山下監督の正体(2)
編集・野本
僕自身の感想としては、リメイクではありますが、やはり山下監督の特色が出ている作品だと思いました。その特色を一言でいうと、時間の「静けさ」の感覚。前半のハジメのパートは宮藤さんの世界観がよく表れているんですが、後半のレイカのパートになるとそれが強く出ていて、やはり山下監督の世界だという感じがしました。
山下
そうですかね。例えば、レイカが鍋焼きうどんを食べているのは、僕が大学時代にそればっかり食べていたからなんです。貧乏学生=鍋焼きうどんというイメージがあった(笑)。僕も忘れてしまっていますが、そういう細かいディティールを積み重ねていくと、きっと自分のチョイスが入っているんだとは思います。ただ、今回はすでにお話のベースはあるし、完成されたクドカンワールドもあるので、自分が入る隙のようなものはあまり意識はしていなかったですね。
ハジメのパートに関しては、もう宮藤さんが書き込んであるなと思ったので、脚本の通りに撮った方がいいだろうと。それに較べるとレイカのパートは少し余白があったので、自分なりに考えて撮ったと思いますが、あまり覚えていないですね(笑)。気合は入っていたんですが、もうとりあえず撮るしかないという感じで(笑)。今回は4年ぶりに撮る映画の現場だったので、感覚を忘れているというか、自分らしさを出すというよりもとにかく必死でした。
高田
しかし山下監督はいつも正体を明かさないですよね(笑)。打ち合わせをしても、こういう「覚えていない」とか「それは脚本がそうだったんで」というような感じなんです。包み隠さず話している風なんだけれど、「結局、山下監督ってどういう人なんだろう」と言われると分からない。
根岸
鈴木清順とまではいかないけれど、なんとなくはぐらかしているというのはあるよね(笑)。
山下
ああ、確かにそのはぐらかす感じは演出でも使いますね(笑)。
高田
だから、脚本を出すときに「これなら山下監督は褒めてくれるだろう」という気が全然しないんです(笑)。
山下
それはあるかもしれない(笑)。俳優部も同じように「山下って、これでいいと思っているのかな」と感じているのかな、と思っていて。
高田
そこがすごく不思議なんですよね。山下監督作品の俳優さんは皆さん素晴らしく、他の映画にはない魅力を発揮されているので、一体どうやっているんだろうと。
山下
僕は「はい、オッケー良かった!」とか言えないタイプなんですが、ときどき「それ、違います」と異常に粘るときがあるんです。そういうときに、他の俳優さんたちは「あ、山下はこういうところで粘るんだ」と感じて、僕が考えているこだわりが伝わっているのかなと。逆にそういう粘りがない現場だと、俳優さんたちも「え、今のでいいの?」という感じのまま進んでいく気がします(笑)。
根岸
今回の作品について、とあるプロデューサーの方から「役者の演出に山下さんの優しさが滲み出ている。ほんわか笑えました」というような感想をいただいております。
高田
俳優さんがすごく好きだという感じは出ていますよね。演技の細かいところをしっかり、ちゃんと見せてくれるという感じ。表情の移り変わりとか、皆さん無茶苦茶いいですもんね。
山下
今回一番凄いなと思ったのは、子役の柊木陽太くんと加藤柚凪ちゃん[註6]の二人ですね。あの二人は本当にプロでした。でもそうか、僕はさらけ出していないという印象なんですね(笑)。そのあたりは僕も臆病というか、さらけ出すといろいろとバレるじゃないですか(笑)。全部出してしまうと「あれっ?」となるから、含みがあるだけでいいかなとは思うんですけど。
高田
ほらね、こういうこと言うんですよ(笑)。山下監督はいつも「このキャラクターは全然分からないんでお任せします」とか言うんですが、その割にはちゃんと脚本の直しとかはあるんです。分からないなら、もう第一稿でいいじゃないかと思うんですけど(笑)。
山下
ハハハ、もう何を言ってもダメですね(笑)。
根岸
『オーバー・フェンス』でいうと、蒼井優さんの演じたキャラクター、聡(さとし)が分からなかったと、言ってたよね。「高田さんの書く女性がよく分からない」と。山下監督はときおり、脚本のキャラクターが分からないと正直に言って、とりあえず括弧に入れながら俳優さんを泳がせるようなこと、しますね。やりながら発見するというような。脚本が向井康介の場合はそうでもなく二人でそこを突き詰めていくけど。
いろいろなタイプの作品を手がけていると、すべてを理解するのは難しい場合もあるじゃないですか。それを全部自分で咀嚼できない限り撮れないとする、この範囲しか無理ですと限定するタイプ、例えば喩えが巨匠過ぎてなんなんですが……小津安二郎なんかはそちら側、豆腐屋は豆腐しか作れませんとはっきり言明する監督ですよね。分からないけどやってみるかというタイプがあるのだとしたら、山下監督はそちら側なのかなと思います。
註6:本作でそれぞれ幼少期のハジメとレイカを演じている俳優。柊木は是枝裕和監督『怪物』(23)で主演の一人を、加藤は蜂須賀健太郎監督『あの扉をあけたとき』(22)で主演を務めている。『1秒先の彼』主題歌、幾田りら「P.S.」MV(大畑創監督)はこの二人を主演にすえ、新たに撮り下ろされたスピンオフ作品となっている。