ご自身初のオリジナル小説を、タナダユキ監督自らがメガホンを取り、主人公の哲雄を高橋一生さん、ヒロインの園子を蒼井優さんが演じている映画『ロマンスドール』。変わりゆく男女の感情をリアルに映し出す大人のラブストーリーで、人との向き合い方や触れ合い方、そして、これからの自分の生き方を見つめ直してしまうような、あたたかい体温を感じる作品です。今回は、原作者でもあり、脚本も書かれているタナダユキ監督に、映画づくりで大切にしていることや、撮影現場でのこと、キャストやスタッフの方々とのやり取りなどについてお話をお聞きました。

タナダユキ監督

ーー映画『ロマンスドール』は、タナダ監督が書かれたオリジナル小説が原作ですが、映画化するにあたって、どんな所を軸に進めていったのでしょうか?

タナダユキ監督(以下、タナダ):小説は一人称で書けるものなので、脚本や映画にするときは、何をもって哲雄がこういうことを言ったのか、こういう行動をしたのかという部分を、俳優部を信用して、委ねようと思いました。あと、映画では小説ほど書き込めない分、画づくりでどういう感情を伝えることができるのか、というところを考えてみたかったので、話の流れは大きくは変えていないのですが、意外とところどころ変わっていたりする箇所もあります。

ーー監督と俳優部の信頼関係があったからこそ、印象深いシーンやカットが生まれたのですね。本作で改めて気付いた高橋さん、蒼井さんの魅力を教えてください。

タナダ:お二人とも台本をもらって読んだ時点で、「こういう風にしようかな、ああいう風にしようかな」と、考えて来てくれていると思うんです。でも、お芝居は相手があることなので、自分が考えたことが必ずしも通用しなかったり、監督から別のことを言われたりすることもあるはずなんですけど、そういう時に自分の考えに固執しないで、軽やかに捨て去ることができるんです。お二人とも本当にプロフェッショナルなんですけど、自分の考えを持ちながらそれを捨てることもできる、というところが、素晴らしいなと感じました。

©2019 「ロマンスドール」製作委員会

ーー高橋さんと蒼井さんの代表作の一本になる…!と感じるくらい素晴らしかったです。お二人とは役柄や芝居について現場でお話をされたのでしょうか?

タナダ:今回は自分で脚本を書いているので特にそうなんですけど、もう全部台本の中に入れているので、殊更熱い想いを語るのがあまり好きでは無くて…。自分の想いだけではなく、いろんな人の想いを総合して、現場で「せーの」でやって、一番いい形で客観的に捉えていきたいなと思っています。あの台本からどう捉えて、どういう風なものを出してきてくれるんだろう?というところにも楽しみがあって、「なるほどそう来たか、じゃあこう撮ろうかな」というのをその場で考えることが好きなんです。なので、基本的に「こうしたいから、こうしてほしい」みたいなことは先に決めずにやっています。

ーーなるほど。役者さんの芝居を見ながら、タナダ監督やカメラマンさんが捉えていくという感じだったんですね。

タナダ:自分の思い通りになることよりも、自分とは100%重なり合わない方が面白いと思っているんです。思いもしなかったことを見せてもらって、それを一つの映画として成立させていくプロセスの方が楽しいなと。あと、少し長めのシーンでも観ていられるというのは、やはりお二人の芝居の力があるからだと思っています。私はスタッフとして、そのお芝居を一番いい形で撮り、編集して仕上げていくということが仕事なので。哲雄と園子の部屋での会話のシーンも、お芝居を見て「このままいけるんじゃないか?」と思ったので、極力(カットを)割らずに撮りました。

ーー喋っている園子の奥で、哲雄が涙を堪えている表情の方を捉えているカットもかなりグッときました。

タナダ:園子が言っているセリフかもしれないけれど、これは受けの哲雄の表情の方を狙おうと、段取りの時にお芝居を見て思ったんです。もちろん逆もあります。哲雄がセリフを言っているシーンだけれど、それを言われた園子がどういう表情をしているのかとか。そういうのは毎日現場で決めていました。

