コンペティション部門の新設

節目となる第30回釜山国際映画祭(BIFF)は、公式招待241本(64カ国)という史上最大規模で9月17日〜26日に開催される。公式サイトによると、本年度の規模はコミュニティ企画を含む総上映本数は328本に達する。ワールドプレミアは公式選出内だけで90本(内、インターナショナル・プレミア9本)という初出しの多さも特筆に値する。

最大のトピックは、新映画祭ディレクターのチョン・ハンソク氏によって新設された「コンペティション」部門だ。韓国・日本・中国・台湾・イラン・タジキスタン・スリランカから計14本が選ばれ、そのうち10本が世界初上映。授与される「Busan Awards」は〈作品賞/監督賞/俳優賞(2名)/審査員特別賞/芸術貢献賞〉の5部門で、トロフィーはアピチャッポン・ウィーラセタクンによるデザインという遊び心もうれしい。つまりBIFFは、旧来の「ニュー・カレンツ」部門や「キム・ジソク」部門から一歩踏み込み、“現在のアジア映画”を横断比較するための一本化した勝負の土俵をしつらえた格好だ。

日本からは永田琴監督『愚か者の身分』、志萱大輔監督『猫を放つ』、そして今年のロカルノ国際映画祭で金豹賞を受賞した三宅唱監督の『旅と日々』の3作品が選出。また象徴的なのは、台湾のスター、スー・チーがビー・ガン監督『Resurrection』に出演する一方、自身の監督デビュー作『Girl』を同じコンペで競わせる二刀流ぶり。彼女のような国際的スターが、自らの監督作をもって映画祭で競う姿は、この新設コンペがアジア映画の未来を切り開く重要な場として認識されていることを示している。

オープニング作品はパク・チャヌク監督の新作『No Other Choice』。イ・ビョンホンらを擁し、アジア初上映として初日を飾る。記念すべき30回目の口火として、成熟した韓国映画の知見を総動員しつつも、危機に瀕するローカル産業の再活性化を旗印に掲げるBIFFの意志表明にふさわしい作品といえるだろう。

ビー・ガン監督『Resurrection』ティーザー予告編

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「ビジョン」部門の再確立と「アイコン」部門の拡張

戦略のもう一つの柱がセクション再編である。長年、韓国インディペンデント映画を発掘する場所であった「ビジョン」部門を独立セクションとして再確立し、今年は「ビジョン・コリア(Vision – Korea)」と「ビジョン・アジア(Vision – Asia)」に分割。後者を含め計23本(韓国12/アジア11)をラインナップして、地域横断の新しい語り口を可視化する。制度設計としても、コンペと連動して新人・中堅の射程を拡げる周到な布陣だ。

さらに今年の「アイコン」部門は前年17本から一気に33本へ拡張。今年のカンヌ国際映画祭で監督賞と男優賞(ワグネル・モウラ)を獲得したクレーベル・メンドンサ・フィリオ監督『The Secret Agent』、奇抜で独創性な語りで知られるヨルゴス・ランティモス監督の『Bugonia』、映像美と繊細な物語性で評価の高いコゴナダ監督による『ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行』、ハンガリーの巨匠イルディコー・エニェディ監督『Silent Friend』、そしてドキュメンタリー映画の第一人者ジャンフランコ・ロージ監督『Below the Clouds』などが並ぶ。世界の第一線で活躍する監督たちの最新作を一望できるこのラインナップは、釜山が「アジア映画の中心」として国際的な存在感を放ち続けていることを改めて証明している。

コゴナダ監督『ビューティフル・ジャーニー ふたりの時空旅行』予告編

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アートと大衆性の両立を実現させる多彩な作品群

「アジア映画の窓(A Window on Asian Cinema)」部門には、真利子哲也監督『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』、深田晃司監督『恋愛裁判』、早川千絵監督『ルノワール』、関友太郎・平瀬謙太朗監督の『災 劇場版』ら日本勢に加え、東南アジアや中央アジアの新鋭が多士済々。名のある作家と新顔が混在するこの枠は、新たな作品発見の第一関門として例年通りの強度を維持している。

「ガラ・プレゼンテーション(Gala presentation)」部門では、注目の4作品が上映される。イランの巨匠ジャファル・パナヒ監督の新作『It Was Just an Accident』、ギレルモ・デル・トロ監督のダークファンタジー『Frankenstein』、現在日本で大ヒット上映中の李相日監督『国宝』、そして韓国のピョン・ソンヒョン監督『グッドニュース』だ。特にパナヒ監督は本年のBIFFで「アジア映画人賞」に選出され、カンヌ国際映画祭では同作が最高賞のパルムドールを受賞したばかり。この快挙は、彼の最新作が持つ社会的・芸術的な意義を示すと同時に、BIFFが映画の公共的な価値や役割を積極的に問い直していることを象徴している。

深夜上映枠の「ミッドナイト・パッション(Midnight Passion)」部門も拡充。日本からは川村元気監督の心理ホラー『8番出口』、谷垣健治監督の武術アクション『The Furious』、さらに『ランボー ラスト・ブラッド』のエイドリアン・グランバーグ監督によるミラ・ジョヴォヴィッチ主演で話題の『Protector』も注目を集めている。「アートと大衆性の両立」を掲げるBIFFの趣旨を体感するには格好のプログラムだ。

