監督は日本在住のインド人、しかもモノクロ映画、主役は後ろ向きに歩く男という異色中の異色の作品で、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭 2020国内長編コンペティション部門優秀作品賞、タリン・ブラックナイト映画祭グランプリ、大阪アジアン映画祭最優秀男優賞などを受賞している。
アンシェル・チョウハン監督は1986年北インドで生まれ、陸軍士官学校、大学を卒業して2006年からアニメーターとして働き始めた。11年から東京に拠点を移し、「ファイナルファンタジーXV」「キングダムハーツ」「ガンツ:オー」などに携わっている。16年から自主製作映画を撮り始め、「石鹸」(16)、「川口4256」(17)といった短編を手掛け、18年に長編映画「東京不穏詩」を撮り、本作「コントラ」が二作目となる。
女子高生ソラが帰宅してみると、祖父が死亡していた。祖父が保管していた箱の中から、防塵眼鏡、ガスマスクといった軍装、戦時記と題された手帳を発見。手帳には上官から理不尽な体罰を受けたことが記され、写実的な絵も多数描いてある。父親とはあまりうまくいっていないこともあって、ソラはこの発見を秘密にし、手帳に書かれていた「鉄腕を埋める」という文章に注目し、絵に描いてあった森の中のあちこちを掘りまくるが、成果ない。
もう一人の主役であるホームレスは、何もしゃべらず、紙や硬貨は口の中に入れてしまい、後ろ向きでしか移動しようとしない。父は家をめぐって従兄と喧嘩し、ぷりぷりして帰宅途中の道路で突然飛び出した後ろ歩きの男を撥ねてしまう。ほおっておこうという父を抑えて家に連れ戻り介抱するソラ。父の従兄は戦時記を見て、宝物でも埋まっているのかと思い、社員を連れて森に入り、金属探知機で探索を始める。見つかった鉄腕とは歩兵銃で、弾丸もあった。
プレスシートによると、監督は「車の事故で家族を亡くしたある男性が、過去に戻ろうと後ろ向きに歩き出したという記事から始まった」と回想。主人公二人は「後悔の念を浄化する為に過去に戻りたいと思う人間の願望をそこに映し出しています」とのことで、「父が軍隊にいたこと、自分が陸軍士官学校で訓練を受けていたこともあり、とてもパーソナルな映画であり、二人が精神的・身体的に後ろ向きに歩く様により光を当てている」という。
だが、僕にはソラやホームレスが過去に戻りたがっているとは思えなかった。
何しろ、過去や人間関係を示す描写、台詞がないのだから、推理のしようがない。むしろ、訳が分からないまま進行していくことで、ミステリアスな雰囲気が醸し出されていたように思う。144分という長尺ものだが、だれることもなく見られたのも、モノクロ画面の緊迫した構成と演技のおかげだろう。
ソラに円井わん、後ろ歩きの男に間瀬英正、ソラの父に山田太一、父のいとこに清水拓蔵、その娘にセイラが扮している。音楽を除く主要スタッフが外国人というのも珍しい。撮影場所は岐阜県関市。後ろに歩く男を見てひやひやさせられたものの、市街地の描写は少なく、ほとんどが人のいない田舎道や森の中なので一安心。ラスト・クレジットに「まだ見ぬ祖父と第二次世界大戦で徴兵された全ての日本学生兵士へ捧げる」という文言が表記されていた。
北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。
著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。
『コントラ | KONTORA』ティザー予告編
A Kowatanda Films Production
協力会社:株式会社アティック&株式会社ワールドP.S.
制作・監督:アンシュル・チョウハン
制作総指揮:海老原信顕 コープロデューサー:茂木美那 / 山田太一
出演:円井わん / 間瀬英正 / 山田太一 / 清水拓蔵
脚本:アンシュル・チョウハン 編集:ランド・コルター 撮影監督:マックス・ゴロミドフ
音楽:香田悠真 撮影助手:ピーター・モエン・ジェンセン 音響:ロブ・メイズ
配給:リアリーライクフィルムズ + Cinemaangel 配給協力:アルミード
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