公園の周囲をめぐる

モンソー公園はパリ8区の最北部に位置し、そのまま南に下るとシャン=ゼリゼ通りにぶつかる。西へ向かうと凱旋門、東にはサン=ラザール駅がある。オルレアン公ルイ・フィリップ2世 が手がけたものをベースにナポレオン3世の命を受けたセーヌ県知事オスマンが整備して現在の姿になった。園内にはピラミッドやローマの遺跡風列柱、パゴタなどが散在し、東京都から寄贈された石の灯籠も置かれている。公園の周辺には高級住宅街が広がる。シャン=ゼリゼからは1kmほど離れており、このあたりまでくると観光客の姿はほとんど見かけることがない。

2006年のフィルム・ノワール『唇を閉ざせ』のクライマックスシーンは公園の入口に立つロトンド(円形建築物)の周囲で展開する。カラックス『ポーラX』(1999)で主人公のピエール(ギヨーム・ドパルデュー)が出版社の女性と待ち合わせするのは入口から100mほど離れた場所。その後、園内を2人で歩くシーンも撮られている。ソフィー・マルソー主演のラブコメディ『恋するパリのランデヴー』(2012)でも園内でのロケシーンが見られる。マルソーはヴァンドーム広場近くに本社を構える企業の社長夫人の役で、彼女が暮らすアパルトマンはこの公園のすぐ南のモンソー通りにある。

クロード=ニコラ・ルドゥー(1736―1806)設計によるロトンドをクルセル通り側から見る。オルレアン公ルイ・フィリップ2世(1747―93)はこの建物をベルヴェデーレ(見晴らし台)として使用したという。

池の縁につくられた遺跡風の列柱。

この古代遺跡風の柱が『恋するパリのランデヴー』の1シーンに映る。シャルロット(ソフィー・マルソー)はこの近くで作曲家のサシャ(ガッド・エルマレ)のプロポーズを断る。『Pola X』でピエール(ギヨーム・ドパルデュー)と出版社の女性が歩く背後にもこの2柱が見える。

ベルトルッチ監督の『ドリーマーズ』(2003)の主人公であるブルジョワ家庭の兄妹も同じモンソー通りの住人で、ブニュエル『昼顔』(1967)のカトリーヌ・ドヌーヴのアパルトマンはそこから東南へと向かうメシーヌ通りの途中に位置している。遠くからではわからないが、近づいて建物のコーナー部分を見ると1階壁面に繊細な木の葉の装飾がほどこされている。さらに南下してオスマン通りとクルセル通りが交差するコーナーにはルイ・マルの『死刑台のエレベーター』(1958)の舞台となったビルがあり、映画に登場するはす向かいの花屋は現在でも営業中だ。

スタンリー・ドーネンが『パリの恋人』(1957)に次いでオードリー・ヘプバーンを主演に迎えて手がけた『シャレード』(1963)で、ヴァカンスから帰ってきたオードリーが、家財がすべて持ち去られているのを見て愕然とするアパルトマンは公園の東側に隣接した敷地にある。鉄柵に囲われたこの一画は一段と高級感の漂うエリアになっている。

『ドリーマーズ』の兄妹の住むアパルトマン。『昼画』のアパルトマンはこの角を右に折れて進んだ先の右手にある。

セヴリーヌ(カトリーヌ・ドヌーヴ)が医師の夫(ジャン・ソレル)と住むメシーヌ通りのアパルトマン。若夫婦はこの3階に住むという設定だ。『ドリーマーズ』のデモ隊が警察隊と対峙するラストシーンはこのメシーヌ通りを100m近く先に進んだあたりで撮影が行われた。

『シャレード』に登場する高級アパルトマン。公園東端の出口からすぐの場所にある。

公園北側を通るクルセル通りを東へ向かうと、ヴィリエの交差点までの間は『パリ、ジュテーム』(2006)の「モンソー公園」のシーンが撮られた場所だ。歩きながら娘を相手にダミ声で話し続けるのはニック・ノルティ。そのまた東側(17区)にはロメールの『モンソーのパン屋の女の子』(1963)の舞台となったエリアが広がる。公園からは数百mしか離れていないが、大通りから一本通りを入っただけでぐっと庶民的な雰囲気へと変わる。

