水平の視点と垂直の視点

ケアされる者とする者の共感と交差が、同じ場所から水平に見つめられた「人間の視点」であるとすれば、ミルズ作品にはもうひとつの特徴的な視点がある。それはミルズ自身の言葉でいえば「宇宙人が地球を俯瞰して観ているという目線」だ。チャールズ&レイ・イームズを敬愛し、トーキング・ヘッズのデヴィッド・バーンによるコンセプトからも影響を受けたその視点は、例えば『人生はビギナーズ』においては、主人公オリヴァーが今まで付き合ってきた彼女たちの似顔絵が年代順に映し出されていく場面や、1920年代の大恐慌時代に生まれたドロシアと60年代生まれの“ジェネレーションX”世代であるジェイミー母子の歴史をその時代を象徴する様々なアイテムの写真や引用によって縁取っていく『20センチュリー・ウーマン』にも顕著だ。もともとグラフィック・デザイナーとして名を知られていたミルズのこと、直筆のポップなイラストや写真を駆使したそのグラフィカルな視点と手法は、人間を中心とした「水平の視点」とは対照的な、人間を遥か宇宙から見下ろした「垂直の視点」といってもいい。そのようにして外部から距離を取って見つめられた人間や歴史は、語られる葛藤や深刻さを軽やかなユーモアで中和し、見る者の心を柔らかに解きほぐす。

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言葉によってその視点を率直に語っているのが、本作でジョニーがジェシーに語り聞かせる書物『星の子供』(クレア・A・ニヴィオラ著)の一節である。そこではまさに宇宙人である「星の子」が「人間の子」として地球に生まれ、成長し、多くの感情を学び、人生の旅をしていくなかで自らの来歴を忘れ、やがて再び星へと還るその道程が簡潔に綴られている。そしてその視点そのものといえるのが、俯瞰で映し出される4つの都市の風景であり、おそらく本作で最も美しい場面のひとつといえる、ニューヨークのマンハッタン橋の下でマイクを手に歩くジェシーとジョニーの姿を捉えたロングショットだろう。その光景はまるで見知らぬ惑星に降り立った二人の宇宙人が、寄る方のない広大なその惑星の中に佇み、途方に暮れながらあてのない探査をしているかのようなもの寂しさと愛惜に溢れている。宇宙人から垂直に見下ろされた人間たちは文字通りの「他者」であり、孤立した存在として生きている。そのような宇宙人=外部者からの目線は、ミルズ初期の短編『The Architecture of Reassurance』(99)において、画一化されたサバービアの幸福に馴染めない孤独な少女がアウトサイダーとして周囲の世界を見つめていく「不思議の国のアリス」的な物語としてすでに描かれていた。そしてミルズ自身の少年時代を反映させたその少女の面影は、本作で「孤児」のふりをしてジョニーを困惑させるジェシーの姿にも重なっていく。

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