ーーあと、会話の途中で一瞬入る二つのコーヒーカップのワンカットもすごく印象に残りました。

タナダ:台本には会話の最中にはコーヒーを飲めとも飲むなとも書いていなくて、シーンの頭で「園子、マグカップにコーヒーを入れて持ってくる」、シーンの最後には「コーヒーが残っているマグカップ」というト書きになっていました。そして、お二人のお芝居を見たら、「やっぱりあの会話の最中は飲めないよね、なるほど」と思ったんです。そのお芝居を見たら、一口も飲まれないまま冷めていくコーヒーって良いなと思って。最後、コーヒーのカットを撮っておこうという感じになりました。

ーーそうだったんですね。その時の哲雄と園子を表す印象的なカットだな感じました。

タナダ:事前にカット割りを決めていかないので、その場で段取りをして、通しでお芝居を見て、カットを割っていきます。もちろんある程度は「こうなるかな」と予測はつけて行くんですけど、お芝居を見ると結局その予想通りにはならないし、それよりも、その場で起こったことや、その時にしか撮れないことを、全員で集中して拾えたらなと思っているので。

ーー永田(芳弘)プロデューサーとの映画づくりはいかがでしたか?

タナダ:楽しかったです。本当に信用できるというか、自分事のようにすごくいろいろ考えてくださる方なので。以前から知っているプロデューサーではありましたが、一緒に作品を作ったのは初めてでした。年齢は違いますが映画作りを始めた年代がほぼ同じなんだそうで、ということは、同期ということになるかと思います(笑)。

ーーセットや美術、衣装などのクリエイティブ面も、細部までこだわりを感じました。

タナダ:今回フィルムで撮影しようと決まったのも、最終的には永田さんが背中を押してくれたからです。予算の問題もあるので、「もうこれは諦めなければいけないかな…」という、ギリギリのところまで来ていたのですが、永田さんがOKを出してくれたので実現しました。

©2019 「ロマンスドール」製作委員会

ーー哲雄と園子が暮らす部屋の美術も、監督の私物も持ち込んで作られたんですよね?

タナダ:園子だったらどういうものを買うかなとか、揃えたがるかなとか。この二人新婚旅行は行ったのかな、どこへ行ったのかななど、色々考えました。細かすぎて100%観ている人に伝わらないシリーズとしては、新婚旅行はイギリスに行ったんだろうなっていう飾りがどこかにあります(笑)。そういう飾りをたぶん誰も気付かないだろうというレベルで飾ったりするのが案外好きです(笑)。

ーー部屋の間取りや、ダイニングテーブルやソファーの配置も絶妙でしたね。

タナダ:二人が結婚したあとの部屋は、ロケハンに行って何軒も見て、他にも良い物件はあったんですけど、決まった部屋は、壁の色がたまたまあのブルーだったんです。じゃあもうここだねって(笑)。

ーーそうだったんですね。ちなみに、ポスターやチラシなどに使われている、あの淡いピンクとブルーのカラーはどの段階で決まったのでしょうか?

タナダ:撮影前には何となく…本当に何となくですね。いつもはあまりカラーみたいなものを決めることはしないんですけど、たぶん衣装の宮本(茉莉)さんとのやり取りがきっかけだったと思います。キャストとスタッフが集まる衣装合わせの時に、「綺麗なんだけどちょっとくすんだ色みたいなものにしようと思ってるんです」みたいなお話があって、それはいいなと思ったんです。宮本さんとご一緒すると、作れる衣装は作っていただくことがあって、本作でいうと、園子が最初に着ていたブルーグレーのコートはオリジナルで作っていて、染めからやってもらっているんです

©2019 「ロマンスドール」製作委員会

ーーあのコート、園子の纏う空気にピッタリでした。そして、世武裕子さんの劇伴と、never young beachの主題歌も作品を彩る重要な要素でしたよね。

タナダ:世武さんは『お父さんと伊藤さん』(16)でもご一緒させていただいたのですが、本当に色んなことができる方なんですよね。映画に寄り添った曲を作ってくださる方なので、今回、曲数としては少ない方だったと思うんですけど、この作品に本当に必要な曲を作ってくださいました。

