舞台となった沖縄にて昨年10月に先行上映――今年に入っても劇場を移しながらロングランを記録していた音楽映画『コザママ♪うたって!コザのママさん!!』がいよいよ本島を飛び出し、拡大公開される運びに。監督したのは東京生まれ、現地在住の中川陽介だ。この名前を目にするや「あっ!」と気づいた方もいるだろう。鈴木京香、ワン・リーホンがメインキャストの『真昼ノ星空』(04)や、長澤まさみ主演の『群青 愛が沈んだ海の色』(09)などの“沖縄ムービー”をかつて発表、『コザママ♪』は14年ぶりの長編作となる。

「思いきって東京を離れ、家族と共に移り住んでからもちょうど14年目となります。これまで手がけた映画はすべて、大好きな沖縄で撮影してきたのですが、東京にいた頃は街や風景の捉え方がどこか、作品の“借景”めいた感覚であったような。一度は映画をやめる決心をし、地に足をつけて農業をやるために新天地へ飛び込み、今に至っているのでそのあたりの意識がまったく変わりましたね」

中川陽介監督

沖縄本島の南に位置する糸満市でハルサー(畑を耕す人)になり、時間をかけて農家を生業としつつ、ブランクを経て2020年から短編映画に数本取り組み、そうして遂に長編へ。「沖縄市」の歓楽街、通称「コザ」の寂れてしまった銀天街でバンドを再結成しようとする女性たちの物語である。

「シャッター通りを立て直したいと、代替わりした銀天街の理事長さんに相談されまして。よくある街興しのイベントではなく文化の力、例えば映画で何か出来ないかなあ、と。そうやって始まったプロジェクトです。ポジティブな現状面では、女性陣が一所懸命、潰れた商店を開けようと頑張っていたり、共働きやひとり親の子供たちに食事を用意し見守っている喫茶店Cafe NooRの存在を聞いて、これらをそのまま映画にしたらいいと思ったんですね。さらに銀天街の人々を取材していくうちに、最初は作り物っぽい話がどんどんリアルになっていきました」

それでも映画のスタイル自体は、エンターテイメントの王道だ。高校時代にR&B(リズム&ブルース)のバンド「銀天ガールズ」として一世を風靡した4人がアラフォー世代となり、酸いも甘いも嚙み分けた「銀天ママさんズ」として再度音楽に臨み、銀天街の復興を目指してゆく。演じたのは沖縄出身の次の4名、演劇界を中心に活躍する上門みき、畠山尚子、プロの現役ドラマー・新垣美竹、それから人気シンガーソングライターのjimamaだ。

「東京からスターを連れてくる、というやり方もありますが、それはこの映画にはそぐわない。音楽経験者である2人と、那覇の小劇団にこまめに足を運んで選んだ2人に出てもらいました。その上門さんのキーボードと畠山さんのベースは当て振りでしたけど、教えてくださるプロのスタジオミュージシャンにお願いしたんです。『とにかく完璧なパフォーマンスに見えるようにしてほしい』と」

本作の要、劇中の全オリジナルナンバーを作編曲したのは盟友、沢田穣治である。ブラジル音楽の室内楽トリオ「ショーロクラブ(Choro Club)」の一員として知られ、中川監督とは(これもバンド映画であった)『Fire!』(06)以来続くタッグとなる。

「珍しい映画じゃないですかね。最初に脚本(山田優樹との共同)と音楽が全部完成していたんです。シナリオを書きながら、並行して複数の楽曲を作ってもらいました。実は執筆中に、僕の頭の中で銀天ガールズの持ち歌として鳴っていたのは、もっとコテコテのR&Bだったんですよ。それが例えば70年代のThe Crusadersのようなクールなジャズファンク寄りになったのは、沢田さんの指摘から。曰く、女子高生たちがいきなり、Aretha Franklinを演らないでしょう、って。彼と築き上げてきた信頼関係は大きいです。出会いは『Fire!』よりも前で、加藤登紀子さんの次女の、シンガーソングライターのYae(ヤエ)さんのPVを僕が撮った時、バックバンドがショーロクラブで沢田さんに『中川さんですか? 監督デビュー作の『青い魚』(98)、観ましたよ』と声をかけてもらいまして! あれは嬉しかったなあ〜」

