作家・又吉直樹さんの小説「劇場」が、時代ごとに新たな恋愛映画を撮り続けてきた行定勲監督により映画化され、7月17日(金)より公開となります。きっと多くの人が経験してきたであろう、ほろ苦くも愛おしい時間が描かれている本作。身も心も演劇に捧げ、“才能”を信じ続ける主人公の永田を山﨑賢人さん、迷いを抱えつつも、純粋に永田を愛し見つめ続けるヒロインの沙希を松岡茉優さんが演じています。今回は行定監督に、作品や役に対しての想いやこだわり、撮影や映画作りで大切にしていることなどについてお聞きしました。

ーー小説を読んで、どの部分をポイントに映画にしていこうと思ったのでしょうか?

ラストシーンです。小説を読んで、まずラストシーンが明確に浮かびました。「劇場」というタイトルは、この二人の生活が演劇や芝居と一緒で、二人がやってきたこと、ここで展開されてきた想いが、又吉さんの書く表現や行間からすごく感じられるラストだったんです。

ーーあのラストシーンは、小説を読んで浮かんだ表現だったのですね。

この小説はとても巧みな小説なので、他の監督でも素晴らしい作品になると思うんです。僕は監督なので選ばれる側だから、他の人が撮ったとしたら「悔しいな」と思うくらいで、観に行けばいいと思うんですけど、この最後の発想がパンと浮かんだ瞬間に、これは誰にもやらせたくないという気持ちになりました。

ーー今作の山﨑さんは、今まで観たことがないような表情や風貌が、とても魅力的で印象に残りました。永田という役について山﨑さんとはどのようなやり取りをされたのでしょうか?

僕はこうしろ、ああしろというのはほぼ言っていないんです。ただ、永田が抱えているような部分を山﨑くんの中から抽出しないと、たぶん空々しいものになってしまうなと思っていました。そして、髭は自分のものじゃないと意味が無いなと思って、撮影までの間、何度か山﨑くんに髭を伸ばしてもらうということがあったんですけど、なかなか生えないんですよ(笑)。「これくらいになりました」「もうちょっとだね」というやり取りを何度か重ねました。でも、そうやって彼が髭を伸ばしている時間に、少しずつ少しずつ永田の心情に近付いていっているような感じがしたんです。本当はピュアなんだけど、それだと表現者として物足りなさがあるから、風貌も含めて、偽悪的に世の中を見ているような感じで。きっと彼の中には、風貌からインスパイアされる部分もあったと思います。

ーー行定監督はいつも本人の中から役の要素を見つけ出す、というような演出なのでしょうか?

自分の中から出していただきたいので、あまり細かくは言わないです。あと、その人が持つ色気や可愛らしさのようなものって、本人は無自覚なんですよね。それは声のトーンかもしれないし、佇まいかもしれないんですけど、人それぞれ色気のようなものはあると思っているので。それに気付く瞬間を、僕は撮り逃がさないようにしたいと思っています。

©2020『劇場』製作委員会

ーー松岡さんの中にも、沙希の要素を見付けていったのでしょうか。

彼女は、僕が想像する以上に沙希のことをわかっていたと思います。自分が想像していた沙希は、もう少し抑えめというか控えめで消極的だったのですが、彼女が打ち出してくる沙希が、とても心地よかったんです。彼女の持つその器用さ、ある種人間としてのあざとさかもしれないのですが、彼女は沙希として、ギリギリのところでそのあざとさを加えてくるんですよ。僕はそのあざとさを、このシーンあたりから、引き算すればうまくいくと思っていたんですけど、彼女は僕が言うまでもなく、もともと引き算するためにやっていたんです。

沙希は自分を見失いそうになっていたけど、壊れたことによってしっかり自分を持っていたことに気付けたんです。その時、やっぱり松岡さんってすごく脚本が読めて、本当に素晴らしい女優だと改めて思いましたし、彼女の良い部分をとにかく捉えていこうと思いました。

©2020『劇場』製作委員会

ーーお二人だからこそ生まれたシーンがたくさんありそうですね。

二人はすごく呼応していたし、演技としてぶつかり合って、共鳴していました。山﨑くんと松岡さんはぶつかり合うことによって、お互いの魅力が出てきていましたし、どんどん人間味が見えてきて、とてもリアリティがありました。

ーー映画の中では描かれていない時間まで見えてくるような、お二人の関係性が素晴らしかったです…。

僕らは、二人のその行間というか余白を感じさせるように撮らなければと思っていました。あと、歴史の流れを明確にはしたくなかったんです。沙希の「私、27歳になったんだよ」っていうセリフがものすごく好きなんですけど、突然言われることによって、観客も「え、20代前半だったのに、そんなに時間が経っていたの?」ってあのシーンで知るんですよね。でも、二人にとってはあっと言う間の7年間だったと思うので、それを感じさせない演出がしたかったんです。

©2020『劇場』製作委員会

ーーそんなお二人の姿を捉えていた、今作のスタッフィングや撮影のこだわりについてもお伺いしたいです。

スタッフィングはキャスティングの次に重要です。僕には常に2~3人くらいのカメラマンが頭の中に居て、役者のトーンや街のトーンなどにあわせて依頼をしています。今回の撮影の槇(憲治)さんは、彼がアシスタントの頃から知っていて、一緒に組んだのは『リバーズエッジ』(18)に続いて2本目でした。