ーー劇伴から主題歌への流れも心地よくて、物語が続いていく感じがしました。

タナダ:私も通して観た時に、なんの違和感もなく主題歌に繋がっていくのを感じました。劇伴の曲調も主題歌も、すごく作品に寄り添ってくれて作っていただけたので、全く別の人が作っているのに違和感なくまとまっていたので、すごく良かったです。

ーー気付いたら涙が溢れていたり、思わず笑ってしまったり。『ロマンスドール』は一言では言い表せない、いろんな感情や想いが湧き出てくる作品だと思いました。

タナダ:本作は「遺された人間はどう生きるか」ということが最大のテーマでした。一番の根底には「何があっても生きていかなきゃな」というものが流れていて、そこに付随して、「夫婦って何だろう?」とか、「ドールを作るってどういうことだろう?」というところを足していった感じです。間違うことがあっても、その後に何とか頑張ろうとしている人の人生は、肯定していきたいなと思って作っていきました。誰のどんな人生も、肯定したいなと

ーーそれでは最後に、タナダ監督が映画作りで大切にしていることを教えてください。

タナダ:自分のやりたいことは大事にしつつ、そこにこだわりすぎないということですかね。こだわりもちゃんと手放せるように。こだわった方がいいところは、放っておいてもこだわっていると思うので(笑)。これはもしかして人の意見を聞いた方がいいかなっていうところは素直に取り入れて、こだわりを持ちつつ、こだわりすぎないという感じです。お客様に観てもらう最終的な映画が、一番いい形になればいいと思っているので。

タナダユキ
01年脚本・出演も兼ねた初監督作品『モル』で第23回PFFアワードグランプリ及びブリリアント賞を受賞。2004年劇映画『月とチェリー』が英国映画協会の「21世紀の称賛に値する日本映画10本」に選出された。2008年脚本・監督を務めた『百万円と苦虫女』で日本映画監督協会新人賞を受賞し、その後も映画『俺たちに明日はないッス』(08)、『ふがいない僕は空を見た』(12)、『四十九日のレシピ』(13)、『ロマンス』(15)、『お父さんと伊藤さん』(16)や、TVドラマ「蒼井優×4つの嘘 カムフラージュ」(08/WOWOW)、「週刊真木よう子」(08/テレビ東京)、「昭和元禄落語心中」(18/NHK総合)、配信ドラマ「東京女子図鑑」(16/Amazonプライム・ビデオ)、「夫のちんぽが入らない」(19/Netflix)など数々の話題作を世に放ってきた。またTVCM第一三共ヘルスケア「ミノン」洗浄シリーズの演出や、高橋一生が出演した資生堂ショートムービー“スノービューティー ホワイトニング フェースパウダー 2017”ショートムービー『Laundry Snow』の脚本・演出もつとめている。

©2019 「ロマンスドール」製作委員会

映画『ロマンスドール』1月24日より全国ロードショー

高橋一生 蒼井優
浜野謙太 三浦透子 大倉孝ニ ピエール瀧 渡辺えり きたろう

脚本・監督:タナダユキ
原作:タナダユキ「ロマンスドール」(角川文庫刊)
配給:KADOKAWA
©2019 「ロマンスドール」製作委員会

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cinefil連載【「つくる」ひとたち】

「1つの作品には、こんなにもたくさんの人が関わっているのか」と、映画のエンドロールを見る度に感動しています。映画づくりに関わる人たちに、作品のこと、仕事への想い、記憶に残るエピソードなど、さまざまなお話を聞いていきます。時々、「つくる」ひとたち対談も。

矢部紗耶香(Yabe Sayaka)
1986年生まれ、山梨県出身。
雑貨屋、WEB広告、音楽会社、映画会社を経て、現在は編集・取材・企画・宣伝など。TAMA映画祭やDo it Theaterをはじめ、様々な映画祭、イベント、上映会などの宣伝・パブリシティなども行っている。また、映画を生かし続ける仕組みづくりの「Sustainable Cinema」というコミュニティや、「観る音楽、聴く映画」という音楽好きと映画好きが同じ空間で楽しめるイベントも主催している。

photo:岡信奈津子(Okanobu Natsuko)
宮城県出身。大学で映画を学ぶ中で写真と出会う。
取材、作品制作を中心に活動中。
https://www.nacocon.com