音楽がセリフと同等以上の意味を持つ映画だが、中川監督は曲の全歌詞も担当。主人公たちだけでなく「銀天ママさんズ」の命名者、商店街の理事長だって染み入るナンバーを披露するのだ。1970年末のコザ暴動を歌った「燃える街」。理事長役、ミュージシャンのジョニー宜野湾がエレキを抱え、ブルースを弾き語る。

「沖縄にはいろんな音楽が根付いていて、島唄もハードロックもR&Bも深い歴史があります。その背景が、それぞれの楽曲を通して滲んでくる映画にしたかった。高所から啓蒙するような作り方は苦手なので。『燃える街』という曲は沖縄の年配の方々の、『本土のヤマトンチューとアメリカ人との戦争になぜ巻き込まれ、あんなにも酷い目に遭ったのか』との強い思いを歌詞に込めました。銀天街が“黒人街”と呼ばれR&Bが盛んだった日々、民衆蜂起のコザ暴動を身を以って知る方々の気持ちですよね。僕もヤマトンチューですけど、皆さんが受け入れてくれたから、ようやく書けるようになった。前は恐れ多くて出来なかったですよ」

もともと、人の営みと自然の風景、街並みがセットのアジア映画への憧憬があった。今回それに近づく、予期せぬ体験をしたという。

「普段は誰もいない寂しい路地で子供たちがダンスを踊るシーンを撮影した時のこと。彼ら彼女らの何気ない会話や笑い声が聞こえた瞬間、路地がフワーっと華やかに生き返ったんですよね。街って本来そういうものであって、子供が風景に入った途端、未来へのイメージも見えてきた。これは“映画のマジック”だなあと感じましたね」
(インタビュー・構成:轟夕起夫)

中川陽介監督

■中川陽介監督プロフィール
武蔵大学経済学部を卒業後、1984年出版社入社。若者向けの雑誌編集部でデスク、FM番組やビデオ監督、プロデュース。95年退社後、97年『青い魚』で映画監督デビュー。98年ベルリン映画祭ヤングフィルムフォーラム正式招待作品選出のほか、数々の映画祭に招待、上映された。続く『Departure』では、サンダンス・NHK国際映像作家賞優秀賞、ベルリン映画祭ヤングフィルムフォーラム正式招待。05年『真昼ノ星空』(主演:鈴木京香)がベルリン国際映画祭のヤングフォーラム部門に正式出品。09年『群青 愛が沈んだ海の色』(主演:長澤まさみ)後、沖縄・糸満市に移住し、農家になる。18年に小説『唐船ドーイ』で新沖縄文学賞受賞。19年に10年ぶりにメガフォンをとり、短編映画『コザンチュ探偵新垣ジョージ』を総監督・脚本。以後、コンスタントに短編映画を制作し、23年、14ぶりとなる長編映画『コザママ♪うたって!コザのママさん!!』で劇場に復帰した。デビュー以来全ての作品を沖縄で撮影。また、音楽監督・沢田穣治は、3作目『FIRE!』(02年)以来全ての作品の音楽を手がけている。

STORY
高校時代に大人気を博したR&Bバンド『銀天ガールズ』。
20年を経て、それぞれ家庭をもつアラフォー世代となったメンバー4人が、地元の沖縄・コザの商店街「銀天街」の街おこしを目指して再結成!街の不況や子供たちの貧困など、さまざまな事情を抱えながらも、青春と人生を取り戻し、コザの街を再び輝かせるべく、バンド活動で再起をかけることになるが…

上門みき 畠山尚子 新垣美竹jimama
芳野友美 田島龍 ジョーイ大鵞 ナオキ屋 ゆっきー(キャン×キャン) 謝花喜司・石川 賢・喜瀬 剛(さんさんず)K ジャージ 仲座健太 山内千草 玉城満 ジョニー宜野湾

原案・監督・脚本:中川陽介
脚本:山田優樹 音楽:沢田穣治 撮影・編集:砂川 幸太 録音:横澤匡弘
ゼネラルプロデューサー:森 寛和 プロデューサー:上里忠司 音楽プロデューサー:森脇将太
配 給:ミカタ・エンタテインメント 宣伝:MAP
2022/日本/カラー/116分
©︎YOSUKE NAKAGAWA / SOUTHEND PICURES

<X(Twitter)>:https://twitter.com/koza_mama

4/12よりアップリンク吉祥寺ほか全国公開