ヴィリエの交差点に面して店を構えるカフェ〈ル・ドーム〉の右手にあるレヴィ通りに入ると庶民的な空気感が漂い始める。

『パリ、ジュテーム』の「モンソー公園」篇では、ニック・ノルティが公園近くからこのヴィリエの交差点までクルセル通りを喋り通しで歩く。

ノワールの空気感漂う『唇を閉ざせ』(2006)

フレンチ・フィルム・ノワールの雰囲気が濃厚に漂う映画だ。しかし、男同士の強い絆が描かれ、またダークな臨場感漂う殺人・暴力シーンが多く盛り込まれているにもかかわらず、この映画はフレンチ・ノワールの枠にはとうてい収まらない。

この映画のクライマックスといっていいモンソー公園内でのシーン。ロトンド(円形建築物)が見えることから正面入口近くでの撮影であることがわかる。主人公のアレックスは8年前に惨殺されたはずの妻のマルゴと思しき人間からの指定で入口近くのベンチで待機している。その彼女(?)を捕らえようと待ち構える闇組織の者たち……。 

このサスペンスをはらんだシーンが、まさかの8年ぶりの再会の期待・不安と重なる――本当に彼女は来るのだろうか。いや、そもそもメールを送ってきた人物は本当にマルゴその人なのだろうか。そこにノースリーブの黒いワンピースを着た女が現れる。思わせぶりに画面にまず映し出されるのはすらりと延びた裸の脚と黒いパンプスだ。闇組織の男たちの動きが激しさを増す。そして突然の拉致と暴力、殺人……畳かけるようにヴァイオレンスシーンが続いて盛り上げていく。

モンソー公園。園内側から見る。緊迫したシーンが展開するのはこのロトンドの近く。

闇組織の男たちが待ち構えるクライマックスシーンではモンソー公園内の回転木馬のある一角も映し出される。

サスペンスにヴァイオレンス。さらに「マルゴの死」をめぐるミステリーが物語を大きく駆動させていくが、マルゴとの幼少のころから始まるラブロマンスといった甘い味付けを加えることも忘れていない。まさに盛りだくさんなのだが、消化不良の印象を与えることなくうまくまとめあげた監督のギヨーム・カネの手腕は評価されていいだろう(俳優として出演もしているカネはこの映画でセザール賞の監督賞を受賞している)。

キャストも多彩だ。この映画でセザール賞の主演男優賞を受賞したフランソワ・クリュゼ(『最強のふたり』)を主役の小児科医アレックス役に、その妻マルゴ役にマリ=ジョゼ・クローズを配し、アンドレ・デュソリエ、クリスティン・スコット・トーマス、ジャン・ロシュフォール、フランソワ・ベルレアンやナタリー・バイが脇を固める。アレックスを窮地から救うチンピラは頭を刈り上げて悪人顔をビシッと決めたジル・ルルーシュが演じている。

この映画の都市への視線にも注目したい。ポン・ヌフ近くのガラス張りの高級レストランでの食事シーンはあるものの、カメラがとらえるのはそれとは対照的なパリの周辺地域がほとんど。庶民的なマルシェや犯罪の温床として描かれることの多い郊外の団地など。警察から追われた主人公が無謀な横断を行う高速道路はパリの北端部を通る環状道路だ。

そうした周辺地区を主人公が走り回る映像の生々しい感触に思わず物語に引き込まれるのだが、この映画が他にも随所で見せるこの生々しさは、逃げる途中で滑り転んで出血する様が痛々しいとか物語の流れの中ではどうでもいいようなディテールを手を抜かずにしっかりと描いていることとも関係しているだろう。ラストには「マルゴの死」の謎を解き明かすもうひとつのクライマックスを用意している。

次回は『昼顔』『死刑台のエレベーター』『モンソーのパン屋の女の子』の3本を紹介予定。

内野正樹
エディター、ライター。建築および映画・思想・文学・芸術などのジャンルの編集・執筆のほか写真撮影も行っている。雑誌『建築文化』で、ル・コルビュジエ、ミースら巨匠の全冊特集を企画・編集するほか、「映画100年の誘惑」「パリ、ふたたび」「ヴァルター・ベンヤミンと建築・都市」「ドゥルーズの思想と建築・都市」などの特集も手がける。同誌編集長を経て、『DETAIL JAPAN』を創刊。同誌増刊号で『映画の発見!』を企画・編集。現在、ecrimageを主宰。著書=『パリ建築散歩』『大人の「ローマ散歩」』。共著=『表参道を歩いてわかる現代建築』ほか