第1回木下グループ新人監督賞で、241本の中から準グランプリに選ばれた作品『人数の町』が、中村倫也さん主演で9月4日(金)より公開されます。本作は、衣食住が保証され、出入りも自由だが決して離れることはできない、という謎の“町”を舞台にした新感覚のディストピア・ミステリー。今回は、本作の荒木伸二監督と、プロデューサーの菅野和佳奈さんに、脚本や設定、“町”づくりへのこだわりなどを中心に幅広くお話をお聞きしました。

(c)2020「人数の町」製作委員会

ーーたくさんの応募作品の中から、『人数の町』の企画書と脚本を読んだ印象を教えていただけますか?

菅野 和佳奈(以下、菅野):241作品の応募があり、2ヵ月くらいの間に全作品の企画書と脚本を読んでいたのですが、『人数の町』のことは明確に覚えていました。241作品も集まると、なかには似通ったテーマの作品もあり、特にその年は当時ニュースを騒がせていたような社会的な問題をもとに作った骨太ドラマが多い年でした。

『人数の町』も、冒頭に借金取りに追われるような描写が結構明確に書かれていたので、「また社会派ドラマかな…?」と思いながら読み進めていたんです。でも途中から、SFのような感じなのか、はたまた社会派なのか、演出によってどちらにも振れる作品だと思い、これはどちらを目指そうとしているのだろう?と、すごく興味が湧いた作品でした。

ーー脚本を読んで演出が気になるという感覚は面白いですね。

菅野:その後、一次通過した方と面談をした際、荒木監督はいろんな作品のタイトルをあげて「この作品のこういうことをやってみたい」というようなことを話されていて。その内容から、今までの日本映画にはなかったテイストの作品を目指そうとしているということがすごく伝わってきたので、ご一緒できたら面白そうだと感じていました。

ーーそのとき荒木監督は、どのようなことを考えてお話していたのでしょうか。

荒木伸二(以下、荒木):とても緊張していたので、なるべく長く話そうと、変な感じで話を引き延ばしていたと思います(笑)。当時僕は映画監督を目指してシナリオを勉強していて、まずはシナリオ賞から攻めようと動いていました。そして、賞というものの向こう側には絶対誰かがいるその人が大事なんだということに気付きはじめていたので、応募した側からすると、お会いして話が出来ることはすごくありがたい機会でした。

(c)2020「人数の町」製作委員会

ーー準グランプリを受賞して、企画が動き始めてから、お二人はどのようにお話を重ねていったのでしょうか?

菅野:キノフィルムズとして作品を世に出していくにはどうしたらいいかを考え、宣伝や劇場ブッキング、国際部などの他のメンバーからも意見をもらいつつ、まずは監督が作った脚本やビジョンを大切に進めていきました。脚本開発も、監督のテイストをあまり崩さないように、と思っていましたけど大丈夫でしたか?(笑)。

荒木:むしろ広げてもらった感じでした(笑)。打ち合わせも脚本開発も毎回すごく楽しくて、どんどん空気が入っていって、この風船は一体どうなるんだろう?というように、本当に毎回打ち合わせが面白かったです。

ーー特にこだわってお話をした箇所やシーンはありますか?

菅野:町をどう作っていくか、ですね。

荒木:暗く閉ざされた恐怖や陰惨なものには簡単にできると思うんです。でもそこに、朗らかさというかアイロニーというか、そこはかとなく緩い感じを加えるバランスについて、具体的なアイテムを交えながら深掘りしていきました。

ーー町に着いたときに配布される“パーカー”も、蒼山はすんなり着ていて、紅子ははじめ着るのを少し拒んでいて。1つ1つのアイテムがストーリーにも結びついているなと思いました。

菅野:パーカーが決まったのは脚本ができた後の、衣装決めの段階でした。何か制服のようなものがあった方がいいけど、いわゆる囚人服のようなものではなく、何かないかな・・と探していたところ、監督がパーカーを提案してくれたんです。

荒木:今もそうですけど、5年くらい前の第一次パーカーブームのとき、打ち合わせなどでみんなパーカーを着ていたんですよね(笑)。これどうしたの?なんでこんなにみんなパーカーを着ているの?って思っていたときがあって。常々パーカーって面白いなと思っていました。

