大阪・関西万博が開催される中、京都・嵐山の福田美術館・嵯峨嵐山文華館では、これにちなんで、かつての万博に出品され、世界を魅了した日本画家たちの名作を集めた展覧会「万博・日本画繚乱 ―北斎、大観、そして翠石―」が9月28日まで、二館共催で開催されています。
万博は、世界各国の最先端の科学や技術が結集して開催される世界最大の国際博覧会の場です。美術もまた、国を代表する先進的な技術だと考えられていた近代には、日本は国際的に認められるため積極的に参加し、日本画の巨匠・葛飾北斎(かつしかほくさい)をはじめ、現役の日本画家たちの意欲作が万博に出品されました。
1900年のパリ万国博覧会では、日本画家として唯一、金メダル(金牌)を獲得した大橋翠石(おおおはしすいせき)を筆頭に、橋本雅邦(はしもとがほう)や横山大観(よこやまたいかん)、竹内栖鳳(たけうちせいほう)や上村松園(うえむらしょうえん)ら、錚々たる画家たちが日本の威信をかけて意欲的に制作し、成果を残しました。
多くの作品は、万博を開催した国でそのまま販売されてしまったよううで現存しているものはほとんどありませんが、万博出品作だけでなく、ほかの代表作にも同様の情熱と画技が宿っています。是非、この機会に、かつての万博で活躍した日本画家たちの珠玉の作品を風情ある京都・嵐山の福田美術館・嵯峨嵐山文華館でご覧ください。
それでは展覧会構成に従っていくつかの作品を観ていきましょう。
第1会場:福田美術館
第1章 万博と美術
万国博覧会(万博)の歴史は、日本では江戸時代にあたる1851年のロンドン万国博覧会から始まりました。「各国や地域が、誇るべき営みや技術について紹介し、進歩や将来への展望を示すことによって、得難い公衆の教育の機会とする」という国際博覧会条約の目的のもとに、万博は開催されています。
優れたものに意義を認め、顕彰することが進歩に繋がるという考えから、近代の万博では出品物が審査の対象となっていました。その中で、重要な部門として「絵画」があったのです。
明治時代の日本は、産業技術で欧米に対抗して賞を獲得することは難しい状況にありましたが、絵画であれば個人の才能によって賞を獲得することが十分に可能であると日本政府は考え、多くの日本画家の作品を万博の場に送りました。
第1章では、1867年のパリ万博に展示され、モネやゴッホに大きな影響を与えた葛飾北斎の肉筆浮世絵にはじまり、万博に出品し世界に挑んだ当時の日本の画家たちの作品が紹介されています。
葛飾北斎《大天狗図》天保10年(1839) 福田美術館蔵 通期展示 福田美術館・嵯峨嵐山文華館 「万博・日本画繚乱 ―北斎、大観、そして翠石―」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
巨大な蜘蛛の巣から必死に逃げようとする烏天狗。大胆な発想の北斎の肉筆浮世絵です。
慶応3年(1867)ナポレオン3世の働きかけに応じ、江戸幕府最後の将軍・徳川慶喜(とくがわよしのぶ)は日本の万博初参加を決め、『北斎漫画』14冊、『北斎画譜』3冊、『北斎画本』1冊が出品されました。当時フランスで高まっていたジャポニズム(日本趣味)の機運と北斎の浮世絵の人気が出展に繋がったと考えられています。
望月玉渓《瑞鳳図屏風》昭和3年(1928) 福田美術館蔵 通期展示 福田美術館・嵯峨嵐山文華館 「万博・日本画繚乱 ―北斎、大観、そして翠石―」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
玉渓は、京都御所で襖絵や屏風を制作していた望月家に生まれ、五代目となりました。若い頃は、父・望月玉泉(もちづきぎょくせん)に師事し、伝統的で緻密な望月家の描法を習得しましたが、その後、四条派の情緒ある表現を取り入れ、繊細で丁寧に描きこまれた柔らかな雰囲気を持つ花鳥画で名を馳せました。
横山大観《霊峰不二》昭和11年(1936)福田美術館蔵 前期展示 福田美術館・嵯峨嵐山文華館 「万博・日本画繚乱 ―北斎、大観、そして翠石―」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
