この度、10 月 5 日(木)より開催されている山形国際ドキュメンタリー映画祭 2023(以下 YIDFF2023)の受賞結果が出まして、10 月 11 日(水)に表彰式が行われました。

4年ぶりの会場開催で 11 部門 130 作品を上映。
新たな特集プログラムやイベント上映の解説により大盛況!

YIDFF 2023 では 11 部門 130 作品を上映。インターナショナル・コンペティションとアジア千 波万波の2つのコンペティション部門では、120 の国・地域から 2,134 作品の応募があり、そのなかからインターナショナル・コンペティション部門で 15 作品、アジア千波万波部門で 19 作 品、計 34 作品が選出され、各賞が決定した。
開会式後のオープニング上映は、2023 年 3 月に逝去した音楽家・坂本龍一の最後のソロ・コン サートを捉えた空音央(そら・ねお)監督の『Ryuichi Sakamoto | Opus』がアジア・プレミア上映し、整理券配布開始後 20 分で札止めとなる大盛況で幕を開けた。
コンペティション部門の上映はもちろんのこと、本映画祭の特徴である特集上映も満席回が続出した。国内で初の大規模回顧上映となった「野田真吉」特集は連日満席となる大盛況で、多くの映画ファンを魅了した。山形市の日本初ユネスコ創造都市ネットワークの映画分野加盟認定を受けて開設された特集プロ グラムでは、「街と人」をテーマに国外 20 の同分野加盟都市から集められた作品を上映。映画祭としては初の試みとなる野外上映では、キッチンカーが登場し、駅前に設営された巨大スクリ ーンが多くの人々の関心を集めた。そして映画祭の夜の社交場「香味庵クラブ」も山形七日町ワ シントンホテル内レストラン・三十三間堂に場所を移し復活。期間中、多くのゲストや観客が出入りし、映画の話題に花を咲かせた。そのほか、東日本大震災をきっかけに開設された「ともにある Cinema with Us 」、参加作家と参加者が完成前の作品について対話する「ヤマガタ・ラフカット!」や、台湾とのコラボ・プロジェクトのトークイベントやシンポジウムなどの各イベントにおいても、参加者が国内外から集い、国や世代を越えた有意義な対話が行われた。なお今回の映画祭の参加者集計は現状で 20,400 人(2023.10.11 現在)。

受賞結果

■インターナショナル・コンペティション部門
ロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)
『何も知らない夜』 監督: パヤル・カパーリア
インド、フランス/2021 年/100 分

■アジア千波万波部門
小川紳介賞
『負け戦でも』 監督:匿名
ミャンマー/2023 年/23 分

インターナショナル・コンペティション
〈YIDFF 2023 インターナショナル・コンペティション審査員〉
ヤンヨンヒ(Yang Yonghi)[★審査員長]、 オスカー・アレグリア(Oskar Alegria)、 エリカ・バルサム(Erika Balsom)、陳界仁(チェン・ジエレン)(Chen Chieh-Jen) 張律(チャン・リュル)(Zhang Lu)

■山形市長賞(最優秀賞)
『訪問、秘密の庭』イレーネ・M・ボレゴ

■優秀賞(2 作品)
『自画像:47KM 2020』章梦奇(ジャン・モンチー)
『ある映画のための覚書』イグナシオ・アグエロ

『自画像:47KM 2020』章梦奇(ジャン・モンチー)

『ある映画のための覚書』イグナシオ・アグエロ

■審査員特別賞
『ニッツ・アイランド』
エキエム・バルビエ、ギレム・コース、カンタン・レルグアルク

アジア千波万波
〈YIDFF 2023 アジア千波万波 審査員〉
リム・カーワイ(Lim Kah Wai)、陳凱欣(タン・カイシン)(Tan Kai Syn)

■小川紳介賞
『負け戦でも』匿名

■奨励賞(2 作品)
『ベイルートの失われた心と夢』マーヤ・アブドゥル=マラク
『列車が消えた日』沈蕊蘭(シェン・ルイラン)

『ベイルートの失われた心と夢』マーヤ・アブドゥル=マラク

『列車が消えた日』沈蕊蘭(シェン・ルイラン)

■市民賞
『我が理想の国』ノウシーン・ハーン

■日本映画監督協会賞
『平行世界』蕭美玲(シャオ・メイリン)

