(美術館入り口への回廊)
きっと伝説になる。
といわれる「北宋書画」の「名品」がそろいました。
というのも、幻の名品である李公麟の代表作「五馬図巻」と「孝経図巻」が、ここにそろってみられるのです。
今回の展覧会は、それだけではないのです。
日本国内の「北宋書画」の名品の多くが一堂に集められています。
「宋時代(960〜1279)
は中国書画史におけるひとつの頂点であり、その作品は後世、「古典」とされました。日本でも、南宋時代(1127〜1279)
の作品が中世以来の唐物愛好の中で賞翫されたことはよく知られていますが、その前の北宋時代(960〜1127)
の文物も同時代にあたる平安後期に早くも将来されています。さらに近代の実業家が、清朝崩壊にともない流出した作品をアジアにとどめるべく蒐集に努めたため、より多くの重要作が伝わることになりました。
そのひとつ、北宋を代表する画家・李公麟(1049?〜1106)
の幻の真作「五馬図巻」(現・東京国立博物館蔵)が2018年、約80
年ぶりに再び姿を現しました。これまでモノクロの印刷物のみで知られていたその表現は、意外にも色彩豊かで、「白描画の名手」という李公麟のイメージを超えるものでした。
本展は、この「五馬図巻」の再出現を好機として開催するものです。日本に伝存する北宋時代の書画の優品を一堂に集めるとともに、アメリカ・ニューヨークのメトロポリタン美術館から、李公麟の白描画の基準作といえる「孝経図巻」が特別出品されます。
北宋の書画芸術の真髄に迫る日本で初めての展覧会は、きっと伝説になるはずです。」(「北宋書画精華」展チラシより)
それでは、「北宋書画」の魅力とはなにかを、ごいっしょに拝見いたしましょう。
(特別展の会場入り口と内部風景)
中国の宋の時代は、「東洋歴史年表」で時代と国を見てみますと、北宋(960-1127)と南宋(1127-1279)に分かれています。
日本では、ちょうど平安末期(794-1185)から鎌倉時代(1185-1392)にあたります。
朝鮮半島では、高麗(918-1392)という国がありました。
さらに、「世界文化史年表」によりますと、東アジアでこうした国が勃興していた時代には、西アジアではサラセン帝国、東ヨーロッパではビザンチン帝国(東ローマ帝国)、南や西のヨーロッパでは神聖ローマ帝国が、それぞれサラセン文化、ビザンチン美術、ロマネスク美術の華を咲かせていました。
本展示会の「北宋書画精華」は、中国唐の時代が終わり、北方からの諸民族の侵入に悩まされながらも、漢民族による「五代」「北宋」「南宋」という近世中国の文化の華を咲かせた時代を代表する名品が集まっているのです。これらは、近代になって、清朝崩壊に伴い、流出した作品群です。
もちろん、これらの文化は、特に「南宋」の末期の時代を通じて、鎌倉時代の日本の学問・文化に多くの影響を与えています。
それでは、以下の項目で編成されている「北宋書画精華」の会場を見ていきましょう。
1.山水・花鳥(展示室1)
先行する唐の時代に花開いたのが、「道釈・人物画」でした。
その後の北宋時代では、「山水・花鳥画」がそれに取って代わります。
この展示会では、日本に所蔵されている中国の画家たちの作品から「北宋山水画」への眼をひらかせられます。
展覧会後期(11/21-12/3)の数日間、徽宗の画が二点展示されます。
「燕文貴は北宋時代前期に活躍した画院画家。その作品は、大観的な山水に人物をはじめ様々なモチーフを細やかに描きこむものであったと伝える。激しい風雨にさらされる風景の細部に目を凝らさせる本作には、その特色がよくうかがわれる。」(展示解説より)
2.道釈・仏典(展示室2)
京都の嵯峨の清涼寺の本尊こそ、入宋僧の奝然が請来した「釈迦如来像」です。
この像は、生身の釈尊をそのままに写して彫ったもので、インドから中国、そして日本へと渡ってきた三国伝来(仏教歴史地図)といわれる仏像です。
