松竹は、昨年2020年に、映画製作を開始して100周年を迎え、その記念プロジェクトの締めくくりとして、1979年に公開した篠田正浩監督・坂東玉三郎主演作品『夜叉ヶ池』を4Kデジタルリマスター版で42年ぶりによみがえらせることが発表されました。

©1979/2021 松竹株式会社

この作品は、幻想文学の礎を築いた泉鏡花の原作を、『梟の城』(99)や『スパイ・ゾルゲ』(03)などで知られる巨匠・篠田正浩監督が、1979年に取り組んだ意欲作です。
その流麗な美しさと芸の卓越さにより歌舞伎界を一世風靡していた女形の坂東玉三郎さんが初めて映画に出演し、村に暮らす女性の百合と夜叉ヶ池の竜神・白雪姫の一人二役を演じて泉鏡花の妖艶な 世界を表現するということで、製作当初からその壮大なプロジェクトが話題となりました。
共演には、百合の夫で鐘楼守として暮す晃役に加藤剛、晃の友人で失踪した晃の足跡を追う学者の山沢役に山崎努、白雪姫の眷属、湯尾峠の万年婆役に丹阿弥谷津子と、実力を備えた多彩で豪華な顔ぶれが勢揃いしました。

舞台は福井県と岐阜県の県境辺り。三国嶽のふもとの琴弾谷に夜叉ヶ池の伝説の調査に来た学者の山沢(山崎努)は、迷いこんだ池のほとりで、息を飲むほど美しい女性と出会う。百合(坂東玉三郎)というその女性は、夫と二人で鐘楼守をしているという。家に招かれた山沢は、かつての親友で、夜叉ヶ池の調査に出たまま帰らぬ晃(加藤剛)が百合の夫であることを知 り驚愕する。夜叉ヶ池には竜神が封じ込められていて、一日に三度鐘を撞かなければ竜神が再び暴れて洪水を引き起こし、村が流されてしまうため、鐘楼守をすることになったのだという。
しかし、ある出来事がきっかけとなり、平穏な日々が破られることになるのだった――。

脚本は、篠田監督とともに松竹ヌーベルバーグと称されたメンバーの一人で、多数の作品を手掛けた田村孟と、『天城越え』(83)などの監督作品で知られる三村晴彦。撮影は小杉正雄坂本典隆、音楽はシンセサイザー音楽作家としても世界的に 知られる冨田勲、美術はアーティストとしても名高く舞台美術でも著名な粟津潔、朝倉摂、横山豊と、各界でトップランナーとして活躍する錚々たる顔ぶれが集結しました。

また、鏡花の幻想的な世界観を表現するために、日本の特撮技術の基礎を築き、『宇宙からのメッセージ』(78)、『里見八犬伝』(83)、「秘密戦隊ゴレンジャー」(75)など数々の作品を手掛けた特撮監督の矢島信男により、当時として最先端の特撮技術を駆使してファンタジックな世界を映像化しました。 そしてなんといってもクライマックスの洪水のシーンの撮影のために、ブラジルのイグアスの滝やハワイを始めとする海外ロケを敢行、また矢島信男特撮監督の指揮のもと、大船撮影所のステージを大改造して作ったセットで50トンの水を使って村が流される大洪水シーンを作り上げ、まさに圧巻の一言に尽きる一大スペクタクルシーンが実現しました。

その後、権利関係の問題で、ビデオ化やテレビ放映がほぼできずにいましたが、昨夏、篠田監督と玉三郎さんが再会した際に、 本作をぜひ今の人たちにも観てもらいたい、ということでお二人の想いが一致し、このプロジェクトが始動しました。
そして各関係者の尽力に加え、篠田監督と坂東玉三郎さんから全面協力をいただいた監修を経て、音や映像のきめ細かな修復作業を何度も行い、ついに4Kデジタルリマスター版が完成いたしました。 奇しくも篠田正浩監督の生誕90周年となる2021年、3月に衛星劇場での篠田正浩監督特集としてTV初放映を皮切りに、今後スクリーンでの上映をはじめ、さらにブルーレイ化、テレビ放映、海外展開など、様々な特集が企画されます。
美しい音と映像で、日本が誇る圧倒的なスケールと壮麗な映像美で描かれる傑作がついに蘇ります。

当時、本作を観たマーティン・スコセッシ監督は、篠田監督への手紙の中で、「玉三郎の演技と、あなたが彼を素晴らしく演出した手法に魅了された」「玉三郎が演じた百合を超えるのは、玉三郎が演じた夜叉ヶ池の白雪姫の他にない」と絶賛しました。