審査員総評――YIDFF 2023 インターナショナル・コンペティション

ドキュメンタリーとはなにか? インターナショナル・コンペティションの 15 本の映画の一本一 本が、この不可能な問いにそれぞれの答えを提案している。私たちが見た映画群は広大な幅を持 ったスタイルとアプローチの道を切り開き、今日の非フィクション映画の多様性と生命力の幅広 いサンプルを見せてくれた。コンピューター生成アニメーションの人工性や再現映像から忍耐強 い観察に生々しい身体装着カメラの映像まで、親密で個人的な一人称映画からアーカイヴ映像と 共謀したエッセイ的試みまで、これらの映画群は対象の要求に対して様々なフォルムを発明して いる。そのそれぞれに独自の大胆さと創造性が明らかであり、不確実性と危機だけでなく、美し さと友愛によっても特徴付けられるべき現代の世界と格闘するために、しばしば表象し表現する ことの行為そのものをも問う。私たち審査員はそこに感嘆し議論すべき多くのことを見出した が、そこでは私たちの素晴らしい通訳のみなさんのかけがえのない援助を忘れてはならないだろ う。このように力強く多様な作品群にどっぷり浸かった数日を過ごすことができたのは私たちの 特権であった。今日、「現実(リアリティ)」という概念そのものは危機にあるのかも知れない が、このインターナショナル・コンペティションが示しているように、ドキュメンタリーも同じ だということはまったくない。

ロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)
『何も知らない夜』は激動の現代を歴史的な文脈に落としこむために、虚構として作られたうぬぼれの身振 りをあえて用いることで、危機にある国家の姿を恋と友情、記憶と青春の物語でもあるものとして描き出 す。膨大な幅広さの映画的テクニックとテクノロジーを自在に、高い技量と創造性で駆使することによっ て、パヤル・カパーリヤーはなぜ映像が作られるのか、映像には何が出来るのかを省察する。この魅力的で リスクを厭わない映画はあらゆる教条主義を打ち捨てながらも、知的にも感情的にも共感を呼ぶ政治的な精 確さはしっかり維持しているのだ。
『訪問、秘密の庭』 表舞台から姿を消したかつての著名な画家。彼女の心の扉を開けようと果敢に挑む監督(姪)の子どもっぽ いほどの率直さが光を放つ。監督に向けて投げつけられる芸術家の言葉の鋭さは、魂と志を貫いた自信に満 ち、観客の心を射抜く。一見乱暴とも思われる監督のアプローチは、被写体との壁を突き抜け、観客をも包 みこんでしまう。強烈な磁力をもった秀作。

優秀賞
『自画像:47KM 2020』 映画監督としての能力が試される最も基礎的な規準は、特定の空間の中で流れる時間の速さをいかに正しく 捉えるかであり、それはつまりそこに住む人々の最もリアルな心情にいかに近づけるかということである。 章夢奇(ジャン・モンチー)監督はそれを成し遂げている。 章監督の身体と現地の農村の人々の身体は融合し、ともにその土地のリズム(東アジアの農業社会 で用いられる二十四節気)に従って、大変なコロナ禍に直面してもひるむこと無く、きつい農作業にも素朴で楽観的な気持ちを持ち続けて、生命力を更に強いものしている。これは困難な時代にある生命への賛歌である。
『ある映画のための覚書』 この賞にある「優秀」とはなによりも、私たち観客に映画の最終的な著者である機会をあえて託 した映画作家たちを指すためにある言葉だ。もし映画とは贈り物・捧げ物であるとしたら、この 一本はとりわけ寛大なやり方でそれを実践している。つまり、私たちが見るのは映画ではなくそ のための覚書なのだ。その覚書をもとに、私たちのそれぞれが自分の映画を構築し、この魔法の場への訪問を二重の体験とすることができる。
まず最初に、私たちは歴史書を手に、地理的にはるか離れた場所について知らされる。そして二度目に、私たちは今度は撮影隊と共にそこに行き、最も困難なものを捕捉しようとする:その場にもはやないものを、である。つまり私たちに「アラウカニア」を読ませて自由に想像させるよう仕向けてくれたことへの感謝の徴として、この優秀賞はイグナシオ・アグエロの『映画のための覚書』に贈る。

審査員特別賞
『ニッツ・アイランド』 オンラインゲームは、すでに単純な仮想世界として見ることはできなくなっている。むしろその 逆で、オンラインゲームは現実世界の一部であるだけでなく、二重に反射する一枚の鏡として、 ますます不平等になる物理的世界を反射している。オンラインゲームの中でも、人間性の複雑さ と生存の難しさは物理的世界と比べて簡単ではない。
『ニッツ・アイランド』は、963 時間でそのすべてを記録している。

