2024年3月5日、国立新美術館「遠距離現在 Universal /Remote」展示会場において、地主麻衣子さんのインタビューを行いました。
(上はプレスカンファレンスでの集合写真。右から二人目が地主麻衣子さん)

「遠距離現在 Universal /Remote」は2024年9月1日まで、広島市現代美術館 B展示室、地下1階ミュージアムスタジオにて巡回展示中です。

・国立新美術館の展示と森美術館のMAMコレクションについて

cinefil: 本日はお時間いただきまして、ありがとうございます。ちょうど森美術館(以下、森美)のMAMコレクションでも地主さんの作品を展示しているタイミングなので、両方の作品ついてお話を伺いたいと思います。森美「MAMプロジェクト031:地主麻衣子」の《空耳》は2023年の新作ですが、今回の国立新美術館の作品が2016年の《遠いデュエット》なのはなぜでしょうか?

地主: それは本展のキュレーター、尹志慧(ゆん じへ)さんの企画によります。コロナ禍で露わになった問題は、実はコロナ以前からあったものが先鋭化して出てきたもので、今、私たちはそれを忘れつつあるような世界に生きています。それなので、コロナ以前に作られた作品が、コロナについて考えるきっかけになるとの意図から選ばれました。

注:「MAMプロジェクト031」で地主麻衣子は、過去に耳にした不思議な音を手がかりに、私たちの生活に関わる現象やテクノロジー、そしてそれを捉える感覚の間に存在する詩的な空間を、美術館の展示室で表現しようとしている。
展示は、祖父の法事で聞いた音についての詩が現れる大型プロジェクション、回転するモニター、石の転がる音が聞こえる工業用ダクトなどの要素で構成されている。これらの要素は一見曖昧で捉えどころがないように思えるが、過去や未来を含む複層的な時間、テクノロジーと人間の身体、記憶との関係といった今日的なテーマを、地主が個人的な方法論で作品化する試みといえる。

《遠いデュエット》(2016)「遠距離現在 Universal /Remote」国立新美術館 2024年の映像より
photo©︎moichisaito

・作品《遠いデュエット》の背景と構成

cinefil: 2016年当時、この作品はどこで発表されたのですか?

地主: 2016年に、今はTOKASという名前に変わったトーキョーワンダーサイトのレジデンスプログラムでスペインに行き、製作しました。最初に公開した場所はワンダーサイトです。

注: 今展示の作品《遠いデュエット》は、アーティストが自身の「心の恋人」とする詩人・小説家のロベルト・ボラーニョ(1951‒2003年)の最期の地であるスペインを訪れる旅を題材にしている。現地で出会う人々との対話を通して日本の社会を再考する、5章からなる映像作品。

cinefil: ボラーニョが「心の恋人」というのは以前から周囲に話していたことでしょうか?

地主: いえ、「心の恋人」という表現について特に周りに話していたわけではありません。ただ、スペインのレジデンスプログラムに行きたかった理由は、ボラーニョについての作品を作りたかったからです。ボラーニョ作品には、《遠いデュエット》を作る前に出会っていました。2011年の東日本大震災と原発事故があった後、社会がもっと良くなるのではないか、いわゆる「災害ユートピア」という希望がありましたが、2014年頃から急速に保守化が進み、その時、私はデモに参加するなど保守化反対の立場をとっていました。その頃、日本では憲法9条を改正しようというムードもあり、福島の原発事故が解決してもいないのにそうした動きが進んでいることに対して、どうなっていくのかと不安の中で生きていました。また人々の無関心さにもなぜなのか、と不信感みたいなものが溜まっていました。そんな時にボラーニョの本に出会いました。彼の本を読むことが自分にとって心の拠り所となったと言えます。

cinefil: ボラーニョ作品との出会いについて教えてください。

地主: ボラーニョ自身も若い頃に住んでいたチリで共産主義革命が起こり、マルクス主義政権が樹立された後、軍事クーデターが起こりました。彼はその後、警察に捕まり、死にそうな体験をしてメキシコに逃げて、さらにスペインに行きました。そういった彼の経験、逃げた自分、社会に属さない自分の視点から物語を書くことが、自分にとって大きな影響を与えました。そして、ボラーニョの視点を借りて何か自分の状況を考えられないかと思って作品を作りました。

cinefil: 作品の5章構成はどのように決まったのでしょうか?

