってマイケル・キートンの主演男優賞受賞を邪魔したエドワード・ノートンもいる中、それどころじゃないすごさだった。
 とにかくよく書かれた、先の展開の予想をどんどん裏切っていく脚本の中で、くるくると存在感を変えていくハートマン、じゃなくてフレッチャーという男。そのジェットコースターのような「人格変化」ぶりをJ・K・シモンズは、顔のしわを巧みに利用して演じ分けていく。カメラが顔の一部分だけをとらえていても、その変化は見て取れるのである。見惚れてしまう。
 アメリカ人は鬼教官物が好きだ。たいてい、未熟で鼻っ柱の強いけれど才能を秘めた若者をいちど地獄に叩き落としながら、救い上げ、鍛え上げて”トップガン”に育て上げる。優勝させたり、合格させたりして、強い父とそれを乗り越える息子という「父子のあるべき姿」のような関係を作り上げてめでたしめでたし、である。とくに近年、日本でもよく言われるように父権が弱くなり、友達のような親子関係が大切だとされる風潮の中で、男子はそれでは一人前の男になれないぞと言いたがる人々が存在するのである。女子、母親からすれば、ケッ、ってなもんである。がしかし、こういうストーリーは、けっこう気持ちを昂揚させてくれるのも事実だ。スポーツや軍隊を舞台にした物語が多いのは、勝ち負けがはっきりしていることと、それが生死につながることがあるから、だろう。
 ことし30歳のデイミアン・チャゼル監督はこの物語を音楽の世界に持ち込んだ。いや、どんな世界でもこの鬼教官物は成立するのだろう。アメリカはなんでも競争、コンテスト、優勝者と敗者、一番以外はクズだという社会だから。
 舞台は(主人公曰く)国一番の音楽大学、である。どうもニューヨークにあるようなのでジュリアード音楽院がモデルだろう。ジャズのドラマーを目指し入学した一年生19歳のニーマンが主人公である。二人暮らしの父方の家族は郊外の中流一族、おそらくユダヤ系の、は日本のことわざで言えば「鶏頭牛後」な人々である。父は物書きと自称しているが高校教師であり、その兄の一家は郊外の小ざっぱりとした家に住み息子たちは2流大学の弱いアメフトチームでナンバーワンを誇っている。音楽でナンバーワンになることなど、女々しく、アメリカの男として意味がないことだと考えている一家である。母はニーマンが子どものころに家を出た。父は優しい。母の役目も果たしながら良き友達のようにニーマンを温かく、自由に育ててくれている。ニーマンはそんな暮らしを受け入れていた。フレッチャーに出会うまでは…。
 フレッチャーはニーマンを自分のバンドに抜擢する。それからニーマンはどんどん嫌な奴になっていく。フレッチャーに近づき彼の要求する演奏をするために、文字通り血を流しながら練習を重ね、音楽院のバンドの中という小さな世界でナンバーワンのドラマーとなるためにすべてをささげる。それでも、フレッチャーの要求は留まるところを知らない。そして…。
 さて、ここからの展開がすさまじい。尊厳をかけた戦いが繰り広げられるのだ。人間として、音楽家として。その戦いはドラムセットに飛び散る汗と血潮、ニーマンの手元、ニーマンの顔、そしてJ・K・シモンズのしわで表現される。音・映像・演技の圧倒的な迫力を刻み込む編集がまたすごい。見終わって、どっと疲れる。どれだけ緊張して観ていたかを思い知る。そんな映画はそうそうない。『セッション』は音楽映画の、そして鬼教官物の新しいマスター・ピースになるだろう。

映画『セッション』予告編(4/17公開)

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