多彩な実験精神と個性が交差する、人間と世界のこれからを見つめた17作品

8月6日(現地時間)に開催される第78回ロカルノ国際映画祭の中核を成す「インターナショナル・コンペティション部門」の正式ラインナップが発表された。ロカルノ国際映画祭は1946年に始まり、カンヌ、ヴェネチア、ベルリンと並ぶ世界四大映画祭の一つ。今年は17本の作品が選出され、映像表現の可能性を押し広げる挑戦的な作家たちが一堂に会する形となっている。

世界が暴力的な変動の渦中にある中で、私たちはこれまで書物の中でしか知らなかったような惨状を、リアルタイムで目撃している。こうした現実を前に、映画に何ができるのかと、プログラムを監修したディレクター、ジオナ・A・ナッザロは問いを投げかける。

その問いかけの先に、彼が見つめるのは人間の存在だ。ナッザロはイタリアの巨匠ロベルト・ロッセリーニ監督が提唱したネオレアリズモの精神を胸に留めつつ、こう続ける。「私たちは人間のために映画をつくる。一本の映画ごとに、世界を、そして平和を取り戻す。映画は本質的に大衆の芸術であり、とりわけ最も先鋭的な表現の中にこそ、その力は宿っている」。

第78回のロカルノに集まった作品群は、現実から目を逸らさず、なおかつその中で“イメージの可能性”を問い直す映画たちだ。人生の不条理に微笑み、夢を見て、挑発し、そして遊ぶ。その多様でしなやかな表現が、いまこの世界とともに生きる映画の姿を映し出す。

「映画は歴史と向き合いながら、世界にとどまり続けるものです。そしてすべての人間とともに、“これから”を見つめるものなのです」。まだ世界を変えうると信じる17本が、最高賞である金豹賞を目指す。

以下、注目作家たちの新作が並ぶラインナップ(邦題はすべて仮題)

『季節たち』AS ESTAÇÕES
モレーヌ・ファゼンデイロ監督(Maureen Fazendeiro)
ポルトガル/フランス/スペイン/オーストリア

『神は助けない』BOG NEĆE POMOĆI
ハナ・ユシッチ監督(Hana Jušić)
クロアチア/イタリア/ルーマニア/ギリシャ/フランス/スロベニア

『ロバの日々』DONKEY DAYS
ロザンヌ・ペル監督(Rosanne Pel)
オランダ/ドイツ

『ドラキュラ』DRACULA
ラドゥ・ジューデ監督(Radu Jude)
ルーマニア/オーストリア/ルクセンブルク/ブラジル

『乾いた葉』DRY LEAF
アレクサンドレ・コベリゼ監督(Alexandre Koberidze)
ドイツ/ジョージア

『蚊たち』LE BAMBINE
ヴァレンティナ&ニコル・ベルターニ監督(Valentina Bertani, Nicole Bertani)
イタリア/スイス/フランス

『湖』LE LAC
ファブリス・アラーニョ監督(Fabrice Aragno)
スイス

『欲望の線』LINIJE ŽELJE
ダネ・コムリェン監督(Dane Komljen)
セルビア/ボスニア・ヘルツェゴビナ/オランダ/クロアチア/ドイツ

『幻の巣』MARE’S NEST
ベン・リヴァース監督(Ben Rivers)
イギリス/フランス

『メクトゥーヴ、マイ・ラブ:第二章』MEKTOUB, MY LOVE: CANTO DUE
アブデラティフ・ケシシュ監督(Abdellatif Kechiche)
フランス

『ザンガーハウゼンの憧憬』SEHNSUCHT IN SANGERHAUSEN
ユリアン・ラードルマイアー監督(Julian Radlmaier)
ドイツ

『ソロママ』SOLOMAMMA
ヤニッケ・アスケヴォルド監督(Janicke Askevold)
ノルウェー/ラトビア/リトアニア/デンマーク/フィンランド

『修道院の妹』SORELLA DI CLAUSURA
イヴァナ・ムラデノヴィッチ監督(Ivana Mladenović)
ルーマニア/セルビア/イタリア/スペイン