地主: 全体はボラーニョの代表作の一つである「野生の探偵たち」を下敷きにしています。この小説は、いなくなってしまった詩人を若い詩人が探すという探偵物語のようなフォーマットがあり、たくさんの人にインタビューをしています。小説の構成が謎のようで、読みながら迷い込む感じがあり、登場人物もいるのかいないのか分からない。このため、私の作品でもあえて私自身が迷い込むような作り方をしており、撮影時には章立てを考えずにいろんな人にインタビューして、それを組み上げていく段階で5章構成が生まれました。

cinefil: すると、この作品はドキュメンタリー的なものではなく、編集で組み立て直すというか作り込むという感じが強いですか。

地主: レジデンスの期間は1ヶ月と2週間と短い時間で、再撮影に行くことはできなかったため、ドキュメンタリー的な即興的な部分は強いです。しかし、全体像がはっきりあったわけではなく、撮りながらシーンを必要に応じて追加していきました。「悪魔の口」という穴も必要だと感じ、周りに聞いて探したのです。

cinefil: あの穴は実際にはないのですか?

地主: 「悪魔の口」という穴は「野生の探偵たち」の中に出てくるフィクションで、実際に存在するかは分かりません。しかし、直感でそのような穴があるのではないかと思い、いろいろな人に聞いて、それっぽいものを見つけたのです。全体的に行き当たりばったりの要素も強いです。

cinefil: 「悪魔の口」という 穴のメタファーについてもう少し詳しく教えてください。

地主:
あの時は肌感覚に忠実に表現していましたが、その後、日本人とは誰なのか、スペイン人を一般化できるのかといった問いを考えるようになりました。日本人とは日本国籍者なのか、日本に暮らす人なのかと考え、制作を続ける中で、お墓や日本社会を考える作品を作るようになりました。今振り返ると、当時の自分にとっては、あのように言うしかなかったのだと思います。

《空耳》(2023)森美術館「MAMプロジェクト031:地主麻衣子」展示風景より
photo©︎moichisaito

・現在の作品と過去の作品のつながり

cinefil: 森美術館の《空耳》は、スピーカーや石、回転するモニターなど複数のオブジェクトがありますが、その構成について教えてください。

地主: コロナ禍中の2020年に横浜市民ギャラリーで展示した際、初めて回転するモニターの映像を出しました。コロナ禍で映像技術が身近になり、テクノロジーが大きすぎて想像を超えるものとなっている今、デジタルテクノロジーによる身体的な違和感とスピリチュアルなテーマが合わさることで、新しい表現が生まれました。サウンドエンジニアとも一緒にアイデアを考えながら進めました。

cinefil: 《空耳》と《遠いデュエット》では、一方がインスタレーションでありもう一方が映画館的な空間で鑑賞する、という違いがあり、質感みたいなものも違うように感じました。それについて聞かせてください。

地主: 私にとって映画は非常に大きな存在であり、以前、劇映画を撮ることを目指した時期もありましたが、固定観念や制約があり、自由に創作できないと感じていました。それ以来、どのように自分なりの映画を作るかを模索し続けています。森美術館で展示している作品も、自分にとっては映画の一部だと思っています。

また、過去の作品と現在の作品を比較すると、主題や表現方法に違いがあるように感じられるかもしれませんが、それは私が新しい方法を試し続けている結果です。死や日本社会についてのテーマも自分なりに表現してきましたが、まだ完全には行き着けていない部分があり、それを補完するために新しい作品が生まれています。《空耳》も、そうした試行錯誤の一環です。見た目が違っても、同じテーマから生まれています。作品は時代や体験によって変わるものですが、一貫したテーマの追求があると感じています。

cinefil: 作品の背景を色々と教えていただき、作品の見え方も変わりました。

ありがとうございました。

展示概要

「遠距離現在 Universal / Remote」
会場:国立新美術館 企画展示室1E (東京都港区六本木7-22-2)
会期:2024年3月6日(水)~6月3日(月)
国立新美術館HP:https://www.nact.jp/

巡回情報

会期:開催中~2024年9月1日(日)
会場時間:10:00~17:00
休館日:月曜日
会場:広島市現代美術館 B展示室、地下1階ミュージアムスタジオ
住所:広島県広島市南区比治山公園1-1
観覧料:一般1,300円 、大学生950円、高校生・65歳以上650円 、中学生以下無料
広島市現代美術館HP:https://www.hiroshima-moca.jp/