『インペリアル大阪堂島出入橋』 三島有紀子監督による瞠目させられたオリジナル
ー轟 夕起夫

普段は、胸の奥のほうにくぐもっている喜怒哀楽と、そして、うまくは言葉に落とし込めないドロリとした感情をも掬い上げてくれる2時間だった。

オムニバスムービー、『MIRRORLIAR FILMS Season2』の感想である。これは俳優、映画監督など表現者を目指す人々を応援するサービス「mirroRliar(ミラーライアー)」のプロジェクトで、「Season1」は昨年9月に発表済み。全部で4シーズン、ジャンルや世代を超えた総勢36名が“変化”をテーマに短編を世に問うてゆくことになり、今回も紀里谷和明、山田佳奈、三島有紀子といった名うての監督たちと肩を並べて一般クリエイター枠から3名が参加、さらに俳優の阿部進之介、志尊淳、柴咲コウらも初演出に挑んで、新たに9話分のショートフィルムが誕生した。

それぞれに語り甲斐があるのだが、中でも瞠目させられたのは三島監督の「インペリアル大阪堂島出入橋」だ! ひとりの男がいる。佐藤浩市が演じるベテランシェフ。その彼が長年愛してきた店を苦渋の決断でたたみ、最後の客を送り出して深夜、思い立って白いコックコートを着たまま、看板メニューの(デミグラスソースをたっぷりかけた)ハンバーグステーキを皿に盛り付けて手に持ち、なぜか路上を歩き出す。すでにインタビュー記事によって明らかにされているが、ここで当製作チームは何と11分40秒ものロングテイクを敢行──この映画の白眉とも言えるシークエンスにすっかり心持って行かれた(流麗な撮影は、山村卓也による)。

タイトルに記されている「インペリアル」とは、子供の頃から三島監督がよく通っていた、地元・大阪堂島出入橋にあった洋食店のこと。2020年6月に惜しまれつつ閉店を余儀なくされたという。詳細は割愛するが三島家とも深い関わりがあり、(彼女自身が脚本を書いた)切実なバックストーリーを帯びた特別な作品なのだ。

『インペリアル大阪堂島出入橋』メイキング写真 
 撮影 千葉高広 

ところで三島監督といえば、“人気原作の映画化の担い手”のイメージがこれまで強かったのではないか。なるほど、北海道を舞台にした『しあわせのパン』(12)と『ぶどうのなみだ』(14)こそオリジナル企画で脚本を手がけ、自ら小説も刊行しているが、フィルモグラフィを一望すると、文豪・谷崎潤一郎の世界を現代へと翻案したデビュー作『刺青 匂ひ月のごとく』(09)や池辺葵の同名漫画をベースにした『繕い裁つ人』(15)、それからここ数年も『少女』(16)、『幼な子われらに生まれ』(17)、『ビブリア古書堂の事件手帖』(18)、『Red』(20)と続き、順に原作者を挙げれば、湊かなえ、重松清、三上延、島本理生と錚々たる小説家の名前が並ぶ。

原作ものを企画する際はもちろん引き受ける際でも自身の、是が非でも描きたいモチーフが今、そこに明確に見えていることを必須条件とし、譲らない一面だ(『少女』『Red』では共同で脚本も)。個人的には、これまでで最高の映画化は名シナリオライター・荒井晴彦と組んだ『幼な子われらに生まれ』だと思う。荒井の脚本にエチュード(即興)を取り入れて、現場では出来る限りワンテイクで俳優同士のナマの化学反応を記録しようとした。この姿勢の延長上に「インペリアル大阪堂島出入橋」はあるだろう。

また、オリジナル企画ということであれば、「インペリアル大阪堂島出入橋」同様にオムニバスムービーがキャリア上、とりわけ重要な“場”になっている気がする。初めて参加したそれは、甲斐バンドの楽曲×5人の映画監督(青山真治、榊英雄、長澤雅彦、橋本一、三島有紀子)のコラボレーションによる短編集『破れたハートを売り物に』(15)。原案と脚本を兼ね(共同執筆は山嵜晋平)、マキタスポーツを主演に「オヤジファイト」を放った。家を出て行った妻との復縁を願い、さえない中年男がアマチュアボクシングへと身を投じる物語だ。ロケ場所に選んだ阿佐ヶ谷の石橋ジムは、なかなか映画が撮れずに悶々としていた助監督時代、彼女が実際に通っていたボクシングジムで、やはり作品の中にしっかり自分を仮託していた。

