東京で生きる2人の女性が、恋愛や結婚だけではないそれぞれの人生を切り拓いていく姿を描いた映画『あのこは貴族』が、2021年2月26日(金)より公開されます。山内マリコさんの同名小説を原作に、『グッド・ストライプス』(15)の岨手由貴子監督がメガホンをとった本作は、公開前から国内外の映画祭で上映され話題に。今回は、短編も含めると3作目のタッグとなる岨手由貴子監督と東京テアトル株式会社の西ヶ谷寿一プロデューサーに、本作に込められた想いや映画を作るうえで大切にしていたことなどについてお聞きしました。

--先日ロッテルダム国際映画祭でお披露目されましたが、反応はいかがでしたか?

岨手由貴子(以下、岨手):ロッテルダムでは、海外の方々にもきちんと伝わっている感じがありましたし、思っていたよりも反応が良かったです。本作のテーマはもちろん、役者さんたちの微細なお芝居の凄さなども含めてどこまで伝わるんだろう…という気持ちがあったので。

西ヶ谷寿一(以下、西ヶ谷):ロッテルダムは、ヨーロッパの映画祭のなかでも新人監督を育てていこうとする動きが強いこともあり、主題、キャスティング、演出などを全部細かく見ていて、確実な批評をあげてきてくれて。たくさんのセリフで伝える映画ではないのですが、細かな演出意図も汲み取ってくれている感じがありました。

--海外の方ならではの視点もあったのでしょうか?

岨手:まず「日本って本当に階級社会なの?」というところが疑問になるのではないかと思っていたんです。展開で派手に見せていく演出や構造の作品ではないので、微妙な言葉のニュアンス含め、やんわりじわじわとテーマを描いていく迫ってくる感じがどう伝わるのかというところも気になっていました。でも、テーマと見せ方がコントロールされているというその部分をすごく投影されたレビューをあげてくれた方もいて、「まさにそうなんです!」というような気持ちになりました。

西ヶ谷:あとは自分が思っていた日本のイメージと違うところがあるとか、単純に東京の街がキレイというレビューもありました(笑)。

岨手:画がキレイという感想はすごくありましたね。

--ロケーション選び含め、東京の街の映し方はかなりこだわられていましたよね。

西ヶ谷:映画化するにあたり、『エドワード・ヤンの恋愛時代』(94)のような要素を盛り込みたいという意図がありました。あの映画が当時の台北の空気をまるごと取り込んでいたように、今回はオリンピック前の建設がどんどん進んでいく東京を映していきたいと思っていたんです。5年後振り返ったときに、2019年の東京が真空パックのようになっていて、そこで階級が異なる2人の女性がすれ違っているというものを残したいと思っていました。結果的に、“平成最後の東京”になってしまったのですが。

岨手:今までも、そのときの風俗や時代性を反映した東京を舞台にした映画は作られてきましたが、東京は常に作り続けられている場所なので、本作ではオリンピックを前にした今の東京の空気を残したいと考えていました。原作が発売された2016年から映画が公開する2021年というこの5年間でも、また結構変わったと思っています。特にここ1年、コロナ禍でいろんなことが浮き彫りになり、格差も広がり、国民の政権に対しての不満なども明るみになっていますし。

©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会

--原作から脚色するにあたり、どのようなところをポイントに進めていったのでしょうか?

岨手:原作の方が「女対男」の二項対立の要素が強く、東京の構造論のようなところに重きをおいたメッセージ性のあるお話になっていると思うのですが、映画ではメッセージよりもエモーションに軸足を乗せました。例えば、原作ではさらりと書かれているのですが、美紀と幸一郎が別れるシーンはオリジナルで書き足しています。原作では完全な恋愛関係ではないということでさらっと別れているのですが、説明できないような間柄だったとしても、10年間頻繁に会ってバカな話をしたり食事をしたりしていた人と会わなくなるということは、すごく悲しいことじゃないですか。悲しくさせるこの社会構造がおかしいということよりも、“悲しい”という感情を描きたかったんです。そのように、映画版では人物の感情を優先して描き、そこを脚色の一番のポイントにしていました。

--「そういうことだよ」という会話から、2人の積み重ねた時間をしみじみと感じるシーンでした。

西ヶ谷:もともと原作を読んでいる方もいたようで、ロッテルダムでも脚色の部分をすごく褒めていただきました。映画版では、映画ならではの表現ということを意識しながら、セリフでの説明を差し引いたところを物や場所でのアクションに置き換えて、観客が何かを感じ取れるように盛り込んでいます。あと、高良くんが演じた幸一郎の部分も脚色ポイントの1つでした。幸一郎なりに、なんらかのものを背負っていてこうなっているんだということを、ちゃんと腑に落ちるようにしなければならないと思っていたので。岨手さんと映画を作るのは短編を交えると今作で3本目なのですが、脚本が本当に上手いんですよ。直しと代案が早いし、セリフの選択が上手で、キャラクター分けがしっかりできていて。でも今回は、現場での“差し込み”が結構効いていると思いました。

--そうだったんですね。それはどのシーンでしょう?