日本の自然美を描いた横山大観。橋本雅邦に師事し、岡倉天心からも多大な影響を受けました。輪郭線を用いず、ぼかしや色彩の加減によって空気感をも表現する画風を菱田春草(ひしだしゅんそう)らと主に編み出しましたが、「朦朧体(もうろうたい)」と酷評されてしまいます。
ですが新たな日本画を追求し、海外にも進出。1904年に天心や同志の画家たちと共に渡米し、各地で開催した展覧会では好評を博しました。1900年のパリ万博では銅牌を獲得しています。
上村松園《和楽之図》19-20世紀 福田美術館蔵 前期展示 福田美術館・嵯峨嵐山文華館 「万博・日本画繚乱 ―北斎、大観、そして翠石―」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
京都に生まれた上村松園は、鈴木松年に師事し、幸野楳嶺(こうのばいれい)、竹内栖鳳にも学びました。日本や中国の古典文学、歴史などに加え、日常生活の中にも女性の美を見出し上品で清楚な美人画を描きました。
本作では、穏やかな春の野に座り込んだ少女がもぎ取った土筆(つくし)を嬉しそうに見せ、姉たちが微笑んでいる様子が描かれています。
横山大観 菱田春草《竹林図・波濤図》明治40年(1907)福田美術館蔵 前期展示 福田美術館・嵯峨嵐山文華館 「万博・日本画繚乱 ―北斎、大観、そして翠石―」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
大観と春草は岡倉天心の指導を受け、濡らした絹に描いて、刷毛でぼかす新たな技法「朦朧体」を開発しました。当時は「絵画の命は線」と考えられていたので受け入れられませんでしたが、大観は靄(もや)に包まれる竹林を、春草はしぶきとともに寄せる波を描いて、万博でも評価される個性を見せています。
第2章 万博連覇の幻の巨匠 大橋翠石の芸術
日本画家・大橋翠石(1865~1945)は、1900年のパリ万国博覧会で迫真の虎の絵を出品し、日本人画家として唯一の金メダル(金牌)に輝き、さらに4年後のセントルイス万国博覧会でも連続して金メダルを受賞しました。
一躍明治時代を代表する巨匠として知られるようになり、その評価は昭和に入ってからも東の横山大観や西の竹内栖鳳に匹敵するほどのものでしたが、現在、翠石の名はあまり知られていません。美術愛好家はもちろん、専門家でもほとんど作品を見たことがないことから「幻の巨匠」とも呼ばれています。
本展では、福田美術館の全国最多の翠石コレクションに加え、翠石の遺族やコレクターからも借用した名品を集め、西日本初となる、計25点の翠石作品が一堂に会する大規模展示となっています。《乳虎之図》は、今回が初めての公開です。幻の巨匠による究極の写実的日本画を是非、ご堪能ください。
大橋万峰《猛虎図屏風》20世紀 福田美術館蔵 通期展示 福田美術館・嵯峨嵐山文華館 「万博・日本画繚乱 ―北斎、大観、そして翠石―」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
右隻の虎は洞窟の中から歩み、左隻の虎は霞(かすみ)の上の断崖に伏せる。右と左で、高低と、動静が鮮やかに対比されています。
弟の翠石が万博を連覇したことに刺激されて描き始めた兄の大橋万峰の作品。
大橋翠石《猛虎之図屏風》昭和7年(1932年)個人蔵 通期展示 福田美術館・嵯峨嵐山文華館 「万博・日本画繚乱 ―北斎、大観、そして翠石―」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
翠石が愛娘の婚礼のために描いた作品で、右隻は出会いと結婚、左隻はその後の出産を描いています。すべての翠石の作品の中でも最も愛情に満ちた作品で、虎のまなざしにもそれが溢れています。
大橋翠石《月下猛虎図》19世紀 福田美術館蔵 通期展示 福田美術館・嵯峨嵐山文華館 「万博・日本画繚乱 ―北斎、大観、そして翠石―」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
大橋翠石《瑞祥(鹿)》20世紀 福田美術館蔵 通期展示 福田美術館・嵯峨嵐山文華館 「万博・日本画繚乱 ―北斎、大観、そして翠石―」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
