海の端から、映画で世界とつながる
潮の匂いと強い風。水平線の向こうから届くものは、観光の記号だけではない。石垣島に、映画を“窓”として世界に触れ、考え、対話するための新たな場が立ち上がる。2026年3月20日(金・祝)から22日(日)にかけて開催される第1回「島んちゅぬ映画祭」は、常設の映画館や大学がないという離島の条件を出発点に、島の子どもたちと地域の人びととともにゼロから映画文化を育てることを掲げる。会場は市民会館を中心に、あまくま座、CITY JACKなど島の個性豊かな空間へと広がっていく。
本映画祭は初回、コンペティション部門を設けない一方で、上映作品全体(25〜30本)を対象に地域企業の協賛による「市民賞」(賞金10万円)を授与する。勝敗の競技ではなく、島の観客が“自分の言葉”で選び、映画祭の輪郭をつくっていく。第二弾ラインナップは1月下旬に発表予定だ。
「島の祭り」に映画を重ねる眼差し
主催は拠点を石垣島へ移し「日本最南端の映画配給会社」として活動する株式会社サニーフィルム。島の豊年祭やアンガマーなどの伝統行事に触れるなかで、映画祭もまた“島の祭り”のように年月をかけ、島の文化の一部にしていきたい――そんな志からスタートしたという。
代表・有田浩介が率いるサニーフィルムは、世界の映画祭で上映されたドキュメンタリー映画やインディペンデント映画を中心に、歴史、戦争、人権、倫理、移民・難民問題へと視線を伸ばす作品群を届けてきた。 例えば、ナミビアのトロフィーハンティングをめぐる『サファリ』(16)、シリア内戦の渦中でSNS映像が編み直される『シリア・モナムール』(14)。さらにセルゲイ・ロズニツァ作品を軸に『ドンバス』(18)、『バビ・ヤール』(21)、『ミスター・ランズベルギス』(21)へと連なる“現在史”の回路、あるいは『ゲッベルスと私』(17)、『ドリーミング村上春樹』(17)、『歩いて見た世界 ブルース・チャトウィンの足跡』(19)など、一本ごとに手触りの違う「偏愛の棚」を築いてきた。
しかも彼は、それらをひとりでやってのける。映画祭へ出向き、作品を買い付け、契約し、劇場へ届け、DVDや配信へもつなぐ。法務も営業も宣伝も経理も、基本はワンオペだという。だからこそ、有田の審美眼は制度ではなく体温に根ざす。「世界の片隅の話だけど、それが世界の中心の話なんだよ」――遠い土地の現実が、こちらの倫理や日常を揺さぶる瞬間に、彼は賭けてきた。
島んちゅぬ映画祭は、そうした「片隅=中心」の感覚と、一本の映画に最後まで伴走する粘り強さから生まれた、新しい航路である。石垣島に常設の映画館や大学がない現状から出発し、島の子どもたちや地域の人々とゼロから映画文化を育てる――その無謀さを、現場の手触りへ変えていく人が有田浩介なのだ。
主催者コメント
6月に拠点を石垣島に移し、日本最南端の映画配給会社サニーフィルムとして活動しています。かねてより憧れていた豊年祭やアンガマなど、島の伝統行事に触れるなかで、映画祭も、島の祭りのように、年月をかけて、島の文化の一つにしたいと考えています。会場は、市民会館を中心に、あまくま座、CITY JACKなど、島の個性豊かな空間を舞台とします。来島者には島の魅力を、島の方には、地域の価値を再発見していただける場を目指します。将来的には、国内の劇場関係者やバイヤー、特にこれから映画配給・上映活動・地方映画祭立ち上げに挑戦したい若い世代を支援するマーケット機能も育て、石垣島を映画産業の新たな拠点の一つにし発展させていく構想を描いています。また、本映画祭の開催と継続に向けて、2026年1月より全国に向けたクラウドファンディングの実施も予定しています。
第一弾ラインナップ:世界5カ国から、いまを見る6本
第一弾で発表されたのは世界5カ国から集まった6作品。アジア初公開3本、日本初公開1本を含み、釜山国際映画祭やトロント国際映画祭などで話題となった新作群が並ぶ。上映に合わせて国内外の監督が来島し、トークやQ&A、学生との交流も予定されている。
①『ルオムに黄昏て』(チャン・リュル監督|中国|2025)