西ヶ谷:台本になかったところでいうと、華子のキャラクターづけでイチゴジャムをなめるところとか、最後の橋で手を振るところなどですね。

--どちらも印象的なシーンです。

西ヶ谷:現場に入って生の役者さんがいることでアイディアが湧き出てきたのだと思いますが、セリフはそんなに足さないけれど、道具1つで言葉以上のものを作ろうとするところが岨手さんらしいなと。今回は『グッド・ストライプス』から少し時間が空いていて、登場人物も多かったので、高いハードルを越えようとしている…という感じで見ていました(笑)。

岨手:あらゆる意味でハードルは高かったです(笑)。門脇さんと水原さんのスケジュールが合わず、リハーサルが1回もできず、予算も尽きて…。結構壮絶な現場だったので、まさかロッテルダムにノミネートされてレビューを書いていただける未来が待っているとは到底思えないような空気でした。

西ヶ谷:殺伐としていましたよね。現場のスチール写真、誰も笑っていないんですよ・・・(笑)。

--完成した作品からは全く想像できないですね…(笑)。

西ヶ谷:岨手さんとは、編集のときも相当喧嘩をしました(笑)。

岨手:編集のときが一番西ヶ谷さんと喧嘩していましたね。今は笑い話ですけど(笑)。

--そうだったんですね(笑)。意見が割れたときなどに「やっぱりこれだよね」と確認できるような、作品作りを進めるうえで共有していたテーマなどはあったのでしょうか?

西ヶ谷:やりたかったことは全部決定稿に入っているので、基本は決定稿です。撮影は順撮りではないですし、その日の撮影や演出で“勝った日”や“負けた日”というのは絶対にあると思っていて。日没を狙ったシーンで15カット撮影するとか、いろんな条件のなか、ものすごい流れで撮っていくので、時間が限られている場合は撮りたいカット数との攻防戦でした。でもそれは、撮りあがって素材になってからがやっぱり勝負なんです。

--改めて映画の編集作業の大切さを感じますね。本作ではいろんな場所がでてきましたし、生活の対比や過去シーンもありましたが、全体の流れがすごく心地よいというか、滑らかさがありました。

西ヶ谷:撮ったもののなかからしっかりとリズムを作っていますよね。脚本づくりのときから思っていましたが、岨手さんは対比というものを結構ロジカルにやる人なんだなと、現場に入ってからも感じました。あと今回、通常の映画の台本と比べると撮影場所が多かったんです。いつも予算を畳むときは、ストーリーを変えずに、このシーンをこの部屋でできないか、というようなプランを考えていくのですが、今回はお金持ちと一般人の世界のお話なので対比させるために削りたくない…という感じで、予算問題があるので周囲にトラブルを巻き起こしながらも進めていきました(笑)。

--キャスト発表のとき、門脇さんと水原さんのキャスティングが話題になっていましたが、お2人の纏う空気と役柄のバランス感がすごく良かったです。

西ヶ谷:今回、本当にキャスティングが上手くいっていると思っています。門脇さんと石橋(静河)さんのマッチング、水原さんと山下(リオ)さんのマッチングが本当に素晴らしかったですね。

--石橋さん演じる相楽逸子と山下さん演じる平田里英の役は、作品のなかでもすごく良い働きをしていましたし、セリフも印象に残るものが多かったです。特に平田さんの言葉には名言がたくさんありました(笑)。

岨手:平田さんは、登場から常にお金の話をしているんです。夢とかやりたいこととかの前にまず、老後まで食べていけるかどうかということが、私たち世代のリアルだという感覚があったので。

©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会

西ヶ谷:でも、そのセリフが嫌な風にはなっていないんですよね。愛嬌もありますし。裏に回って軽く言っているけど、あとでジワジワとボディーブローのように効いてくる…みたいな感じになっていて。