今回の展示では、この国宝の仏像の胎内に納入されていた「弥勒菩薩像」(髙文進の原画に基づく版画)も見ることができます。
「釈迦が説法を行う霊鷲山のさまを細密に表した、中国版画史上の傑作。北宋の雍熙2年(985)に造立され、入宋僧の奝然によって将来された清凉寺本尊・釈迦如来立像の像内から発見された納入品のひとつで、北宋初期の仏画遺例として極めて重要。」(
展示解説より)
京都の清涼寺からは、その他国宝の「十六羅漢像」や「霊山変相図」の計3点がやってきています。
また展覧会後期には、京都の仁和寺から、同じく国宝の「孔雀明王像」などの「道釈画」がみられます。
「羽を大きく広げた孔雀の上に坐す、三面六臂の孔雀明王を描いた北宋仏画の名品。太さが微妙に異なる線描を使い分け、かつ繊細なグラデーションをともなう彩色が全身にほどこされて、確かな実在感と立体感を生み出している。」(展示解説より)
「南宋」から「元」の時代にかけて、多くの禅僧による「墨蹟」が日本にやってきています。これらの書風は、ほとんどが、「北宋書画」にその源流を見ることができます。
3.李公麟(展示室2)
さて、今回の展示会のメインイベントとなる名画がやってきました。
これが、李公麟の「五馬図巻」と「孝経図巻」の2点です。
「《李公麟とは》
李公麟(1049 ?~1106)は、北宋時代を代表する画家の1
人。舒城(現在の安徽省六安市)の富豪の家に生まれる。熙寧3年(1070)に科挙に合格し、官僚として活躍した後、元符3年(1100)退隠。幼い頃から書や絵画の名品に親しみ、自らも収集に努めるとともに、それらの模写と研究を通じて書画の才覚を磨いた。とくに唐の呉道玄や六朝の顧愷之に学んで伝統的な線描を身につける一方、書法や古文字にも精通して、線のみで対象を描く白描画に独自のスタイルを確立した。なかでも画馬に優れたと伝え、また蘇軾や黄庭堅など同時代の文人に高く評価された。」(展示解説より)
特にモノクロの印刷物でしか知られていなかった伝説の「五馬図巻」は、2018年に約80年ぶりに姿を見せたのです。
ですから、この「北宋書画精華」の展示会は、伝説の名画の再出現によって、開催されることができたといってもよいのです。
それとともに、北宋時代の日本に伝来する多くの優品とアメリカのメトロポリタン美術館から特別出品として、李公麟の「白描画」の基準となる「孝経図巻」が展示されています。
ここには、西域からやってきた5頭の名馬が描かれています。これらは歴代の中国の皇帝から「神品」として鑑賞され続けてきたものです。作品には、各皇帝の閲覧した証明である印が押されています。
「西域諸国から北宋に献じられた5頭の名馬を描いた作品。歴代の中国皇帝が「神品」として高く評価した。細線を引き重ね、 かつ繊細な彩色を施した表現は、「白描画の名手」李公麟のイメージを覆すものであり、北宋絵画史の書き換えをも迫るインパクトを有する。」(展示解説より)
私の誕生月は七月の午年であるために、馬には何かと思い出があります。
鎌倉八幡宮では、一番大きな絵馬も買い求め、ヴェネティアの文房具店で買い求めた伝説上の馬である「一角獣」の陶器も、棚に飾られています。
しかし、なによりも馬のことでは、「塞翁が馬」という中国の故事を思い起こします。
中国の北辺の塞翁という老人が飼っていた馬がいました。
馬はある日老人から逃げていってしまったのですが、その後立派な馬を引き連れて戻ってきした。
ところが老人の子供がその馬に乗って、落ちて脚を折ってしまったのです。
とはいえ、そのおかげで、他国との戦争に行かないで済んだというのです。
そこで、人生の幸と不幸は予測し難く、人生とは「禍福はあざなえる縄の如し」といわれたのです。
この故事は、『淮南子(えなんじ)』の「人間(じんかん)訓」にあるものです。