<公開当時のマーティン・スコセッシ監督から篠田正浩監督への手紙(一部抜粋)>

まず最初に、玉三郎さんの演技と、あなたが彼を(俳優としても、日本の伝統芸能の象徴としても)演出した素晴らしい手法に魅了されました。玉三郎さんが繊細に演じた百合を凌ぐものがあるとしたら、彼が演じた歌舞伎にインスパイアされた素晴らしい夜叉ヶ池の白雪姫をおいて他にないでしょう。事実、一度夜叉ヶ池の中に入れば、あなたの作品の真実の美しさが明らかになると私は確信しています。このアンダーワールドで繰り広げられるシーンでは、あなたは日本の文化と伝統の真髄を捉えています。西洋人として私が完全に理解できているかわかりませんが、この映画は文化と歴史の感覚に溢れています。この映画は、あなたとあなたの(文化の)伝統への賛歌であり、現在も、そして未来においても 生き続けていくことでしょう。
敬意を込めて。
ーマーティン・スコセッシ

©1979/2021 松竹株式会社

蘇った『夜叉ヶ池』へ篠田正浩監督、坂東玉三郎のコメント

篠田正浩監督
この新作『夜叉ヶ池』を観る人は、坂東玉三郎が、山崎努・加藤剛を相手に緊迫した現代劇を演じ、その果てに 魔性の姫に変化する見事な<女形>と、世界を圧倒した大洪水の<特撮技術>のお家芸が出会った日本映 画の奇跡を、その目で確かめてください。90歳でデジタル技術でよみがえった『夜叉ヶ池』の初日を迎える冒険を楽しみにしています。

坂東玉三郎
昨年の夏に篠田正浩監督と再会して『夜叉ヶ池』のデジタルリマスター化のプロジェクトが始まりました。デジタル化の 作業で映像を確認して、撮影当時の1つ1つの出来事を鮮明に記憶していたことに気づきました。それだけ思いを込めて撮影に臨んでいたのだと思います。 泉鏡花「夜叉ヶ池」の世界をデジタル化により美しくよみがえった映像で皆さまに是非ご覧いただきたいと思います。

©1979/2021 松竹株式会社

STORY
越前・三国嶽の山中、竜神が封じ込められているという夜叉ヶ池の傍に、萩原晃と妻の百合が住んでいた。未曽有の陽照りが続いていた夏のある日、二人の住む村に一人の男が訪れた。男は山沢学円という学者で、一昨年の夏、親友が国々に伝わる不思議な物語を集めようと東京を旅立ち、そのまま行方が知れなくたったと百合に話す。その男が夫、晃と察する百合。 二人の話を立ち聞きした晃は学円の前に出て、ここに落ちついた訳を語る。晃は夜叉ヶ池を見ようと谷に入り、そこで五十年間鐘をつき続けて来た老いた鐘楼守弥太兵衛に会い、鐘にまつわる不思議な話を聞いた。「昔、人と水が戦って、この里が滅びようとした時、越の大徳、泰澄が行力で竜神を夜叉ヶ池に封じ込んだ。竜神は、自分は自由を求める気持が強いのだから、鐘を作って毎昼夜三度ずつ鳴らし、決して池から出ないという約束を思いおこさせてほしいと云って水底に沈んだ」という。その日弥太兵衛は死んだ。鐘をつかないと竜が暴れだすという話に耳を貸さない村人たち。そのとき、美しい百合と知り合った晃は第二の弥太兵衛になることを決心したのだ。 晃は学円を夜叉ヶ池に案内する。夜の闇に、化け物の数々が出て歌い騒り出す人間とは別の世界の夜叉ヶ池。池の主白雪姫は、剣ヶ峰、千蛇ヶ池の若旦那に想いを寄せていたが、飛び出せば村を水びたしにするため、先祖以来の人間との堅い約束に縛られていた。鐘の音さえなくなればと口借しがる姫。今にも飛び出さんと思うが、晃と百合のために思いとどまる。 一方人間世界では、百合の叔父の悪神官が雨乞いのために村一番の美女百合をいけにえにするとひきつれて行った。百合は自らのどを突いて死んだ。絶望した晃は鐘をつかず、撞木の縄を切った。雷鳴がとどろき、黒雲が夜叉ヶ池を覆い、大津波がおし寄せて村は一瞬のうちに全滅した。自由になれたことを喜ぶ姫。月光がさす水底の巨鐘に、晃と百合の平和なたたずまいが見え、合掌する学円の姿も見えた。

『夜叉ケ池』
1979年10月20日公開
124分 出演 坂東玉三郎、加藤剛、山崎努、丹阿弥谷津子

原作 泉鏡花
脚本 田村孟、三村晴彦、篠田正浩 監督 篠田正浩

製作 杉崎重美、富沢幸男、中川完治/撮影 小杉正雄、坂本典隆
特殊撮影 矢島信男/音楽 冨田勲/美術 粟津潔、朝倉摂、横山豊
照明 飯島博/録音 平松時夫/調音 西崎英雄/編集 池田禅/助監督 熊谷勲

©1979/2021 松竹株式会社

<今後の展開予定>

・2021年3月 CS局/衛星劇場にてTV初放送(2K放送)
(“『夜叉ケ池』放送記念 生誕90年 篠田正浩監督特集”と題し、『乾いた花』、『異聞猿飛佐助』、 『あかね雲』も放送)
・2021年夏 ジャパンプレミア上映 ユーロスペースにて篠田監督特集上映
その後全国各地で順次公開予定
・2021年夏 ブルーレイ発売
・海外映画祭出品予定