中華圏映画界で活躍し、数多くの名匠たちの現場で呼吸をしてきたスー・チー(舒淇)。その彼女が初めてメガホンを取った『女の子(女孩)』は、観る者の予想を静かに裏切る作品だ。
彼女が向き合ったのは、自らの過去や記憶、ふいに訪れる痛みの断片、そして決して完全には理解することのできない存在としての母――自分とは異なる人生を歩み、独自の時間と感情を背負った一人の人間だった。脚本の完成までに10年の歳月を費やしたというその孤独な作業のそばには、監督を志すきっかけをもたらし、彼女を励ましてきた師・ホウ・シャオシェン(侯孝賢)の存在があったに違いない。
まずは監督本人へのインタビューによって、この稀有な映画の誕生をめぐるスー・チーの言葉とその奥に流れる静かな痛みに耳を傾ける。そして作品論で、彼女が初めて世界に置いた「断絶の時光」の確かな輝きを見つめたい。
スー・チー監督と『女の子(女孩)』ポスター
スー・チー監督インタビュー
⸻作品を拝見する前は、ホウ・シャオシェン監督の影響を非常に強く受けているのではないかと予想していました。しかし実際に見てみると、ホウ監督からの直接的な影響は意外にも少なく感じました。この点は、編集をウィリアム・チョン(張叔平)さんが担当されたことで独特のリズムやトーンが生まれたからでしょうか? それとも、これはスー・チーさんご自身のリズムなのでしょうか。
スー・チー
今回の脚本を書くのにはとても長い時間がかかりましたし、途中、結末をどう書くかなど、突破できない壁にも多くぶつかりました。書き始めた当初、ホウ監督に「自分の映画をどう表現すればいいか」とたくさん質問したんです。すると彼はこう言いました。「多くの物事に対して、何を撮りたいか、何を書きたいかという枠組み(ルール)で自分を縛る必要はない。基本的には紙を一枚用意して、そこに書きたいことや撮りたいもの、いま思いついたことを書けばいい。パズルのようにそれらを組み合わせていけば、最後には完全な脚本ができあがる」と。
ホウ監督の多くの作品から深い感銘を受けたことも影響しています。例えば、「なぜ自分の子ども時代の物語を書くのか」という点についても、ホウ監督が「第一作目は、自分自身に比較的近く、自分がコントロールできる感情的な内容を書くべきだ。そうすれば制作する際、登場人物同士の関係性が自然と動き出すから」とおっしゃったからです。ですので、この点に関してはホウ監督から多くの意見をいただきました。また、彼の『童年往事 時の流れ』を研究したり、『ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン』の要素を入れたりもしています。これらはすべてホウ監督へのオマージュです。
そして、私の主なスタイルについてですが、この映画のタイトルを『女の子(原題:女孩)』としました。少女がこうした環境で成長する過程で、生活の苦痛やプレッシャーの下では多くの「空想」が現れます。そこで私は、少しファンタジックな要素を加えました。私はこの映画を「ファンタジー・リアリズム(奇幻寫實)」映画と定義しています。これが私自身のスタイルに近いものかもしれません。
ウィリアム・チョンさんの件についてですが、実は脚本を書いた段階では80シーンしかありませんでした。台湾で撮影する場合、80シーンだとセリフが非常に少なく、ホウ監督のスタイルのように、散文形式で脚本を書いているような状態になります。しかし、正式に撮影する際には、俳優たちが映画の中で自然に動けるよう、彼らをバックアップする「後押し」としてセリフを与える必要がありました。そこで80シーンを引き伸ばし、もともと2万字強だったものを、書いて書いて書きまくって、最終的な脚本は3万7千字以上になりました。
その後、撮り終わってからウィリアム・チョンさんと編集について検討しました。話し合いを終え、チョンさんが編集を終えたものを見て驚いたのは、彼が編集したものが、私が以前書いた2万7千字の台本通りの表現になっていたことです。ですから、私とウィリアム・チョンさんとの間の繋がりは非常に通じ合うものがあったのだと思います。
⸻キャスティングについてお伺いしたいのですが、主演のバイ・シャオイン(白小櫻)さんや9m88(ジョウエムバーバー)さんの演技が非常に印象的でしたが、最も意外だったのはロイ・チウ(邱澤)さんの起用です。どのような考えでキャスティングされたのでしょうか。
スー・チー
そうですね…まず、家庭内暴力を行う父親という役柄は、特に恐怖や凶暴さを感じさせるものです。ですから、私はどんな男性俳優を探すべきか考えました。この映画の中で、彼は憎むべき役柄を演じるものの、観客が彼をそれほど嫌悪せず、少なくとも映画の中で表現される姿を見て、観客が快適に最後まで観られるようにできる人物です。ですから私は見た目が良い俳優を探そうと思ったんです(笑)。これはどちらかと言えば現実的な理由ですね。
そのときに一番最初に思い浮かべたのが、ロイ・チウさんでした。彼の出演作『先に愛した人(原題:誰先愛上他的)』を観たからです。彼の演技が本当に素晴らしくて、とても気に入りました。『君が最後の初恋(原題:當男人戀愛時)』も同様です。だから、私はとても緊張しながら脚本を送ったんですが、彼はすぐに快く返事をくれて、たった2日で返事が来ました。その点はすごくうれしかったです。ロイ・チウという俳優を父親役に選べたことは、とても幸運だったと思います。
⸻今回はご自身で俳優を兼任せず、監督業に専念されたということですが、やはり想像してしまうのは、今回9m88さんが演じた母親役を、もしスー・チー監督ご自身が演じていたら、また違った母親像が生まれたのではないかということです。いかがでしょうか。
スー・チー
それは無理です(笑)。私が書いたあの年代の女性というのは、とても早くに結婚しています。基本的には子どもが小さな子どもを産んだような状態で、まだ十分に成長しておらず、どうやって母親になるべきかもわからないまま子どもを持ってしまったのです。これが、映画の中に立っている母親の最も基本的なイメージです。だから私は演じられません、年を取りすぎています(笑)。10年前ならできたかもしれませんが。
⸻2作目の監督作品の構想はありますか?