「瑞祥」とは、おめでたいことが起こる兆しのこと。奈良や厳島の鹿が有名なように、鹿は神様のお使いとされています。更に体の白いアルビノの個体の出現は特別視されています。
翠石は後光がさしているかのように、黄色を背景に施して、純白の鹿の体毛を際立たせています。足元には幸福の象徴、福寿草を書き添えて、更に瑞祥感を増しています。
大橋翠石《金魚之図》20世紀 福田美術館蔵 通期展示 福田美術館・嵯峨嵐山文華館 「万博・日本画繚乱 ―北斎、大観、そして翠石―」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
第3章翠石がライバル?竹内栖鳳の芸術
1900年のパリ万博では、97名の画家が腕を振るった日本画の秀作134点が出品されました。日本画家として既に才能を認められ、京都画壇の第一人者として評価を受けていた竹内栖鳳も、当然出展作家に加えられていましたが、栖鳳の作品は銅メダルに留まり、金メダルに輝いたのは1歳年下の大橋翠石の《猛虎之図》のみでした。第3章では竹内栖鳳の作品が紹介されています。
竹内栖鳳《金獅図》明治39年(1906) 福田美術館蔵 前期展示 福田美術館・嵯峨嵐山文華館 「万博・日本画繚乱 ―北斎、大観、そして翠石―」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
唸り声をあげ、勢いよく今にも襲い掛かってきそうなライオン。栖鳳はヨーロッパから帰国後、1901年に《虎・獅子図》を描き、一躍脚光を浴びました。
竹内栖鳳《春の海》 大正13年(1924)頃 福田美術館蔵 前期展示 福田美術館・嵯峨嵐山文華館 「万博・日本画繚乱 ―北斎、大観、そして翠石―」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
金泥(きんでい)と貴石(きせき)を砕いた貴重な岩絵具の群青を用いて、美しい春の海を表現しています。
第2会場:嵯峨嵐山文華館
第1章 万博と画家
各国が賞を競い合ったかつての万博で、当時の日本政府は好成績をおさめ、国際的な地位を高めたいと考えていました。そのとき、どんな戦略があったのでしょうか。
最初の戦略は、すでに国内で名声を確立していた巨匠に出品を要請することでした。戦前の日本には宮内省が選出する帝室技芸員という制度があり、これは現代の文化勲章に匹敵する芸術家として最高の栄誉でした。政府はまず東京の橋本雅邦、京都の今尾景年のような伝統を継ぐ技芸員たちに入賞を期待したのです。
次に、明治時代の中頃から頭角を現し、西洋の潮流をも取り込んで次々と話題作を描いていた、横山大観や竹内栖鳳たち次世代の有望作家にも大きな期待を寄せて依頼しました。
葛飾北斎《墨堤三美人図》1804年~1818年 福田美術館蔵 通期展示 福田美術館・嵯峨嵐山文華館 「万博・日本画繚乱 ―北斎、大観、そして翠石―」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
葛飾北斎(1760-1849)は江戸時代後期の浮世絵師として知られ、『北斎漫画』のシリーズや《富嶽三十六景》なども有名ですが、美人画も手がけています。
本作では、隅田川で涼む三人が描かれています。柳の葉が風にそよぐ様子が画面に爽やかさをもたらしています。
菊池芳文《花鳥図屏風》19-20世紀 福田美術館蔵 通期展示 福田美術館・嵯峨嵐山文華館 「万博・日本画繚乱 ―北斎、大観、そして翠石―」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
菊池芳文は大阪に生まれ、辛野楳嶺に師事しました。竹内栖鳳、谷口香嶠、都路華香とともに、「楳嶺四天王」として知られる京都画壇の重鎮です。
「屏風」は、東洋的でエキゾチックなため、万博の場でも珍重された絵画の形態です。座敷に四季の趣を取り込むため、四季の景物が描かれることが多いですが、芳文は桜や牡丹、紅葉や菊に鳥を添わせて、春と秋を強調。洗練された美しさを表現しています。
鈴木松年《昔話猿蟹合戦図屏風》19世紀 福田美術館蔵 通期展示 福田美術館・嵯峨嵐山文華館 「万博・日本画繚乱 ―北斎、大観、そして翠石―」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