真利子哲也監督『Dear Stranger/ディア・ストレンジャー』予告編

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屋外上映を楽しむ「オープン・シネマ」と30周年記念を飾る「特別企画」の魅力

釜山国際映画祭の象徴ともいえる「オープン・シネマ(Open Cinema)」部門は、釜山シネマセンターの屋外ステージで行われる特別上映プログラムだ。観客は5,000席規模の開放的な空間で、話題作や名作を夜風に吹かれながら楽しむことができる。今年のラインナップには、渡辺謙と坂口健太郎が共演する群像ミステリー『盤上の向日葵』、柴咲コウとオダギリジョーが出演する家族ドラマ『兄を持ち運べるサイズに』、そして、新海誠の名作を新たに実写化した松村北斗×奥山由之監督『秒速5センチメートル』など日本勢が強い存在感を示し、映画祭ならではの祝祭感を一層高めている。

一方で、「特別企画(Special Program in Focus)」部門は、映画祭が誇る批評性と歴史性を体現する知的なプログラムとして、観客を映画の深層へと誘う。今年は5つの特集が展開され、節目の年にふさわしい充実ぶりを見せている。「アジア映画の決定的瞬間(Defining Moments of Asian Cinema)」では、濱口竜介監督『ドライブ・マイ・カー』や是枝裕和監督『誰も知らない』といった日本映画を含むアジア映画史を代表する10本が上映され、監督や批評家による公開ディスカッションを通して、作品の価値が新しい時代の文脈で語り直される。また、イタリア映画の巨匠マルコ・ベロッキオの回顧特集では、『ポケットの中の握り拳』から『愛の勝利を ムッソリーニを愛した女』、そして新作テレビシリーズ『Portobello』まで、半世紀以上にわたる彼の挑戦的な表現を一気に振り返ることができる。

「マルコ・ベロッキオ特集」予告編

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さらに、ジュリエット・ビノシュを軸にした「モーションとエモーションの間で(Between Motion and Emotion)」では、監督としての初挑戦作『In-I In Motion』、カラックス監督の『ポンヌフの恋人』、そして『トリコロール/青の愛』と、女優と監督の視点が交錯する多面的なプログラムが組まれている。韓国映画の未来を担う若手女性監督5人が自ら影響を受けた作品を選び、オリジナル監督と対話する「私たちの小さな映画史(A Little History of Our Own)」では、イ・ジョンヒャン監督『美術館の隣の動物園』やチョン・ジェウン監督『子猫をお願い』など、韓国映画の転換期を象徴する名作が新しい光で照らされる。そして、初の試みとなる「白紙委任状(Carte Blanche)」では、ポン・ジュノ監督が青山真治監督『ユリイカ』を、小説家のウン・ヒギョンが三宅唱監督『ケイコ 目を澄ませて』を薦めるなど、韓国を代表するアーティストたちが自身の“偏愛する一本”を選び、その作品に込められた個人的な思いを観客と共有する。

このように、第30回の釜山国際映画祭を貫いているのは「分断」ではなく「つながり」を重視したプログラム構成だ。新設されたコンペティション部門は、さまざまな国や地域から届いた新作を受け止める場となり、ビジョン部門は多様な国や文化を交えた実験的な表現の交差点として機能している。さらに、アイコン部門では世界的な潮流を見渡せる作品が一堂に会し、アジア映画を国際的な文脈の中で再確認できる。過去最大規模で開催される今年のラインナップ全体からは、アジアの映画人たちが互いの刺激を受けながら、新しい表現や物語を模索している気配が強く感じられる。記念すべき30回目にふさわしい成熟と熱気が、会期10日間の釜山で鮮やかに浮かび上がるだろう。

チョン・ジェウン監督『子猫をお願い 4Kリマスター版』予告編

映画『子猫をお願い4K リマスター版』

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コンペティション部門 出品作品一覧

『Another Birth』 — イザベル・カランダール監督(タジキスタン/米/カタール)
『愚か者の身分』 — 永田琴監督(日本)
『By Another Name』 — イ・ジェハン監督(韓国)
『En Route To』 — ユ・ジェイン監督(韓国)
『Funky Freaky Freaks』 — ハン・チャンロク監督(韓国)
『Girl』 — スー・チー監督(台湾)
『Gloaming in Luomu』 — チャン・リュル監督(中国)
『猫を放つ』 — 志萱大輔監督(日本)
『Left-Handed Girl』 — シーチン・ツォウ監督(台湾/仏/米/英)
『Resurrection』 — ビー・ガン監督(中国/仏)
『Seven O’Clock Breakfast Club for the Brokenhearted』 — イム・ソンエ監督(韓国)
『Spying Stars』 — ヴィムクティ・ジャヤスンダラ監督(仏/スリランカ/印)
『旅と日々』 — 三宅唱監督(日本)
『Without Permission』 — ハッサン・ナゼル監督(イラン/英))

10月24日(金)公開『愚か者の身分』予告編

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志萱大輔監督『猫を放つ』海外版ビジュアル

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三宅唱監督『旅と日々』30秒予告編

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参考:Deadline “Busan Film Festival Unveils Inaugural Competition Line-Up, Including Ten World Premieres”

参考:Variety “Shu Qi’s ‘Girl’ and ‘Resurrection’ Among Competition Titles as Busan Film Festival Unveils Lineup for 30th Edition”