『旅と日々』
三宅唱監督
日本

『傷ついた土地の物語』TALES OF THE WOUNDED LAND
アッバス・ファデル監督(Abbas Fahdel)
レバノン

『白いカタツムリ』WHITE SNAIL
エルザ・クレムザー、レヴィン・ペーター監督(Elsa Kremser, Levin Peter)
オーストリア/ドイツ

『ハサンとともにガザで』WITH HASAN IN GAZA
カマル・アルジャファリ監督(Kamal Aljafari)
パレスチナ/ドイツ/フランス/カタール

今回のプログラムには、2025年の話題作がずらりと並ぶ。『アンラッキー・セックスまたはイカれたポルノ』(21)でも知られるルーマニアの鬼才ラドゥ・ジューデによる新作『ドラキュラ』。『ジョージア、白い橋のカフェで逢いましょう』(21)の監督アレクサンドレ・コベリゼの『乾いた葉』。ジャン=リュック・ゴダールの長年のコラボレーターで、現在新宿で開催中の「ゴダール展」のキュレーターでもあるスイスの映画作家ファブリス・アラーニョによる初監督作品『湖』。そして物議を呼んだ『Intermezzo』に続く、アブデラティフ・ケシシュ監督の『メクトゥーヴ、マイ・ラブ:第二章』など、いずれも世界初上映の注目作品だ。

日本からは三宅唱監督『旅と日々』が正式出品

現代映画の最前線が集うラインナップの中で、日本からは三宅唱監督の新作『旅と日々』が選出。近年では、青山真治監督『共喰い』(13)や濱口竜介監督『ハッピーアワー』(15)など世界を舞台に活躍する監督陣の作品がラインナップする中、三宅監督作品は『Playback』(12)以来、13年振り2本目の出品という快挙となった。本作の公式上映には、三宅監督と主演のシム・ウンギョンが参加する予定。

映画祭選考委員会からは、「『旅と日々』は、まさに日本映画の最高峰を体現していると思います。この映画は、非常に繊細に、本質的な何か、人間の深い部分に触れています」と絶賛のコメントが寄せられている。

© 2025『旅と日々』製作委員会

© 2025『旅と日々』製作委員会

© 2025『旅と日々』製作委員会

『旅と日々』はつげ義春「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」を原作に、シム・ウンギョンを主演、共演に堤真一、河合優実、髙田万作を迎え、日本では本年11月7日(金)TOHOシネマズ シャンテ、テアトル新宿ほか全国公開予定。脚本家の李(シム・ウンギョン)が旅先でのべん造(堤真一)との出会いをきっかけに、人生と向き合っていく過程を李本人が綴っていく物語。ひっそりと身を寄せ合う登場人物たちが、やさしさと愛おしさあふれるまなざしで描かれている。

三宅監督作品の選出は、国内にとどまらない映画作家としての確かな評価の表れでもある。8月6日からの開催を前に、今後のさらなる情報と現地での反響に注目したい。

<三宅唱監督 コメント全文>
ロカルノは私が初めて参加した国際映画祭でした。映画そのものへの親密な敬意が息づくあの空気を思い出すと、今も背筋が伸びます。10年以上を経て、『旅と日々』とともに再訪できる縁を、嬉しく、意味深く受けとめています。俳優やスタッフが季節をまたいで積み重ねてきた確かな仕事を、何より誇りに思います。

<シム・ウンギョン コメント全文>
三宅唱監督の素晴らしい世界観に参加できたことをとても光栄に思っています。
そして、ロカルノ国際映画祭という素敵な舞台で、皆さまに本作をお届けできることに、今から胸が高鳴っています。
『旅と日々』の初めての旅路、どうぞご一緒にお楽しみいただければ幸いです。

<ロカルノ映画祭選考委員会 コメント全文>
『旅と日々』は、まさに日本映画の最高峰を体現していると思います。哲学的でありながら気取らず、瞑想的でありながら地に足がついている。人生の意味や、私たちが(なぜか)選ぶ道、そして出会いがどのように私たちの存在の一部になっていくのかを静かに見つめている。この映画は、非常に繊細に、本質的な何か、人間の深い部分に触れています。

© 2025『旅と日々』製作委員会