次に、「孝経図巻」についてです。
北宋時代にふさわしい「白描画風」として、山水や樹石には点描風の描写も見られます。
「孝経」は、中国儒学の十三ある書物のうちのひとつの聖典です。
「中国の儒学で聖典とされる十三経のうちのひとつである「孝経」の内容を章ごとに絵に描き、本文を書いたもの。古拙な墨線を主としながら、山水や樹石には墨の濃淡や点描風の描写も認められ、水墨山水画が大成された北宋時代にふさわしい清新な白描画風を示す。」(展示解説より)
4.書跡(展示室5)
北宋を飾る名筆と称されているのが、唐の顔真卿の影響を受けている蔡襄、それに人間性による独創的書風を展開した蘇軾、蘇軾門下で超絶の書による韻致に至り、晩年には草書に筆を揮った黄庭堅がいます。
その他、この時代には、平淡自然の書風の米芾や展覧会後期に出品が予定されている「猫図」(伝)や「桃鳩図」などの徽宗などがおります。
徽宗は、古美術品の蒐集や書画学などを起こし、みずからも詩書画にすぐれた歴史に残る悲運の皇帝でした。
本展示会では、書の専門家はもとより、多くのファンのある名高い書の名品が集まっています。
「黄庭堅(1045 ~ 1105・号山谷)は北宋を代表する詩人として師の蘇軾と並び称され、また書家としても北宋の四大家の1人に数えられる。唐の劉禹錫の詩を書いてみずから跋文を加えたこの1巻は、晩年における黄庭堅の代表作である。」(展示解説より)
5.舶載唐紙(展示室5)
宋の時代の末期になりますと、寧波(ニンポー)から禅僧や画家による墨蹟や水墨画、山水画や文人画、そして彩色道釈人物画などが、手法や材料としての紙「舶載唐紙」や墨とともに日本へとやってきます。
そうしたなかから日本の文化も華開いてきます。
『和漢朗詠集』は、朗詠に適した中国と日本の漢詩文と和歌を集めたものです。
この「四季」と「雑」による平安中期の「歌謡集」は、流麗優雅で日本の中世文学に大きな影響を与えたものです。
『古今和歌集』は、『万葉集』以後の秀歌をあつめた平安初期の初めての勅撰和歌集です。中国から渡ってきた「舶載唐紙」に書かれた美しい名品として残っています。
「雲母摺りや空摺りをほどこした北宋製の装飾紙(唐紙)に書写した『古今和歌集』の豪華本。この仮名序だけが巻物として完存し、断簡は「巻子本古今集切」とよばれる。平安貴族たちは舶載の料紙を用いた美麗な歌集を愛し、贈答し合った。」(展示解説より)
6.北宋工芸―館蔵品より−(展示室6)
書画の名品のあとには、館蔵の北宋工芸品を展示室6でご覧ください。
北宋時代は、書画だけではなく、工芸においても見るべきものがありました。
特に北宋では、宮廷の官窯が整備され、「神器」と称された青磁や白磁の陶磁器に見事なものが産出されました。
その鋭い造形感覚に基づいた青磁の水注や白地の唐草文の壷などには、洗練された作品の面影があります。中国の陶磁史上のひとつの頂点をなすといわれるほどでした。
庭の植木を見ながら、石仏などのある坂道を散策するのも、とても良いものでした。
その他、「常設展」には、以下のような名品の展示があります。
- 仏教美術の魅力−中国・朝鮮の金銅仏−(ホール・展示室3)
- 古代中国の青銅器(展示室4)
- 宝飾時計(2階特別ケース)
根津美術館からの「特別展 北宋書画精華」展覧会のご案内
詳しくは、下記ホームページをご覧ください。日時指定予約制です。
https://www.nezu-muse.or.jp/jp/exhibition/
岡本勝人記
詩人・文芸評論家。評論集に『海への巡礼』『1920年代の東京 高村光太郎、横光利一、堀辰雄』『「生きよ」という声 鮎川信夫のモダニズム』(ともに、左右社)のほか、『仏教者柳宗悦 浄土信仰と美』(佼成出版社)がある。また詩集に『都市の詩学』『古都巡礼のカルテット』『ナポリの春』(ともに、思潮社)などがある。各紙に書評などを執筆している。