『殺人鬼から逃げる夜』

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 凶悪な殺人者から逃げ回るヒロインの一夜の奮闘を描くサスペンス・スリラー。
「暗くなるまで待って」(1967)、「ブラインド」(2011)と盲目の女性を主人公にしたサスペンス・ジャンルは数多いが、耳のきこえない女性を描く作品は少なく、うまいところをついてきたなと感心させられた。

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 連続殺人が発生していたが、狡猾な犯人は運の良さもあって尻尾を出さない。バンの後部座席に襲撃、惨殺に必要な器具が搭載されていて、ぞっとさせられる。帰宅中の女性ソジョンを拉致し、バンに連れ込んでいた、ちょうどその夜、通りかかったのが本作のヒロインのギャンミ。耳が聞こえず、喋ることもままならない。母も同じく耳が聞こえず、喋れない。ギョンミは母親とスマホのメールで連絡を取って待ち合わせの場所に急いでいた。からくもバンから逃げ出したソジョンは、助けを求めて靴を放り投げ、それに気づいたギョンミが路地裏で血を流し動けない彼女を発見。だが、パトカーが来た時にはソジョンの姿は消えていた。ドシクは目撃者であるソジョンを追いかけ、以後、"命がけの猫とネズミ"競争が展開されることに。ソジョンの兄ジョンタクは、妹の帰りが遅いのでいらいらし、探し回っていた。
 フードをかぶって顔を隠していたドシクは、サラリーマン風にスーツに着替えて道を尋ねるふりをしてギョンミと母に近づく。通常のスリラーなら犯人の正体を隠して、ヒロインを追い詰めるというのが常道だが、途中から顔出ししてヒロインを追いかけるところがユニーク。顔を出してもヒロインが気づかず、警察署でも素知らぬ顔をし、ジョンタクにはわざとばらしたあげくに、うまく身をかわしてしまう

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 「クワイエット・プレイス」(2018)のように音を立ててはいけないという設定では、姿を見られてもセーフ。音が聞こえないヒロインは視覚、触覚によって対象物をとらえることになるため、見た目はもちろん、物事の本質を見抜ける洞察力が必要となる。そうした能力をフルに生かしたヒロインが、殺人鬼に一晩中追われ、なんども危機に陥った末に、あっと驚く奇手でとどめを刺す。それまでたまっていた鬱憤が解消され、カタルシスが感じられるエンディングがすごく良い。
 惜しむらくは、一晩中追跡が続くという設定のために、殺人鬼がつかまらぬようにかなり不自然な設定になっている。警察の対応は相当緩いし、なぜかヒロインの周りに人がいなくて、彼女一人という状況が続く。もちろん、ヒロインは一息つく暇もなく逃げ惑うので、不自然さはあまり目立たないのだが。

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 ギョンミに日本映画のリメイク「リトル・フォレスト 春夏秋冬」(18)のチン・ギジュ、クランクインまで2か月、手話の学校に通って手話を学んだという。ドシクには「コンジアム」(18)のウィ・ハジュンが扮しているが、イケメンだけに狂気の表情が生きていた。ジョンタク役は日本映画のリメイク「ゴールデンスランバー」(18)のパク・フン。監督・脚本は本作が長編デビュー作となるクォン・オスンが担当している。

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北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。
著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。

『殺人鬼から逃げる夜』予告

殺人鬼と真夜中のおいかけっこ-映画『殺人鬼から逃げる夜』9.24公開【公式】

youtu.be

監督・脚本:クォン・オスン
出演:チン・ギジュ『リトル・フォレスト 春夏秋冬』、ウィ・ハジュン『コンジアム』、パク・フン『ゴールデンスランバー』、キル・ヘヨン『はちどり』、キム・ヘユン『殺人者の記憶法』

配給:ギャガ
原題:MIDNIGHT/韓国/カラー/シネスコ/5.1ch/104 分/字幕翻訳:根本理恵
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9月 24 日(金)TOHO シネマズシャンテ他 全国順次公開