ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2020において審査員の満場一致でグランプリに選出され、シネガーアワードと合わせてW受賞となった映画『湖底の空』が6月12日より新宿K’s cinemaほかにて公開される。
本作は一卵性双生児の双子を主軸に、国境を超えて大切な人を思慕する気持ちが描かれる、ファンタスティックムービー。
韓国・中国・日本にまたがるロケを敢行し、国際色豊かなキャスト・スタッフが集結した。

今回は韓国インディーズ映画界のミューズ、イ・テギョンと共に主演を務める阿部力、そして佐藤智也監督に、ヴィヴィアン佐藤(ドラァググイーン・アーティスト)が、インタビューを行った。

◼︎「生と死の境界線」を描く

──昨年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭でのグランプリ受賞、おめでとうございます。とてもよく練られた、無駄がない完璧な構造の脚本だと感じました。時間を掛けられて脚本を書かれたとのことですが?

佐藤智也監督(以下佐藤):そうですね。最初に双子の話を描こうと思ったのは10年以上前です。その間に4~5パターンくらい双子の話をつくったのですが、他の映画と似通ってみえるものもありまして。
なるべくオリジナルな形に寄せようと思い、この脚本にたどり着きました。

──日本・中国・韓国の合作ということですが、どのような経緯で撮影することになったのですか?

佐藤:2001年に短編『L'Ilya〜イリヤ〜』がゆうばり国際ファンタスティック映画祭で賞を頂いたのですが、その際の審査員だったプチョン国際ファンタスティック映画祭のプログラマーの方に評価されてプチョン市まで呼んで頂いたんです。それがきっかけで知り合いになった韓国映画界のスタッフがロケに参加しています。

◎2019MAREHITO PRODUCTION

──過去作も拝見したのですが、実在していても実在しない、幽霊やゾンビのような存在が多く登場しますね。本作でもある理由から意識が戻らない、言ってしまえば存在していないような状態の人物が出てきます。

佐藤:「生と死の境界線」のようなことに興味を惹かれるんです。
生きている側からは死んだ後のことは想像がつかないですよね。ある一線を超えてしまうのか、その一線を行ったり来たりするのか。そういったことに惹かれますね。
また映画の表現の一番の強みは、人間が幽霊やゾンビ、アンドロイドのような人間以外のものを演じることができるという点だと思うんです。
そんな人間以外のものに比べて、じゃあ人間はどうなの?と問題が返ってくるようなスタイルをずっと追求しています。

──パンフレットに寄稿したレビューでも触れたのですが、東日本大震災の後に話題になった沿岸部での幽霊の目撃談を思い出しました。
地元の大学で研究されて、卒業論文で取り上げられたりしているのですが、その研究の中に柳田國男が編纂した「遠野物語」の99話※と関連付けたものがあるんです。
幽霊がいるかいないかということよりも、人が会話できないもの、意思が完全には通じないものに対して、存在があることによって、理解できなかったり、整合性が保てなかったりする状況を安定させるような役割があるような気がしています。
※「遠野物語」99話
明治29年の明治三陸津波で亡くなったはずの妻が現れるという伝承が紹介されている

佐藤:「遠野物語」を挙げて頂いたのは個人的にすごく嬉しく思います。
母が岩手出身で遠野に行ったこともありますし、震災の折にはボランティアに行ったりもしたので。おっしゃる通り、生きている人が思いを託そうとしても死んでしまった者には届かないですから、こちらが納得する方法をつくらなきゃいけないんだと思います。それは例えば葬式であったり、宗教だったり、人間の歴史がずっとやってきたことなんだろうと思います。

**──大変美しい情景が連続していました。特に湖のシーンは、水と、女性の死や狂気が結びつきやすいと言う概念である「オフィーリア・コンプレックス」※を想起しました。
※オフィーリア・コンプレックス
戯曲「ハムレット」の登場人物オフィーリアが水中で死を迎えたことから転じて、水辺と女性の死が文学や絵画などで親和性をもって語られること。水に浮かんだオフィーリアの死体を描いたジョン・エヴァレット・ミレーの絵が有名。

佐藤:ありがとうございます。
韓国の湖とその周辺で撮影することは当初から決めていたので、静かで波が無い湖で、すぐ近くに山があるというロケーションを探して回りました。
最終的にロケ地として選んだのは安東(アンドン)という場所です。
ミレーが描いた「オフィーリア」のような死はなんとか映像で再現しようと試みましたね。

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◼︎『ベティ・ブルー』のジャン=ユーグ・アングラードのイメージで

──どのようなきっかけで阿部力さんにオファーしたのですか?

佐藤:テレビの制作会社で働いている知り合いにキャスティングの相談をしたんです。中国語のセリフが沢山ある二枚目の役柄、ということを話したら即答で阿部さんのお名前が返ってきました。
そのスタッフは以前「花より男子」で阿部さんとお仕事をしていたんです。一緒にお仕事をされた方の評判が良いというのは安心できる俳優さんだなと思いオファーさせて頂きました。

──役作りについて監督から阿部さんにアドバイスなどはされたのですか?

佐藤:阿部さんには最初に『ベティ・ブルー』や『ニキータ』のジャン=ユーグ・アングラードのイメージで演じてほしい、とお伝えしました。女性側が精神的に不安定な時に「ああしろ、こうしろ」と言わずに、一歩引いて見守ってあげるような役柄にしたかったんです。
阿部さんには最初からその通りに演じて頂いて、スムーズに撮影が続けられました。

──阿部さんは望月という役柄を演じてみていかがでしたか?

