“売れること”に慎重だった時代は終わった──還暦を越えたスターがいま走る理由。
映画『F1/エフワン』が日本で公開され、ブラッド・ピットという存在が改めて注目されている。60歳を越えながらF1マシンに自ら乗り込み、リアルなレース撮影を敢行したこの作品は、単なるモータースポーツ映画ではない。それは、ピット自身の俳優人生と映画スターとしての哲学が交差する、もうひとつの「現実」でもある。
その哲学が明確に語られたのが、彼が最近出演したポッドキャスト番組「New Heights」での発言だった。
「僕らの世代は『売れる』ことに慎重だった」
「新しい世代の俳優たちが何を映画に持ち込んでいるかを見るのが好きだよ」とピットは語る。「彼らが何に直面して、どうやってそれを乗り越えていくのか。そして、どうやら彼らはそれを“楽しんで”さえいるようだね」。
対照的に、自分たちの世代についてはこう振り返る。
「僕たちはもっと堅苦しかった。演技に対しても、どこか構えていたし、“売れる”ことに対しては非常に慎重だった。“売れる”=“魂を売る”と見なされるような空気があったんだ。けれど今は違う。『僕たちはいろんな領域でアーティストでいられるじゃないか。だったら楽しもうよ』っていう考え方が当たり前になっている」。
それでも、現在の若手俳優たちが「フランチャイズ映画に出なければならない」「スーパーヒーローを演じなければ」というプレッシャーを感じていることには警鐘を鳴らす。
「『やめとけ』って言いたくなるよ。ああいうのに飲み込まれたら、命をすり減らすことになる」。
この「軽やかな自己解放」こそが、ブラッド・ピットが2020年代に入っても第一線で走り続ける理由なのだろう。そしてそれは、『F1/エフワン』という映画そのものにも映し出されている。
『F1/エフワン』©2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED
「大作映画」に対する姿勢
『F1/エフワン』は、実際のF1チームや現役ドライバーとの協力のもとに制作され、サーキットでの実写撮影を導入した異例の作品だ。リアリティとスケール感、そしてハリウッドのスターシステムの結晶とも言えるプロジェクトは、従来なら「商業主義」と見なされていたかもしれない。
しかしピットは主演に留まらず、製作にも深く関わることで、そこに個人的な表現と作家性を注ぎ込んでいる。「大作映画=妥協の産物」という図式を覆しつつ、現在的な“映画スター”のあり方を証明してみせているのだ。自身が設立した制作会社「プランBエンターテインメント」にも表れているその姿勢は、先達であるトム・クルーズの姿を正しく受け継いでいるともいえる。
ティモシー・シャラメに見る、次世代のスター像
同様の視点は、ピットと『オーシャンズ11』(2011)で組んだスティーヴン・ソダーバーグ監督の発言にも見られる。今年の『Men’s Health』誌のインタビューで、ソダーバーグはティモシー・シャラメについて次のように述べている。
「彼は間違いなく映画スターだ。作品ごとに大きなヒットを飛ばしつつ、そのジャンルも実に幅広い」。
さらに続けて、こうも語っている。
「いま映画スターをどう“つくる”のかは、非常に興味深い問題だよ。25年前とは映画の状況がまるで違うからね。スターになるには、まずチャンスをつかみ、それを自分のものにしなきゃならない。しかし、いまのキャスティングの現場では、すでに注目されている俳優や、皆が追いかけている人を起用する傾向が強い」。
『デューン』のような大作から『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』(2023)のミュージカル、ボブ・ディランの伝記映画『名もなき者 A COMPLETE UNKNOWN』(2025)まで、ジャンルを越えた挑戦を続けつつ、商業と芸術のバランスを軽やかに乗りこなしているティモシー・シャラメは、ピットの言う現代の映画スターの模範といえるのかもしれない。
『F1/エフワン』©2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED
ブラッド・ピットが“走る理由”
『F1/エフワン』でピットが演じるのは、かつての栄光を失いながらも再びハンドルを握る元F1ドライバー。だがその姿には、彼自身が歩んできたキャリアが重なって見える。若さの衝動だけではない、“走り続ける理由”を持った男の横顔。
それは、年齢やキャリアを重ねても変化を恐れず、ジャンルを横断してきたブラッド・ピットそのものだ。アーティストであることとエンターテイナーであることが、もはや対立しない時代。『F1/エフワン』は、そのことを静かに証明している。
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youtu.be『F1/エフワン』
全国公開中
出演:ブラッド・ピット、ダムソン・イドリス、ケリー・コンドン、ハビエル・バルデム
監督:ジョセフ・コシンスキー
プロデューサー:ジェリー・ブラッカイマー
脚本:アーレン・クルーガー
配給:ワーナー・ブラザース映画
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