左右対称のようで対照的な、持国天と増長天
四体がずらりと並ぶ展示風景
この四天王が一堂に会するのは28年ぶり
四体の中でも最も動きが大きく特徴的な多聞天の一方で、じっくり見ているとそれ以上に斬新で実はもっと動的かもしれないのが、持国天の颯爽と天から舞い降りたかのような、あるいは駆け抜けるような、等身大の大きな像なのに、とにかく軽やかなのだ。
四天王立像 平安〜鎌倉時代・12〜13世紀 旧興福寺伝来 重要文化財
左)持国天 滋賀・MIHO MUSEUM 右)多聞天 奈良国立博物館
この持国天とポーズとしては左右対称を意識しているのが増長天で、高くなった邪鬼の頭を踏みつけて膝を曲げているのが持国天では左脚、増長天は右脚だ。増長天は右手に長い三叉の矛、持国天は左手に房のついた棒の上の方を持ち、手首の曲げ方もよく似ていて左右対称になっている。
四天王立像(増長天)平安〜鎌倉時代・12〜13世紀 奈良国立博物館 (興福寺旧蔵) 重要文化財
令和6年度保存修理 助成:バンク・オブ・アメリカ 施工:公益財団法人美術院
四天王立像(持国天)平安〜鎌倉時代・12〜13世紀 滋賀・MIHO MUSEUM (興福寺旧蔵) 重要文化財
なのに増長天がどっしりと構えた風情で、威嚇的なポーズのまま不動の印象なのに対し(そもそも彫刻なんだから動くわけがないが)、持国天には素早い動きの一瞬を切り取ったかのような、軽やかに運動性に、重さはまったく感じられない。
たぶん、この左右の印象の大きな違いを決定づけているのは、なにも持っていない方の手だろう。
増長天の左手が拳を握って腰の脇にガッチリと添えているのに対し、持国天の右手は掌を開き、人差し指をピンと伸ばして自然と右の腰のやや前に添えている。この手の力の入り具合の表現の精確さと、胴体との絶妙な距離が、駆け抜けるか飛び降りる激しい身体の動きの最中に軽々とバランスを取っているような、動きの瞬間を切り取ったかのような印象を与えている。
四天王立像(持国天・部分)平安〜鎌倉時代・12〜13世紀 滋賀・MIHO MUSEUM (興福寺旧蔵) 重要文化財
腰を大きくひねっているのも増長天が右脚を大きく上げる力に引っ張られて下半身が右に回っているように見えるのに対し、持国天は正面を向こうとして上半身が下半身に対して右を向こうと回りかけた瞬間に見える。
四天王立像(持国天)平安〜鎌倉時代・12〜13世紀 滋賀・MIHO MUSEUM (興福寺旧蔵) 重要文化財
顔はどちらも若干首が前傾して、参拝者を見下ろす視線になる。
だが持国天の少し下を見た運動の一瞬を切り取ったような軽やかさに対し、大きく口を開けた増長天は見上げる参拝者を恫喝・威喝して睨みつけて止まったポーズだ。金剛力士(仁王)や獅子と狛犬のように阿吽のペアになって、口を閉じて見下ろす持国天の視線には、威嚇ではなく凝視のまなざしの焦点を定めたような、上品な鋭さがある。
四天王立像(持国天・部分)平安〜鎌倉時代・12〜13世紀 滋賀・MIHO MUSEUM (興福寺旧蔵) 重要文化財
増長天が上体を反らしてふんぞり返ったような姿勢なのに対し、持国天が若干前傾姿勢なのも、目線が参拝者つまり下に向かっていることとのつながりが自然になって、それもまたリアルな身体の躍動を感じさせる。
四天王立像(持国天)平安〜鎌倉時代・12〜13世紀 滋賀・MIHO MUSEUM (興福寺旧蔵) 重要文化財
運動の連続性の一瞬を捉えたような身体性から、衣の裾が後ろにたなびいていることにも自然な流れと統一感がある。その裏側にまで草花を散らした美しい彩色の紋様がある。
四天王立像(持国天・部分)平安〜鎌倉時代・12〜13世紀 滋賀・MIHO MUSEUM (興福寺旧蔵) 重要文化財