スー・チー
監督をするのは本当に大変です。監督になってから、監督業というのは決して簡単なことではないと痛感しました。ですが、次の作品を書くのを待つなら……他にも書いている脚本はありますが、それが完成して撮影されるのは、たぶん数年先になるんじゃないかと思います。
⸻今回の『女の子』では劇中に「誰もが過去を持っている」という印象的な台詞があります。「過去」を「記憶」と言い換えるなら、本作はスー・チーさんにとって、ご自身の子ども時代の経験や、心の奥に沈んでいた記憶に触れることから生まれた作品なのではないかと感じました。そうした記憶は、ときに癒しよりも痛みをともなうものだったのではないでしょうか。そのような過去=記憶とどのように向き合い、個人的な体験をそのまま再現するのではなく、距離を取りながら、物語として編み直していったのか。作品へと結晶させていくまでの思考やプロセスについて教えてください。
スー・チー
実はこの映画の脚本を書いているときに感じたことなのですが、人は何か決断しようとするときや、無力感に苛まれているときに、突然脳裏にいくつかの光景がフラッシュバックすることがあります。私の記憶の断片も、記憶というよりは、突然頭の中に浮かび上がってきた光景のようなものです。そうした光景を交錯させることで、母親のかつての過去を描き出しました。
© Mandarin Vision 華文創
⸻スー・チーさんは俳優として多くの著名な監督と仕事をされてきました。もちろん最も際立って印象深いのはホウ・シャオシェン監督だと思いますが、それ以外に、こうした著名な監督たちとの経験から学ばれたことはありますか?
スー・チー
私は比較的幸運だったと思います。これが私の第一作目で、私は新人監督ではありますが、映画界に30年どっぷり浸かってきましたから。多くの異なる巨匠たちと仕事をしてきました。ですので、知らず知らずのうちに、この30年間の映画たちが私に与えてくれた養分のおかげで、この『女の子』という映画をとても順調に撮り終えることができました。
⸻お話を伺っていると、ホウ監督から映画の真髄のようなものを受け取ったのだと想像しますが、それはどのようなものだったのでしょうか。
スー・チー
私自身が俳優なので、自分に言い聞かせているのは、俳優の演技を制限しないこと、そして私自身の考えで「俳優にこう演じてほしい」という姿を押し付けないことです。以前、ホウ監督と仕事をしたとき、彼は私に一度も枠組みを与えず、カメラの前で、その環境の中で役柄のまま自由に動かせてくれました。
ですので、この映画を撮るときも、子役にはある程度の誘導が必要でしたが、ロイ・チウや9m88たちに対しては、できるだけ彼ら自身の芝居から出発し、彼ら自身の魂と役の魂との相互作用の中で、撮影監督のユー・ジンピン(余靜萍)と共に彼らを捉えるようにしました。彼らを固定された枠組みに閉じ込めることはしませんでした。ですので、いわゆる「立ち位置」の問題などもなく、すべては大きな環境の一部でした。これは私がホウ監督のところから盗んだ……いや、盗んで学んだわけではありませんが(笑)、正々堂々と学んで使わせてもらった手法です。これにより、この映画には、これまでの彼らの演技とは異なる感情が自然と流れ出ていると思います。
⸻最後に、スー・チーさんにとってホウ・シャオシェン監督というのはどのような存在なのでしょう。
スー・チー
賢者のようでもあり、父のようでもあり、私にとっては導き手のような存在ですね。2000年以降、ホウ監督と一緒にいられたからこそ今の私があると思います。もしホウ監督がいなければ、今日のこのような成果はなかったでしょう。
(2025年11月23日、有楽町朝日ホール控室にて)
(文・構成=野本幸孝)
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スー・チー(SHU Qi)
舒淇。1976年生まれ。『夢翔る人/色情男女』(1996)で女優として脚光を浴び、アート系映画からハリウッド大作まで幅広く出演。香港電影金像奨を3度、金馬奨を2度受賞。ベルリン、カンヌ、ヴェネツィアの三大映画祭の審査員も務める。ホウ・シャオシェン監督とは『ミレニアム・マンボ』(2001)、『百年恋歌』(2005)、『黒衣の刺客』(2015)でタッグを組んだ。ビー・ガン監督の『Resurrection』(2025)にも主演している。