対談企画「いま気になる映画人」では、映画製作・プロデューサーの飯塚冬酒が「いま気になる」映画人に逢い、対談する企画です。
今回は精力的に作品を発表している沖正人さんにお話を伺いました。
とても楽しみにしていた対談です。
『みんな笑え』『雨ニモマケズ』
沖「ご無沙汰しております」
飯塚「ご無沙汰しております。本日はよろしくお願い申し上げます」
沖「飯塚さんとは、新宿のK’s cinemaの上映で知り合って、からですかね」
飯塚「そうですね。沖さんのプロデュース作品『みんな笑え』と僕の監督作『雨ニモマケズ』の上映時期がほぼ一緒で」
沖「その節はありがとうございました」
飯塚「こちらこそです。『みんな笑え』の盛り上がりが『雨ニモマケズ』にも波及してお客さまが増えたりと、ありがとうございました」
沖「2作品ともたくさんのお客さまに来ていただけましたよね」
映画「みんな笑え」予告編90秒ver.【2025年2月8日(土)全国ロードショー】
youtu.be映画にあこがれた広島時代
飯塚「その後、すぐに沖さんの監督作『やがて海になる』が公開。
精力的に活動されていますよね。映画のプロデュースや監督以外にも俳優さんもされていたりと。
八面六臂の大活躍。
まずは沖さんが映画の世界に入ったきっかけを教えていただけないですか。」
沖「(笑)僕は俳優からこの世界に入ったんです」
飯塚「俳優から」
沖「そう。僕は広島の江田島育ちなんです。広島で中高と学生時代を過ごしている中で、漠然と映画の世界に入りたいなあ、と考えていたんです」
飯塚「そのころはどんな映画を観ていたんですか」
沖「『仁義なき戦い』とか、広島だから(笑)。
冗談はさておき、いろいろなジャンルの映画を観てきました。レンタルビデオ全盛期だったので、普段はビデオを借りて自宅で観るということを繰り返していて。
呉の映画館に行って映画を観るときは、映画館に行く、という特別な体験だったかもしれません。
子供のころの映画館への想いが映画への憧れにつながっているんだと思います。
そのうちに映画に携わりたいという想いが大きくなって、高校卒業して右も左もわからないまま大阪に出たんですね」
飯塚「東京ではなくて、大阪」
沖「そう、当時の僕からすれば東京も大阪も同じくらい都会に感じて。都会であれば映画の仕事のきっかけが作れるんじゃないかと・・・そこですぐにミヤコ蝶々先生に拾われたんです」
飯塚「縁ですね」
沖「映画の世界、監督を目指すにしてもまずは俳優の気持ちがわかったほうがいいかな、と思いまして、ミヤコ蝶々先生について舞台俳優として地方を回りました」
飯塚「その後は?」
沖「3年ほど地方従業の舞台俳優を続けてからミヤコ蝶々先生のもとを離れ、東京に活動拠点を移しました」
映画監督・沖正人が生まれるまで
飯塚「それは何歳くらいの頃ですか」
沖「21歳くらい。でも・・・誰も知り合いがいないし、オーディションや知り合いから声かけていただきながら俳優活動を続けてきました。そんな活動を続けていくうちに脚本を手掛けたり、映画監督の葉山陽一郎さんと知り合って、キャスティングのお手伝いをしたり、とか」
飯塚「俳優以外にも製作の活動をしていたんですね」
沖「やがてあちこちと仲間から声かけられてプロデューサー的な動きもするようになってきて・・・
40代手前に仲間の一人、海老澤憲一くんから声かけられた作品で、二人で共同監督をすることになったんです。
コーエンジ・ブラザーズという名前で『お口の濃い人』という映画をつくりました」
飯塚「俳優から映画製作やプロデューサーを経て、映画監督へ、という流れですね。かなり順調だと思うのですが」
沖「いやいや。上京してしばらくは大変でしたよ。大阪でミヤコ蝶々先生の劇団で、周りは一流の人ばかり。すぐに給料もらって暮らしには困らずに俳優をしていて。その気持ちで東京に来たので・・・天狗とまではいかないけれども、変な自信とプライドがあったので」
飯塚「今の沖さんからは想像できない」
沖「そのプライドも鼻っ柱もあっという間にへし折られて(笑)。東京に来てからは大変でしたよ。食べていきながら俳優して・・・」
映画監督としての強み
飯塚「映画監督として一番大切にしていることはありますか」
沖「僕は俳優出身なので、やはり俳優と向き合う、ということでしょうか。いろいろな現場を見てきて監督の在り方も様々で正解はないと思いますが」
飯塚「なるほど」
沖「僕は現場でも俳優と膝を突き合わせて話をします。カメラの画が決まる直前まで俳優さんと話していて、カメラ回すギリギリで戻るとか」
飯塚「画作りはカメラマン任せ?」
沖「そうではないんです。現場に入るまでにカメラマンとロケハンしてカメラもカットも全部決めておくんです。そうすると現場で俳優さんに集中できるので。僕の現場は俳優ファーストなのかもしれないです」
飯塚「インするまでも大変ですよね」
沖「そうですね。衣装合わせでどれだけコミュニケーションがとれるか、忙しい俳優さんだと特にその時間でコミュニケ―ションをどれだけとれるか、大切です。あとは現場でも移動の時は俳優さんと同じ車でお話する、とか」
飯塚「俳優さんとのコミュニケーションが沖さんの強みなんですね」
今後の作品
飯塚「『やがて海になる』拝見いたしました。
大人の青春映画ですよね。
昔を懐かしむ大人目線ではなく、高校時代の子供の目線もしっかりと持っている、作品の構造も勉強になりました」
沖「ありがとうございます」
飯塚「今後の展望などはございますか」
沖「この秋からクランクインになるのですが、日本の物流業界をしっかりと描いた『鉄の塊』という作品があります。トラック映画というとみなさん『トラック野郎』とか『コンボイ』とか思い浮かべるようですが、物流業界の大切さをしっかりと描いた、カーチェイスとかは一切ない(笑)映画です」
飯塚「楽しみですね」
沖「あとは、遺品整理をテーマにした作品も進んでいます。こちらは来年にクランクイン予定です」
飯塚「本当に精力的ですね」
沖「一年に二本はつくりたいと思っているんですが。なかなか難しいですね」
飯塚「これからも作品を楽しみにしています」
映画は「祭り」
飯塚「沖さんにとって映画とは何ですか」
沖「僕は、祭り だと思っています」
飯塚「祭り?」
沖「子供の時から、何か面白いことを友人たちと一緒につくりあげたり、輪の中心にいたりということが多かったように感じます。
映画つくりは、協賛のお金集めをしたり、スタッフや俳優や配給やみんなを集めて巻き込んでつくっていく、子供時代の延長なのかもしれないですね」
飯塚「沖さんっぽい」
沖「人が集まるって、その中心が明るくなければならないじゃないですか。祭りとか明るくて楽しいところに人は集まる。僕は中心で明るく人が集まってくるような祭りを企画しているんだと思います」