(c)2020「人数の町」製作委員会

ーー小道具や美術はもちろん、ルールや設定も考え込まれていて、特に食事のアイディアには、ハッとしました。

荒木:レストランとかで食事しているときも、みんな食事をしながらずっと何かを打ち込んでいるじゃないですか。アレの代わりにコレを受け取る。そのままなんですよ。パカっと開くマシンの仕組みはかっこいいですよね。美術の方が考えてくださって、あの部分は一番作り込んでいます。もし実際に町を経営するならどうするか、どうしたら便利か、どうしたら楽かということをよく話していました。制服を作るとお金がかかるけれど、パーカーならどこかでごっそり仕入れることができる。そういう自分の目に見えるビジョンや、根底にあるリアリティのようなものが大事だなと思っていて。

ーー「何かちょっとだけおかしい…」と感じるような、あのロケーションも素晴らしかったです。

菅野:見つかったことが本当にラッキーだったんですけど、あの場所、廃ホテルなんです。バブル時代に建設していて、途中でバブルがはじけて、作り続けられなくなってしまった場所で。「今、止めろ」と言われて、作業員の人たちがそのまま帰ってしまったかのように廃材も置いてあり、全てがそのまんまだったんです。

荒木:ここまでやったのに、そこで止めるの?みたいな感じでしたね。

菅野:バブル時期に建設していたホテルなので、内装には恐らく良いものを使っていましたし、しっかりしているけれど朽ちているところは朽ちていて、すごく魅力的な場所でした。あの場所を見つけてからは、そこを軸にどうやって作り上げていくかというところへ考えをシフトしていきましたね。

メイキング写真

ーー空間や距離感など、映像にも引き込まれました。撮影は、『きみの鳥はうたえる』(18)や、『さよならくちびる』(19)の四宮(秀俊)さんでしたね。

荒木:カメラマンに関しては、制作プロダクションのプロデューサーが何名か候補をあげてくれて、僕の知っているカメラマンも含め、毎晩ずっと10名くらいの方の作品を見続けました。初めて本気で映画を“カメラマンで観る”という経験をして、今まで自分が意外と結局は映画をストーリーでしか追っていなかったことに気が付きました。

優秀な方はたくさんいらっしゃったのですが、今回四宮さんにお願いしたのは、彼の美的感覚に何かを訴えれば、必ず響くものがあるはずだと思ったのと、全ての作品に“四宮さんが撮った”という傷跡が残っていたからです。あと、今までたくさんの監督とタッグを組んでいて、監督の1、2本目の作品も撮られていたところも心強かったですね。

ーーあと、渡邊琢磨さんの音楽もとても効果的で、しばらく頭から離れませんでした。

荒木:琢磨さんの作る音楽が好きで、めちゃくちゃで良いなと思っていたので、今回、知り合いを介してお願いをしました。どこに音楽をあてたいかだけを伝え、仮編集を見て音楽を作っていただいたんですけど、やっぱり彼にしか作れないものがあったなと思いました。

ーー本作でポイントとなる、“あの”音楽はどんな発想から生まれたのでしょうか。

荒木:“あれ”ですね。僕ははじめ、ピピピピピという音が鳴ればいいと思っていたんです。でも、何かの打ち合わせの後に、菅野さんに呼び止められて改めてあの部分の音についてもう一回話そうかと。で、ピピピピピでも怖さは出るけど、そこに何か音楽なんかが入るともっとユーモアが加わるなという話になり。その音楽について具体的に話をしていくうちに「マイムマイム」や「荒城の月」という案が出て、うん、絶対そっちの方が面白い、と。

菅野:現場で役者さんたちに雰囲気として聞いて貰ったのは「ワンリトルインディアンズ」でしたね。

荒木:その後、琢磨さんにあの部分の音楽についての話をしたら、「民謡とかもいいけど、自分で作るよ」と言ってくださったので、やり取りを重ねて作っていただき、あの曲が生まれました。ピピピピからはじまり、最終的にあの曲に辿り着いたのでとても感慨深いですし、僕、本当に怖いものって、ふざけているものだと思っているんで、その感じが出ている“あの”音楽は映画の一つの核になりました。

ーー“あの”音楽にはそんなドラマがあったのですね…!