恋人から届いた一枚のハガキを手に、古都ルオムを訪ねる女性バイ。見知らぬ町を彷徨ううち、孤独や過去の痛みを抱えた人々の人生が静かに交差していく。最新作がジャパンプレミア上映、監督来島も決定。
②『猫を放つ』(志萱大輔監督|日本|2025)
写真家の妻との距離に悩む音楽家が、かつての恋人と偶然再会し、長い散歩の時間を重ねていく。未熟さゆえの痛みと、形にならない未来のモラトリアムが静かに滲む長編デビュー作。沖縄プレミア上映で、監督来島決定。
③『佐藤忠男、映画の旅』(寺崎みずほ監督|日本|2025)
日本映画史を体系化し、60年にわたり批評活動を続けた佐藤忠男(1930-2022)を追う社会派ドキュメンタリー。映画を通して見つめ続けた世界の行方が、評伝の枠を越えて立ち上がる。東京国際映画祭「アジアの未来」部門・特別オープニング作品で、監督来島決定。
④『ミリタントロポス』(アリーナ・ゴルロヴァ監督|ウクライナ|2025)
戦禍の現実を記録しながら、人間の存在そのものを見つめ返す。映像が“現在の緊迫”をまとったまま届くこと、その重さを正面から引き受ける作品。アジアンプレミア上映で監督来島決定。
⑤『パウワウ・ピープル』(スカイ・ホピンカ監督|アメリカ|2025)
歌と踊りでアイデンティティを表現するパウワウを、外側ではなく内側から記録する長編ドキュメンタリー第2作。司会者、歌い手、そして多様化する現代を象徴するノンバイナリーの若きダンサーらが揃い、祝祭の“現在形”が描き出される。アジアンプレミア上映。
⑥『少女は月夜に夢をみる』(メヘルダード・オスコウイ、ソラヤ共同監督|イラン|2025)
難民生活を送るアフガニスタン出身の15歳の少女ソラヤが、携帯電話で自ら記録した5年間の道のり。児童結婚や家庭内暴力といった現実を鋭く映し出しながら、自己決定へ向かう姿が刻まれる。岩波ホールで劇場公開された『少女は夜明けに夢をみる』のメヘルダード・オスコウイ監督と難民である少女ソラヤによる共同監督作品。アジアンプレミア上映で、監督来島は現在交渉中。
主催者コメント(第一弾ラインナップとゲスト招聘について)
『ルオムに黄昏て』のチャン・リュル監督は、現在の東アジアを代表する最も重要な映画作家の一人です。韓国、中国、日本(福岡)を拠点に、国境を越えて移動しながら映画制作を続けている点が監督の大きな特徴です。今回、初めて石垣島に来島されますが、監督が好む様な小道や小さな酒場を紹介させていただき、将来、八重山を舞台とした映画を制作していただけたらという願いを込めてご招待しました。また、現在の日中関係を鑑みて来島の意思を確認した際、チャン・リュル監督は次のように語ってくれました。——このような時代だからこそ、映画の価値はとりわけ重要だと思います。芸術のあらゆる分野がそうであるように、映画は政治によって引き裂かれたものを縫い直し、人間へのより深い理解を示すことで、世界が前に進む手助けをします。アジア外交の最前線でもある石垣で、チャン・リュル監督を迎えることは、文化的にとても大きな意味を持つと考えています。
『猫を放つ』の志萱大輔監督とは、昨年の釜山国際映画祭のマーケットで出会い、意気投合し、長く石垣島と関係を築いていける若い監督だと感じ、お声がけをしました。東京フィルメックスの上映後トークで語られていた「シナリオは役者やロケーションから生まれる」という言葉が印象的で、初めて訪れる石垣の風土や空気に触れることで、新たな物語が生まれることを期待しています。
『少女は月夜に夢をみる』は、11月にアムステルダムで開催されたIDFA(アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭)にて上映され、最高賞を受賞した作品です。15、16歳の少女が抱く強い信念と闘いの姿は、ぜひ島の同世代の子どもたちに観てもらいたいと考え、アジアプレミア作品として招待しました。監督のメヘルダード・オスコウイ氏とは、2019年にアムステルダムで出会っていて、本年度のIDFAで直接映画祭の構想を伝え、スカウトしました。