阿部力(以下阿部):望月は日本人だけど中国で生活しているという役柄です。
僕は逆に中国で生まれて日本で生活しているので、文化や言葉の違いなど役作りのヒントになる部分は沢山ありました。

──望月は空に対して真摯に向き合う、すごく生命感に溢れた人物ですよね。

阿部:望月は小さい頃から一人で、孤独という問題を抱えて生きてきました。女性という存在と一緒にいたいという気持ちが強くあると思いますし、問題を抱えている分、人の痛みを分かってあげられる人だと思うんです。

阿部力

──佐藤監督の印象はいかがでしたか?

阿部:すごく柔らかい印象で、いわゆる映画監督っぽくない方だと思いました。
韓国で撮影中はスタッフみんなと一緒にサウナに行ったり、食事に行ったりしましたね。

◼︎日中韓のキャストが集結した独特の撮影現場

──印象に残ったシーンはどこでしょうか?

阿部:望月と空が一緒にレストランに行くシーンの空役のイ・テギョンさんの演技ですね。
とある理由から空の印象がガラッと変わるシーンなんですが、こちらが意識して芝居する、という感じではなくて。ただその場にいればリアクションができるという演技に圧倒されました。

佐藤:僕は望月が空にある思いを伝える場面ですね。本来は日本語のセリフだったのですが、阿部さんがより気持ちが伝わるようご自身で判断されて韓国語を使われたんです。
空のお父さん役の武田裕光さんとお母さん役のみょんふぁさんも日本語・韓国語両方できる方々なんですよ。なので、言い合いになるシーンではお父さんが韓国語で言い訳したり、お母さんが韓国語だけでまくしたてたりと、アドリブで言語を変えています。
キャストやスタッフにいろいろな出自の方々が集まっている点がこの映画の特徴です。
韓国で活動する日本人、日本で活動する中国人、日本生まれの韓国人や中国人。撮影には韓国語、中国語の通訳がつき、3カ国語が入り乱れる混沌とした現場となりました。
今どの言語を使えば自分の気持ちを表現できるのか、相手により伝わるのか、キャストの方にその場その場で判断してもらえるというのは、面白い経験でしたね。

阿部:それは俳優が両方の言語を使えないと出来ないですもんね。
あとやっぱり最初と最後のシーンは強烈ですよね。対照的で、かつすごく締まりがある。

佐藤:そうですね、最初と最後で空の気持ちを変化させたかったので差をつけました。最初は沈痛で重い感じだったのが、最後にはちょっと笑える、みたいな。

──最後に観客の皆さんにメッセージをお願いします。

佐藤:韓国・中国・日本の間には差別など、様々な問題があります。
しかし、逆に共通するものを描きたかった。
「子供は可愛い」とか、「年老いた親は大切にする」とか、そういう気持ちはどの国の人でも変わらないと思います。
また、現代は自己肯定感を持てない人が多いと思っています。自己評価が低く、「自分なんか」と思ってしまう。そんな人に解決の道筋が少しでも示せればと思っています。

阿部:登場人物たちは皆なにかしらの問題点を抱えている人ばかりですが、それは現実を生きている我々も同じだと思います。
しかし問題や悩みを抱えつつも前に進んでいれば、誰かと出会って解決できるかもしれません。希望を持って生きるということの大切さを伝えてくれる作品だと思います。
ハンサムで真摯で誠実さが伝わる阿部力さん。役柄とほぼ同じ印象を持ちました。彼のようにトリリンガルで文化に橋渡しをしてくれる役者は貴重だと思いました。 佐藤監督は様々な過去の作品の総集編の様な、かつ成熟した思慮深い作品を作られて、いま最も充実し乗っているクリエーターです。次回作の展開もしくは更に深掘りしていくのか興味津々です。

(インタビュー:ヴィヴィアン佐藤/ドラァググイーン・アーティスト)

左より、ヴィヴィアン佐藤、佐藤智也監督、阿部力

『湖底の空』予告編

「湖底の空」予告編

www.youtube.com

【STORY】
日本人の父と韓国人の母の間に生まれた一卵性双生児の姉弟の空(そら)と海(かい)。現在、中国・上海に暮らすイラストレーターの空は、出版社に勤める日本人の男性、望月(阿部力)と出会う。異郷の地で暮らす二人は、似たような境遇から親密な関係を築きつつあった。そんな空のもとに双子の弟、海(かい)が訪ねてくる。海(かい)は性別適合手術を受けて女性となり、名前を海(うみ)と変えていた。海は空と望月の恋愛を後押ししようとするが、空は何かに追い詰められ、精神的に不安定になっていく…。

テギョン 阿部カ みょんふぁ 武田裕光 アグネス・チャン
ウム・ソヨン ジョ・ハラ 周亜林 蔡仁堯 早川知子 王玫子 金暁明

監督・脚本/佐藤智也 
撮影/野﨑明広 照明/大久保礼司 録音/弥栄裕樹 編集/亀山愛明 
VFX/内田剛史 美術/本間千賀子 メイク/碧池色抄浬 衣裳/濱田恵 
スチール/ソ・ミノ 鈴木教雄
音楽/谷口尚久 バイオリン演奏/柴田奈穂 絵画/さちぼっくる グーグーキム 
撮影助手/岡部ユミ子

ロケ協力/安東市庁 制作協力/株式会社XP view1studio 興瑞集団有限公司

配給宣伝/ムービー・アクト・プロジェクト 
配給協力/ミカタ・エンタテインメント

製作/マレヒト・プロ 日本・韓国・中国合作
◎2019MAREHITO PRODUCTION
■公式Twitter:@koteinosora

6月12日(土)より新宿K’s cinemaほか全国順次公開