そして近年、コロナ禍に対抗して作られたオムニバスムービー『DIVOC-12』(21)では単身のオリジナル脚本で、大女優・富司純子と藤原季節が共演した短編「よろこびのうたOde to Joy」を。生活に不安を抱えた75歳の女性と、裏仕事へといざなう東北出身の青年との崖っぷちのバディムービーである。『繕い裁つ人』のスタッフが再集結し、阿部一孝の撮影は色味を絶妙に抜いて、アメリカン・リアリズムの画家アンドリュー・ワイエスのような寂しげなトーンを具象化した。以前、荒井晴彦の時もそうであったと思うのだが、本作で富司純子という日本映画史上のレジェンドと相見えて、三島監督は自らもその巨大な歴史の一部になったと深く認識したのではないか。今回、「インペリアル大阪堂島出入橋」で佐藤浩市とコラボした意味合いもこの流れにあり、これから長編で積み重ねた経験の集大成作が生まれる予感がする。

©2021 MIRRORLIAR FILMS PROJECT

劇中、ベテランシェフは一枚の皿を手に、我が人生を振り返りながら夜明け前の街を、おおよそ800メートル歩く(途中からは走る!)。どこに向かい、何に出会うのか、それはぜひとも、直接目撃してほしい。夏の早朝4時16分から始まった“一発勝負”の撮影は一応成功したものの、三島監督の判断であえて翌日に持ち越してリテイク。こちらが使用された。緊張感に満ちた長回しはひょっとして、アンドレイ・タルコフスキー監督の『ノスタルジア』(83)のあのシーン、灯された蝋燭の火を消すことなく温泉の広場の端から端まで渡ろうとする“儀式”を想起させるかもしれない。故郷への個人的な思いが全人類を背負っての、世界に対しての祈りにも通じるのだから。

轟 夕起夫(映画評論家)
1963年、東京都蒲田生まれ。キネマ旬報、クイック・ジャパン、シネマトゥデイほかで執筆中。単著に「映画監督になる15の方法」(洋泉社)、「轟夕起夫の映画あばれ火祭り」(河出書房新社)、編著・執筆協力に「清/順/映/画」(ワイズ出版)、「好き勝手夏木陽介:
スタアの時代」(講談社)、「映画監督が選ぶ名画3本立てプログラム 三つ数えろ!」(エンターブレイン)、「伝説の映画美術監督たち×種田陽平」(スペースシャワーブックス)、「寅さん語録」(ぴあ)、「冒険監督」(ぱる出版)などがある。
Twitter: https://twitter.com/nettdrk
オフィシャルサイト:https://todorokiyukio.net

三島有紀子監督作品『インペリアル大阪堂島出入橋』

監督自身の思い出の店である大阪・堂島の洋食レストランの閉店を きっかけに、在りし日の店を”記録“として残そうとした私小説的な一篇。佐藤浩市扮する、35 年間店と共に歴史を積み重ねてきたシェフが再び希望を見いだす一夜を、圧巻の⻑回しで魅せる。

作品に寄せてコメント

三島有紀子監督
生まれ育った街、大阪堂島で、私小説のような作品を作りました。始まりは、施設にいる母の「インペリアルのハンバーグが食べたい」という一言です。その洋食店は、実家の近所にありコックは幼なじみ、家族ぐるみのつきあいです。生まれ故郷に向かうと、通りはすっかり変ってしまっていて、店には〝閉店のご挨拶〟と張り紙があり、中はがらんどうとなっていました...。「ここで映画を撮りたい」。そう思って脚本を書き、幼なじみ、気心の知れたスタッフ、最高のキャストの方々、みんなで撮り上げる事が出来ました。この映画を上映していただけます事を心から感謝しています。

佐藤浩市
三島有紀子監督のこの作品は、ショートフィルムならではの冒険心溢れる企画であると同時に、早朝 4 時過ぎの明かり狙い一発勝負を含め、演者に多大な畏怖心を抱かせる作品でした。正直、懐かしい緊張感とヒリヒリする自分がそこにいましたが、最後は映画の神様が微笑んでくれました!

出演者:佐藤浩市、宮田圭子、下元史朗、和田光沙

脚本・監督:三島 有紀子・三島 豊子
プロデューサー:山嵜 晋平
音楽:田中 拓人
撮影:山村 卓也
照明:常谷 良男
録音:浦田 和治
助監督:大城 義弘
音響効果:大塚 智子
スタイリスト:丸山 佳奈・小田 知佳
ヘアメイク:富田 晶
撮影協力:インペリアル
特別協力:川口 耕平
制作協力:ブーケガルニフィルム
制作プロダクション:and pictures

©2021 MIRRORLIAR FILMS PROJECT

配給: イオンエンターテイメント
2021/日本/カラー/121 分
©2021 MIRRORLIAR FILMS PROJECT

2022 年 2 月 18 日(金)より順次公開中!