(c)2020「人数の町」製作委員会

ーー本作はメッセージ性がありつつも、どこか俯瞰した視点があり、観る人によりいろんな捉え方ができる作品だと思いました。その辺りは作りながら意識されていたのでしょうか?

荒木:すごく端的にいうと、カメラが引いているということが理由の1つとしてあるのかもしれません。その辺りは四宮さんとも話をしていたのですが、寄らないし、揺らさないし、人の息遣いが感じられるみたいなカメラワークは極力避ける。とにかく出来るだけ冷静に見て貰おう。お客さんには自分で見たいものを探して貰おう。そう計画しました。こちらから出すものについては全てを整理するのですが、その捉え方はこっちで決めたら絶対にダメだと思っていました。

菅野:最初に企画書や脚本を読んだときも、「どっちなの?」という感覚が面白いと思っていたので、リアリティとファンタジーのギリギリのところをいく、その塩梅がものすごく重要でした。

ーー映画に関わらず、どんどんわかりやすいものが増えている中、結構挑戦的な撮り方をしている作品だと感じました。その“わからなさ”にハマっていくというか…。

荒木:「なんかよくわからなかったけど面白かった」、「なんかよくわからなかったからもう一回観よう」となったら一番うれしいのですが…(笑)。例えば自分が中学生の頃、渋谷にジャン・リュック=ゴダール監督の『ゴダールの探偵』(86)を観に行って、「本当に何もわからない」と思いつつも「美しいものに触れて気持ちがよかった。素晴らしかった…」って思った体験があったりして。無責任な意味ではなく、わかってしまったらつまらない、という感覚や、深遠な感じこそ全てというのは絵画でも音楽でもありますよね。

(c)2020「人数の町」製作委員会

ーー蒼山という人物の描き方にも、その“わからなさ”が表れているなと感じました。そんな蒼山を演じた中村さんとご一緒されてみていかがでしたか?

荒木:中村さんは、脚本を読んでから今回は受けの芝居だと思ってくれていたようで、いろいろ汲み取って本当に器用に蒼山を演じてくれました。でも、初めてお会いするときに気合いを入れすぎて、中村さんに会っていきなり「エロスでお願いします!」って言ってしまったんです・・・(笑)。

ーー(笑)。

荒木:丁度その頃、さまざまな作品で、すごくいい味を出しながら器用にいろんなキャラクターを演じ切っていたので、今回は主演で真ん中に立って、作品の中でドンと座っていただきたいと思っていたんです。いろんなことができることはわかっていたので、「真ん中にドンと居てください」って言えばいいのに、「エロスで」って言ってしまって…。勝手に躓いたコミュニケーションからはじめてしまいました(笑)。

ーー石橋静河さん演じる紅子に出会ってから、少しずつ変化していく蒼山の様子も見どころだと思いました。

荒木:紅子は救うと決めたら救う、こんな場所に居てはいけないと思ったら逃げるというタイプですよね。石橋さんには最初に「紅子は融通の利かない人でお願いします」と伝えました。クスクス笑いながら彼女は全てを理解したと思います。蒼山のようなフワフワした人を、しっかりとした人生みたいなものに釘付けてくれる存在。放っておいたらどこかに飛んでいってしまいそうな人を、グサッと地面に突き刺してつなぎ留めるキャラクターにしたかったんです。

(c)2020「人数の町」製作委員会

ーー菅野さんは今まで数々の作品を作られていますが、今回初監督である荒木監督とご一緒されていかがでしたか?

菅野:どのようなビジョンで、どういう風に撮るかというイメージが監督の頭の中にしっかりとあり、最後までずっとこだわり続けてくれたので、それがある限り私たちは一緒にできるなと思っていました。映画づくりは、企画から公開まですごく長い時間を一緒に共同作業する相手なので、面談では全員と会って話をしようと決めていたんです。荒木監督は、最初の面談のときからお互い遠慮なく言い合える感覚があり、「初めてだから、何?」という部分を持ちつつも、「初めてなので」「わからないので」と遠慮なく聞いてくれるところもすごく良かったと思っています。今回スキルとして覚えたことや、現場の流儀として覚えたことなどを生かして、二本目はブイブイ言わせて撮れるのではないでしょうか?(笑)。

荒木:みなさんに鍛えてもらって、僕も最終日は余裕で撮っているだろうなと思ったんですけど、その予想は外れ、最後までアタフタしていましたね(笑)。

ーー荒木監督は、今回長編映画を1本撮りきって、映画や映画づくりに対してどのような想いが生まれましたか?