ーーそうだったんですね。何でもない住宅街のはずなのに、シーンとして記憶に残るカットがたくさんありました。

彼はあまり言葉にはしないんですけど、すごく感じ取る人なんです。勢いがあって、サクサクと現場を仕切っていくカメラマンが良い場合もあるんですけど、今回はそうではなく、距離感などを静かに感じながら、フレームを決めて、捉えようとする人がいいなって思っていたので。ムードメーカー的な現場の空気を作るのは、僕が助監督時代からずっとご一緒している大ベテランの照明の中村(裕樹)さんでした。中村さんが、光や世界観を確立していきながら、二人の間にある空気みたいなものを槇さんが静かにおさえていくという現場でしたね。

ーー部屋の中の撮り方もいろんなカットがありましたよね。

二人と一緒に居るような気分にしたかったんです。あと、槇さんは小柄なので、壁を外したり、窓の外から撮ったりせずに、部屋の隅に入っていけるんですよ。二人の視点の近くから撮影できるので、部屋の窮屈さや居心地の良さを捉えられたのだと思います。

あと、夕方の光が部屋に差し込んでいたり、玄関や台所は青い蛍光灯でちょっと侘しさがあるけど、奥の沙希がいる場所はちょっとあたたかく感じたりするとか。部屋のシーンでは、そういう何気ない光から自分の記憶を呼び戻し、追体験するような感覚で撮りたいという意識がありました。でもそれは、「そういうのあるよね」という「あるある」ものではなく、永田と沙希、二人のデティールや空気感から生み出されるものを撮りたかったんです

ーーでは最後に、行定監督が映画作りで大切にしていることを教えてください。

関わる人たちが、この映画にどういう思想や考えを持ち込むかということですね。ただ、言われた通りにやるのではなく、それぞれが自分の実体験や人生を重ね合わせながら、匂いや体温などを持ち込むとか、脚本に書かれていない部分の歴史を考えてくることとか。関わる人たちそれぞれの個人的なものを大切にしていたいです。

あとこの作品は、夕方にこだわって撮っているんです。恋人にとって夕方の光が一番重要だっていうのは僕の持論なんですけど(笑)、そういうことを言ってると、スタッフは夕方の光を狙ってくれるんです。光のトーンはこういう方がいいとか、街灯はどれくらい明るいかとか。そういうところですね。

行定 勲
1968年生まれ・熊本県出身。2000年長編映画発案特作品『ひまわり』で釜山国際映画祭国際批評家連盟賞受賞、演出力のある新鋭として期待を集め、2001年『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀監督賞をはじめ数々の賞に輝き、一躍脚光を浴びる。2004年『世界の中心で、愛をさけぶ』を公開、興行収入85億円の大ヒットを記録し社会現象となった。以降、『北の零年』(05)、『春の雪』(05)、『クローズド・ノート』(07)、『今度は愛妻家』(10)、『パレード』(10/第60回ベルリン国際映画祭パノラマ部門・国際批評家連盟賞受賞)、『円卓』(14)、日中合同作品『真夜中の五分前』(14)、『ピンクとグレー』(16)、故郷熊本を舞台に撮影した『うつくしいひと』(16)、日活ロマンポルノリブート『ジムノペティに乱れる』(16)、『うつくしいひと、サバ?』(17)、『ナラタージュ』(17)など。2018年『リバーズ・エッジ』が第68回ベルリン国際映画祭パノラマ部門オープニング作品として公開され、同映画祭にて国際批評家連盟賞を受賞。また映画だけでなく、舞台「趣味の部屋」(13、15)、「ブエノスアイレス午前零時」(14)、「タンゴ・冬の終わりに」(15)などの舞台演出も手掛け、その功績が認められ2016年毎日芸術賞 演劇部門寄託賞の第18回千田是也賞を受賞。

映画『劇場』
7月17日(金)より全国公開/配信
©2020『劇場』製作委員会

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cinefil連載【「つくる」ひとたち】

「1つの作品には、こんなにもたくさんの人が関わっているのか」と、映画のエンドロールを見る度に感動しています。映画づくりに関わる人たちに、作品のこと、仕事への想い、記憶に残るエピソードなど、さまざまなお話を聞いていきます。時々、「つくる」ひとたち対談も。

edit&text:矢部紗耶香(Yabe Sayaka)
1986年生まれ、山梨県出身。
雑貨屋、WEB広告、音楽会社、映画会社を経て、現在は編集・取材・企画・宣伝など。様々な映画祭、イベント、上映会などの宣伝・パブリシティなども行っている。また、映画を生かし続ける仕組みづくりの「Sustainable Cinema」というコミュニティや、「観る音楽、聴く映画」という音楽好きと映画好きが同じ空間で楽しめるイベントも主催している。

photo:岡信奈津子(Okanobu Natsuko)
宮城県出身。大学で映画を学ぶ中で写真と出会う。
取材、作品制作を中心に活動中。
https://www.nacocon.com