岨手:このセリフ言いたかったんだなというような、パンチラインになっていないんです。

--正にそうでした。印象に残る言葉なんだけど、サラっとしている感じもあって。幸一郎役の高良さんも、どこか掴みきれない感じが凄く良かったです。

西ヶ谷:幸一郎の役は、他の役者がやっていたらまた違って見えてきたのではないかと思っています。高良くんって、イケメンだし育ちが良いように見えるけれど、チャーミングさが残っていて、独特の空気があるんです。そこが良い意味でマイルドになっている感じもありますし。

岨手:実際に門脇さんと水原さんも「しょうがないな」と思っている感じが出ていましたよね(笑)。

西ヶ谷:そうそう。その「しょうがないな」というところですよね。高良くんが演じることで、美紀との関係や別れのところも、幸一郎がそこまで背負い込まない雰囲気になっているので。

©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会

--今回、音楽も作品を彩る大きな要素だったように感じたのですが、音楽はどのように進めていったのでしょうか?

岨手:最初は渡邊琢磨さんと打ち合わせをしながら探っていったのですが、だんだん「これ全部任せた方がいいんだな」ということに気が付いて。私が提案したものを再現してくれるとかではなくて、全く違うディレクターがもう1人居て、一緒に作っていったという感覚です。音楽によって、映画の構造が再定義されたような感じがありました。

西ヶ谷:琢磨くんは確実に脚本を読み込んで、音楽で映画演出をやってくれているので、音楽の全体構成を見ても面白いと思います。クランクイン前から音楽の全体設計をしていて、ラストのカルテットに向けて計算して作っているはずなので。

--あのテーマ曲、本当に素晴らしいですよね。伸びやかで広がりがあって、正に『あのこは貴族』の世界を表している楽曲だなと思いました。

岨手:あの曲は、この映画のために作ってもらった曲なんですけど、撮影時に門脇さんと水原さんからそれぞれ「主題歌ってどうなるんですか?」と聞かれることがあって、「あのラストのカルテットの曲になるんですよ」と伝えたら、すごく安心されていたんです。琢磨さんが作ってくれた音楽が、すごく物語の助けになっていたなと感じています。

プロフィール

岨手 由貴子
1983年生まれ。長野県出身。大学在学中、篠原哲雄監督指導の元で製作した短編『コスプレイヤー』が第8回水戸短編映像祭、ぴあフィルムフェスティバル2005に入選。2008年、初の長編『マイム マイム』がぴあフィルムフェスティバル2008で準グランプリ、エンタテインメント賞を受賞。2009年には文化庁若手映画作家育成プロジェクト(ndjc)に選出され、山中崇、綾野剛らを迎え、初の35mmフィルム作品『アンダーウェア・アフェア』を製作。菊池亜希子・中島歩を主演に迎えた『グッド・ストライプス』(15)で長編デビュー、新藤兼人賞金賞を受賞。本作が長編2本目となる。

西ヶ谷 寿一
1970年静岡県生まれ。03年、東京テアトル入社。新人監督の発掘と育成を中心にプロデュースを始める。代表作は『人のセックスを笑うな』(08/井口奈己監督)、『南極料理人』(09/沖田修一監督)、『パンドラの匣』(09/冨永昌敬監督)、『横道世之介』(13/沖田修一監督)、『私の男』(14/熊切和嘉監督)、『グッド・ストライプス』(15/岨手由貴子監督)、『ディストラクション・ベイビーズ』(16/真利子哲也監督)、『ふきげんな過去』(16/前田司郎監督)、『素敵なダイナマイトスキャンダル』(18/冨永昌敬監督)、『旅のおわり世界のはじまり』(19/黒沢清監督)、『おらおらでひとりいぐも』(20/沖田修一監督)。

©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会

映画『あのこは貴族』
2021年2月26日(金)より全国ロードショー

©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会
配給:東京テアトル/バンダイナムコアーツ

======

cinefil連載【「つくる」ひとたち】
「1つの作品には、こんなにもたくさんの人が関わっているのか」と、映画のエンドロールを見る度に感動しています。映画づくりに関わる人たちに、作品のこと、仕事への想い、記憶に残るエピソードなど、さまざまなお話を聞いていきます。

edit&text:矢部紗耶香(Yabe Sayaka)
1986年生まれ、山梨県出身。
雑貨屋、WEB広告、音楽会社、映画会社を経て、現在は編集・取材・企画・宣伝など。様々な映画祭、イベント、上映会などの宣伝・パブリシティなども行っている。また、映画を生かし続ける仕組みづくりの「Sustainable Cinema」というコミュニティや、「観る音楽、聴く映画」という音楽好きと映画好きが同じ空間で楽しめるイベントも主催している。

photo:浅野耕平(Kohe Asano)