荒木:2日目の撮影が終わったとき、奥さんに電話をして「もうこれしかやりたくない」って言ったんです(笑)。僕は絵画も文学も好きだし、映画以外にも好きなものはいろいろあるんですけど、本当に映画のことを信じているんですよね。一番ドキッとさせられるし、自分の存在を覆されそうになるという経験もたくさんしているので。今回『人数の町』を撮って、ますますその想いを強めてしまい、これ以上面白いことは多分、いや絶対ないなと思いました。

ーー次回作も楽しみにしています!この度はありがとう御座いました。

荒木 伸二監督

プロフィール

荒木 伸二
東京大学教養学部表象文化論科卒。卒論はジャック・リヴェット。CMプランナー、クリエイティブディレクターとして数々のCM、MVを手がける。その傍らシナリオを学び、テレビ朝日21世紀シナリオ大賞優秀賞、シナリオS1グランプリ奨励賞、伊参映画祭シナリオ大賞スタッフ賞、MBSラジオドラマ大賞優秀賞など受賞。第1回木下グループ新人監督賞において、応募総数241作品の中から準グランプリに選ばれた本作で初の長編演出に挑む。

菅野 和佳奈
キノフィルムズ・プロデューサー。大学卒業後、WOWOW入社。音楽番組、デジタルラジオの番組制作を担当。その後、avex entertainmentの映像事業部にて映画の製作、出資などに携わる。2013年よりキノフィルムズ企画製作部にて邦画の製作を行う。主なプロデュース作品は『女の子ものがたり』(森岡利行監督2009年)、『黄金を抱いて翔べ』(井筒和幸監督2012年)、『団地』(阪本順治監督2015年)、『猫は抱くもの』(犬童一心監督2018年)など。今年は『人数の町』のほかに『一度も撃ってません』(阪本順治監督)、『十二単衣を着た悪魔』(黒木瞳監督)、『AWAKE』(山田篤宏監督)の計4本が公開。

(c)2020「人数の町」製作委員会

映画『人数の町』

9月4日(金)新宿武蔵野館ほか全国ロードショー

中村倫也  石橋静河
立花恵理 橋野純平 植村宏司 菅野莉央 松浦祐也 草野イニ 川村紗也 柳英里紗 / 山中聡

脚本・監督 : 荒木伸二 音楽 : 渡邊 琢磨

製作総指揮 : 木下直哉 エグゼクティブプロデューサー : 武部由実子
プロデューサー : 菅野和佳奈・関友彦 音楽プロデューサー : 緑川徹
撮影 : 四宮秀俊 照明 : 秋山恵二郎 録音 : 古谷正志
美術 : 杉本亮 装飾 : 岩本智弘 衣裳 : 松本人美 ヘアメイク : 相川裕美
制作担当 : 山田真史 編集 :長瀬万里 整音 : 清野守 音響効果 :西村洋一
製作 : 木下グループ 配給 : キノフィルムズ 制作 : コギトワークス

(c)2020「人数の町」製作委員会

cinefil連載【「つくる」ひとたち】
「1つの作品には、こんなにもたくさんの人が関わっているのか」と、映画のエンドロールを見る度に感動しています。映画づくりに関わる人たちに、作品のことや仕事への想いなど、さまざまなお話を聞いていきます。

edit&text:矢部紗耶香(Yabe Sayaka)
1986年生まれ、山梨県出身。
雑貨屋、WEB広告、音楽会社、映画会社を経て、現在は編集・取材・企画・宣伝など。様々な映画祭、イベント、上映会などの宣伝・パブリシティなども行っている。また、映画を生かし続ける仕組みづくりの「Sustainable Cinema」というコミュニティや、「観る音楽、聴く映画」という音楽好きと映画好きが同じ空間で楽しめるイベントも主催している。