『ミリタントロポス』のアリーナ・ゴルロヴァ監督は、2021年に発表された前作から注目してきたウクライナの若き先鋭的なドキュメンタリー作家です。戦禍のウクライナを記録した作品を、現在の緊迫した国際情勢の中で上映し、さらに監督本人を招いて自国の戦争について語ってもらうことは、
「世界平和を願う都市」である石垣市にとって大きな意味を持つと信じています。
また、同じく2021年頃から追いかけてきたアメリカの映画作家、スカイ・ホピンカ監督の最新作『パウワウ・ピープル』の上映も決定しました。残念ながら監督の来日はかないませんでした。ネイティヴ・アメリカンとしての自身のルーツや文化を内側から記録するホピンカ監督の作品は、伝統文化を受け継いできた石垣・八重山諸島とも強い共鳴をもたらすと感じています。
最後に、すでに劇場公開されている作品ではありますが、『佐藤忠男 映画の旅』も招待しました。監督の寺崎みずほさんとは、約15年前、社会派ドキュメンタリー制作集団・グループ現代で同じ時間を過ごした仲間です。若い頃、「今、記録しなければ、いずれできなくなる」と語り合っていた中で、グループ現代の創始者・小泉修吉氏(1933-2014)が急逝しました。その後、寺崎監督が同じ世代を生きた映画評論家、佐藤忠男先生(1930-2022)を題材に、初の劇場公開作品としてドキュメンタリーを完成させたことに、彼女の強い信念を感じました。そうした長年の縁もあり、ぜひ石垣島でこの作品を紹介したいという思いから、お声がけをしました。
離島から世界を考える:2つの特別プログラム
①第1回 Impact from the Ishigaki Island ー離島から世界を考えるー
映画祭のもう一つの柱が、東京大学Diligentとの協働企画「Impact from the Ishigaki Island ―離島から世界を考える―」だ。人権、環境、ジェンダー、移民・難民問題など、その年においてとりわけ重要な国際的社会課題を扱う作品を1本選び、上映後は監督を交え、島の学生たちによる背景解説とディスカッションを実施。第1回の選出作は『少女は月夜に夢をみる』で、発表後には被写体であるソラヤを直接支援する募金活動も行われる。
② ロッテ・ライニガー監督の切り絵アニメーション
さらに次世代の入り口として、小学生に向けた特別無料上映会も。現存する最古の長編アニメーション映画『アクメッド王子の冒険』(1926年公開)を手がけたロッテ・ライニガー(1889年6月2日–1981年6月19日)の短編切り絵アニメーションを上映し、ゲーテ・インスティトゥート東京の文化担当ウルリケ・クラウトハイム氏が解説を担う。石垣・八重山の文化と、繊細で詩的な切り絵表現が強い共鳴を生むはずだ。
ロッテ・ライニガー監督
ウルリケ・クラウトハイム氏
本映画祭は主催者のコメントにもあるように、将来的には、配給・上映活動や地方映画祭の立ち上げに挑戦したい若い世代を支援するマーケット機能も育て、石垣島を映画産業の新たな拠点の一つへ成長させたいという構想も描かれている。
石垣島という端から立ち上がるこの試みは、都市の映画館で作品を消費するだけでは得られない、映画文化の発掘と育成──「出会い」「対話」「継承」を呼び戻そうとしているように思える。島の人々にとっては、世界へ開かれた窓となり、来島する観客にとっては、映画が土地と結びつく瞬間を目撃する場となるだろう。第1回という、まだ形の定まらない今だからこそ、観客のまなざしや言葉、そして小さな支援が映画祭の背骨になっていく。2026年1月からは全国に向けたクラウドファンディングの実施も予定されているいま、この「島んちゅぬ映画祭」の立ち上げを継続して見守り、応援していきたい。
開催概要
イベント名:第1回 島んちゅぬ映画祭(しまんちゅのえいがさい)
日程:2026年3月20日(金・祝)〜22日(日)
会場:市民会館、あまくま座、CITY JACK ほか
主催:株式会社サニーフィルム
映画祭公式Instagram:https://www.instagram.com/siff.ishigaki/
問い合わせ・協賛・広報支援について
島んちゅぬ映画祭実行委員会
代表:有田浩介
TEL:090-6112-9090
メール:arita.kohsuke@gmail.com