「幽霊」と「神隠し」の映画
高田
『オーバー・フェンス』で、僕がハクトウワシが現れるという幻想シーンを書いたときに、山下監督から「意味が分からん」という反応があったので、そのシーンを切ったら「いや、ここが一番やりたいから」と言われて(笑)。逆に分からないところが必要なのかなと思ったりしました。
山下
そうそう、分からないままやるという(笑)。あれはテンションが上がりましたね。撮影の近藤龍人も絶対にやりたいだろうなと思いました。いまだにあのシーンの意味は分からないですけど(笑)。でも、ビジュアルだけは明確に浮かんで、近藤くんと「嘘っぽい合成でやろう」と話していました。
高田
あのときはスタッフの皆さんが集まる中で、ほぼ全員が反対という雰囲気でしたよね。僕もプロデューサーから「ハクトウワシが部屋に来るのは無理なので、替わりの案を考えてください」と言われたので、代替案を言ったら、山下監督が「いやいや、それはもうやるから」と。近藤さんと二人で話している中で、他のスタッフ全員は真っ青になっている(笑)。
山下
近藤くんは函館を舞台にした佐藤泰志さん原作小説の映画化の3本目の撮影担当ということもあって、「もう飽きてきているだろう」と(笑)。だから少し色をつけてもいいんじゃないかと思って、羽根を降らせたり、いろいろやりましたね。
今回は、宮藤さんが乗って書いているところは絶対にやろうとは思っていました。結局、一人は止まっていて、もう一人は動いている二人が、最終的に再会するというゴールは決まっている。だから、一つひとつ想像しながらシーンをつくっていくしかない。だから岡田くんもさじ加減には悩んでいましたね。あまりコメディっぽくしてしまうと、後半に支障をきたすというのが分かっていたので。結果としては、岡田くんと清原さんの力が引っ張りあって拮抗している感じが出ていると思います。
高田
途中に出てくる歌謡曲の選曲などは山下監督がされたんですか?
山下
あれは最初から宮藤さんが脚本に指定していました。もう初稿の段階で具体的な事柄は書かれていましたね。「笑瓶のおばんざいナイト」とか、ピンポイントだなと(笑)。
高田
清原さんのレイカは感情的な移り変わりがあまりないですよね。ずっとハジメを思い続けていて、最終的には目的を達成するという。時間が止まった後で郵便局に行くと、レイカは何があったかを知っているけど、ハジメの方は何も知らない。
編集・野本
飛躍してしまいますが、レイカは幽霊のような存在に見える気もします。時間が止まっている世界の中で生きている存在。逆にいえば、時間が元に戻った世界では、止まっていたときの彼女の存在を誰も知らない。レイカが交通事故に遭うのは、もちろん「先を行く」ハジメと再会するための彼女の「遅れ」でもあるんですが、その遅れもまた彼女しか知らないわけで、もし再会することがなかったとしたら、それは死んでいるのと同じなのではないか。だから現実の世界で常に遅れてしまうレイカは、その遅れゆえに他人からは認識されない存在であると。それはある意味で、幽霊に近いと思います。
根岸
そう、幽霊とも言えるし、透明人間という感じもある。目の前にいても基本よく来るお客さんとしてしか認識されていない、つまりは透明人間みたいなもんなんですよね。その意味で二人はカウンター越しに物理的に会ってはいるんだけど実質的には出会っていないという、隠れすれ違いのメロドラマでもあるんだよね。途中で「君の名前は?」[註7]と問いかける子ども時代のハジメの言葉を、編集で発見して敢えてフィーチャーしたのも、そういう潜在的な構造を匂わすためでした。最後のカットも、実は岡田くんで終わるか清原さんで終わるかという二択があって。
山下
あそこがレイカの顔で終わると、また全然違う映画になるんですよ。彼女で終わると、終わった瞬間は「ああ、良かったね」となるんですけど、それこそ彼女が幽霊っぽく見えるんです。交通事故を含めて、レイカにとってはいろいろと都合の良い展開が多いんですが、それが彼女の顔で終わると腑に落ちなくなるというか、不思議な印象になってしまう。レイカがどうして写真館を辞めたのかも分からないし、交通事故も確かにワンテンポ遅いからなんだけど、いろいろと疑問点が残るのはハジメではなくレイカの方なんです。だから最後はハジメで終わって着地できたというか。レイカだとフワッと浮かんで終わってしまう。
編集・野本
もともとオリジナル作品の要素として、手紙やバス、ラジオといった「誰かと誰かを結びつける」媒介が生かされていますよね。それは同時に、今の私は「今ここにはいない誰か」によって結ばれ、支えられているということにも繋がると思うんです。幽霊という連想もそこから出てきたんですが。
根岸
オリジナル作品を何度か見て思ったんですが、僕はリメイクである本作を「神隠しの映画」だとも思っていて。バスに乗っていた岡田くんが消える瞬間をバスの監視カメラの映像で撮っているじゃないですか。だから、神隠しを裏側から描いた映画ともいえるんじゃないかと。舞台が京都だから、そういうこともあり得るように見えるという意味では良かったのかもしれないですね。
高田
確かに、そういう感じはありますね。時間が止まっているということは、逆に周りが死んでいる状態ということですし。常に近くを浮遊しているかのような。
山下
そうすると、加藤さんや荒川さんも幽霊になってしまいますね。荒川さんはむしろ妖怪っぽいけど(笑)。
(2023年6月2日、マッチポイントにて)
(文・構成=野本幸孝)
註7:菊田一夫脚本のラジオドラマより始まった「君の名は」は大庭秀雄監督により1953年に映画化され大ヒット、松竹すれ違いメロドラマの代名詞ともなる。その後2016年に新海誠監督によって青春SFアニメーション映画『君の名は。』も製作され、大ヒット作品となった。