鈴木末年は個性的で奔放な画家で、一日で千枚の絵を描く「千画会」を敢行したりしました。
本作でむかし話の「さるかに合戦」をあえて団体戦に変更して戦わせる趣向には驚かされます。
第2章 当時新進気鋭の画家と翠石
万博では、中堅の栖鳳の弟子、上村松園やその同世代にあたる平井楳仙(ばいせん)なども力作を出品しています。
万博という特別な場に挑んだ日本は、今までそれほど受賞歴はなくても、万博の開催国で人気を博す可能性があった新人たちにも積極的に門戸を開いていました。
結果、新人たちの中で欧米の人々を感動させ、1900年のパリ、1904年のセントルイスでの万博で連続金メダルに輝いた大橋翠石こそ、万博に最も愛された日本画家と言えるかもしれません。
川合玉堂《長閑》《驟雨》《斜陽》《吹雪》大正15年(1926) 福田美術館蔵 前期展示 福田美術館・嵯峨嵐山文華館 「万博・日本画繚乱 ―北斎、大観、そして翠石―」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
玉堂は、原風景を描き続け、穏やかで滋味ある作風から「国民的画家」と呼ばれていました。本作では、四季それぞれの風景、人の営みが描かれています。梅咲く春の庭で、石臼の目を立てる老人ののどかな風景、夏のにわか雨、秋の斜めに沈んでゆく太陽の光に照らされる風景、吹雪に包まれる山中の家々。どれも郷愁を誘います。
大橋翠石《悲憤》明治41年(1908) 個人蔵 通期展示 福田美術館・嵯峨嵐山文華館 「万博・日本画繚乱 ―北斎、大観、そして翠石―」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
右隻の虎は、必死の形相で左側へ。その視線の先には子虎をさらって飛び去って行く鷹の姿。悲しみの咆哮が聞こえてきそうです。
翠石は万博への出品をきっかけに日本国内の展覧会でも受賞を重ねていきました。
竹内栖鳳《春郊放牧図》明治35年(1902)福田美術館蔵 前期展示 福田美術館・嵯峨嵐山文華館 「万博・日本画繚乱 ―北斎、大観、そして翠石―」内覧会にて撮影 photo by © cinefil
栖鳳は日本ならではの「引き算の美学」で、筆数を省略してより少ない描写でより多くの公開を上げることを試みていました。それは1900年のパリ万博で訪れたフランスで正反対の「足し算の美学」に触れたことによるものでしょう。
万博で世界に紹介された日本の美の数々。日本を代表する画家たちには、出品作以外にもこんなに素晴らしい作品がたくさんありました。
夏の涼を探しに、日本情緒あふれる京都嵐山を訪れてみてください。
展覧会概要
企画展名 「万博・日本画繚乱―北斎、大観、そして翠石―」 美術館名 福田美術館(京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町3-16) 嵯峨嵐山文華館(京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町11) 会期 2025年7月19日(土)~9月28日(日) 前期:7月19日(土)~8月25日 (月) 後期:8月27日(水)~9月28日(日) 開館時間 10:00~17:00(最終入館16:30) 休館 8月5日(火) 9月9日(火)設備点検 8月26日(火)展示替え※嵯峨嵐山文華館のみ、9月18日(木)も休 公式サイト https://fukuda-art-museum.jp/exhibition/202502084019 料金など公式サイトに触れて頂きますとご覧いただけます。
料金など上記公式サイトに触れて頂きますとご覧いただけます。
シネフィルチケットプレゼント
下記の必要事項、をご記入の上「万博・日本画繚乱―北斎、大観、そして翠石―」@福田美術館・嵯峨嵐山文華館 シネフィルチケットプレゼント係宛てに、メールでご応募ください。
抽選の上5組10名様に無料鑑賞券をお送り致します。
☆応募先メールアドレス miramiru.next@gmail.com
★応募締め切りは2025年8月11日 月曜日 24:00
記載内容
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