第82回ベネチア国際映画祭は、例年にも増して「芸術」と「政治」の緊張関係を浮き彫りにした年となった。映画祭の象徴であるコンペティション部門では、アメリカの名匠ジム・ジャームッシュ監督による静謐な作品『Father Mother Sister Brother』が最高賞・金獅子を受賞し、批評家の間に驚きと納得を同時に呼び起こした。一方で、パレスチナの少女の切迫した現実の肉声を記録した『The Voice of Hind Rajab』(カウテール・ベン・ハニア監督)が観客の熱狂的な支持を集めながら銀獅子賞に留まったことは、芸術と政治の交差点における審査員の選択の難しさを物語っている。

映画祭の意義は単なる受賞作の選別にとどまらない。むしろ、その過程で浮き彫りになる政治的判断、文化的摩擦、そして表現の自由の限界こそが、映画祭を「世界の鏡」として機能させている。今年のベネチア国際映画祭は、そのことをこれ以上ないほど鮮明に映し出したといえるだろう。

©2025 E.x.N K.K.

オリゾンティ・コンペティション部⾨では、藤元明緒監督『LOST LAND/ロストランド』が審査員特別賞を受賞

オリゾンティ・コンペティション部⾨では、ワールドプレミアとなった藤元明緒監督作『LOST LAND/ロストランド』が審査員特別賞を受賞。さらに本作は独⽴賞である最優秀アジア映画賞特別表彰、ビサート・ドーロ賞(⾦の鰻賞)最優秀監督賞も受賞し、三冠を達成した。

藤元監督のフィルモグラフィーを振り返れば、『僕の帰る場所』(18)、『海辺の彼女たち』(21)において、「現実を撮る倫理」と「物語を語る希望」という主題が一貫して現れている。ドキュメンタリーとフィクションの境界を往還しながら、彼は登場人物の生活を「演技」と「記録」の中間に置く。そこでは、観客は映画を鑑賞するのではなく、映画を通して他者の「現在」に立ち会うことになるのだ。新作『LOST LAND/ロストランド』は、この方法論をさらに深化させた藤元監督の到達点といえるだろう。

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【藤元明緒監督 コメント】
このような光栄な場をくださったベネチア国際映画祭、審査員の皆さま、そして観客の皆さまに⼼から感謝します。

国籍を奪われ、
故郷を奪われ、
命を奪われ、
今も迫害に苦しむロヒンギャの⼈々。

同じくミャンマーで苦境にあるすべての⼈々に、明るい未来が訪れることを願っています。

この映画を⽀えてくれたロヒンギャの仲間たちの才能が、世界に広がっていきますように。

映画を愛する皆さま、どうか温かいエールをお願いします。

【プロデューサー渡邉⼀孝 コメント】
ロストランドは、ロヒンギャの⼈たちや⽇本⼈だけではなく、中華系マレー系インド系マレーシア⼈、フランス⼈、アメリカ⼈、ドイツ⼈、インド⼈、バングラデシュ⼈、タイ⼈、オランダ⼈など、多くの⼈種と⾔葉を持つ⼈たちが集まってできた映画です。世界の各地でそれぞれの⼈⽣を歩んできた⼈たちが⼀つの企画に共感し、⾏動を起こした先にこれらの賞があることを重く受け⽌めます。

【共同プロデューサースジャウディン・カリムディン コメント】

映画に参加できたことを光栄に思います。そして、これを実現したチームに賛美を送ります。

監督の試みはシンプルでありながら⼒強いものです。それは、映画がなければ、⾃分たちの声を世界と分かち合う術を持たない⼈々の物語を伝えることです。

その声は、⼀つのメッセージを伝えています。ロヒンギャの⼈々が「故郷に帰りたい」ということです。他のあらゆるコミュニティと同じように、私たちもまた、先祖代々の故郷で、平和と信仰と安全の中で暮らすことを切望しています。

この映画を受け⼊れてくださったように、どうか私たちの旅路も受け⼊れてください。私たちと共に、助け合い、この願いを現実にする⼿助けをしてください。
どうか、この映画が、世界の多くの⼈々が触れるものになりますように。

2026 年春公開
『LOST LAND/ロストランド』海外版予告編

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コンペティション部門 受賞一覧

・金獅子賞(最優秀作品)
『Father Mother Sister Brother(原題)』
ジム・ジャームッシュ監督

・銀獅子賞(審査員大賞)
『The Voice of Hind Rajab(原題)』
カウテール・ベン・ハニア監督

・銀獅子賞(最優秀監督賞)
ベニー・サフディ監督『The Smashing Machine(原題)』

・最優秀女優賞
シン・ジーレイ『The Sun Rises on Us All(英題)』

・最優秀男優賞
トニ・セルヴィッロ『La Grazia(原題)』

・最優秀脚本賞
ヴァレリー・ドンゼッリ、ジル・マルシャン『À Pied d'Oeuvre(原題)』

・審査員特別賞
『Sotto le Nuvole(原題)』
ジャンフランコ・ロージ監督

・マルチェロ・ マストロヤンニ賞(新人俳優賞)
ルナ・ウェドラー『Silent Friend(原題)』