審査員総評――YIDFF 2023 アジア千波万波

山形国際ドキュメンタリー映画祭アジア千波万波部門の審査員となることはとても光栄なこと で、昨夜は結果を決めるまで、ピザやコーヒーと共に、8時間以上多くの議論を重ねました。と いうのも、わたしたちの責任は軽くないですし、監督たちにとって賞を得ることがどれほど彼ら のキャリアや人生までも左右するものであるかがよくわかるからです。ここに集まった作品から は、監督自身、またその撮影対象になっているものの直面する戦いが実によく見て取れます。ド キュメンタリー映画とは、現実を表現し、わたしたちが何を見ているか、現実とは何か、「真 実」とはどんなものであるかを問うという、たぐいまれな空間を開くものです。さまざまなイデ オロギーが対立し、AI の襲来やフェイクニュースなどがあふれるこの時代にあって、わたしたち が映画の作り手に求めたいのはさらに先へと進むこと、ドキュメンタリーという形式のもつ可能 性を本当の意味で押し広げることであり、それはヤマガタのような先鋭的な映画祭、とりわけア ジア千波万波のような部門でも間違いなく歓迎されることでもあるはずです。さまざまな境界を さらに押し広げ、分断をより曖昧にするにはどうすればよいか。わたしたちは映画の作り手がよ りいっそう大胆になって形式上の、また創作上のリスクをとることを求めたい。この暗い時代に あって、わたしたちはこれからどんな世界を生み出し見ていくことができるのか。よりよい未来 におけるドキュメンタリーはどのようなものになっているのでしょうか。わたしたちはわずかな 賞を与えることしかできませんが、誰もが戦士であり勝者であることに変わりはありません。

奨励賞
『ベイルートの失われた心と夢』 この作品はある国が見舞われたトラウマ的かつ暴力的な歴史を、魅力あふれる親密でエモーショ ナルな撮影によって明らかにしていきます。暴力のあとに残された人びとに何が起こるのか、誰 が生存者なのか、それともわたしたちはみな生きた亡霊なのだろうか――シーンが展開していく と、そんな疑問が湧いてきます。打ち寄せる波の音、街で浮かれる人びとの映像、縄張り争いを する猫たちをとおして、観客は人生が続いていく、人生は美しく希望にあふれるものでありうる と確信します。この映画が見せてくれるものは静かで優しく、そしてそれゆえに力強い。パレス ティナやウクライナなど、わたしたちの語る世界のさまざまな地域で起きている苦難、そしてお そらくはそこからの癒しの瞬間をこの映画はわたしたちに突きつけているのです。どのショット も明確かつ丹念に作り込まれており、監督の円熟と優れた技量を表しています。

小川紳介賞
『負け戦でも』
今回の小川紳介賞は、不安定で想像しがたいほど困難な状況下でつくられ、監督の名も伏せたま までなければならなかった作品に贈られます。投獄されたトラウマがあるなかでも何をどう伝え るかが高度に制御され正確に描かれたこの作品では、その最小限に抑えた美学的アプローチが、 必要に迫られた策ではあっても大きな効果をあげています。閉じ込められた人物が外の世界を眺 めるショットに続いて声をあげるといった巧みな動きは、その苦しみが個人的なだけでなく万人 のものであることを示唆しています。この賞が監督本人そして周囲の人びとに大きな意味をもっ てくれることをわたしたちは望んでいます。監督自身そして同様に物理的な意味でも比喩的な意 味でも閉じ込められたり投獄されたりしている他の監督たちに、わたしたちはあなたたちを見て いますと強いメッセージを送りたいと思います。わたしたちはあなたたちのことを気にかけ、あ なたたちとともに連帯しています、と。
『列車が消えた日』
若く才能あふれる監督による、大胆で確信に満ちた、野心的かつ冒険的なこの作品は、フィクシ ョンとノンフィクションの境界を綱渡りするような芸術的介入をもつその劇的なアプローチによ って、ドキュメンタリーというジャンルの可能性を押し広げる表現形式の道を切り開いていま す。夢や詩を思わせるそのナレーションや映像により、この作品は監督が活動している国におけ る支配的な政治的現実にたいする斜めからの根本的な批判と解釈することもできるでしょう。

山形国際ドキュメンタリー映画祭2023!
10月5日[木]‒10月12日[木]