11月1日(金)から公開される『NO SMOKING』。現在に至る日本のポップミュージックの礎を築き、YMOで世界を席巻した音楽家・細野晴臣のデビュー50周年を記念した自身初のドキュメンタリー映画だ。生まれてから現在までを細野本人による言葉と映像で綴っていく本作は、この稀有な音楽家の魅力と彼が辿ってきた音楽史的なモニュメントが垣間見られると同時に、その背景にある日本や世界の歴史と現在をも照射する。ファースト・ソロアルバムにして伝説的な名盤『HOSONO HOUSE』(1973)から46年の時を経てセルフリメイクした『HOCHONO HOUSE』(2019)に現れているように、この半世紀で日本は「日の出づる国」から「日が沈む国」へと姿を変えた。だが、そんな国で生きる細野自身は「笑うつもり」でも「黙るつもり」でもなく、いまの自分を「笑いたくなる」と歌っている(「僕は一寸・夏編」の歌詞より)。重ねられた歳月は頑なさや構えを解き、ただ微笑みだけを残す。心躍る「自由」とは、その微笑みのなかにあるものなのだと細野晴臣の音楽は教えてくれる。本作を製作した佐渡岳利監督に話を伺った。

©︎2019「NO SMOKING」FILM PARTNERS

――まず音楽活動50周年という節目にあたって、ロックやポップスを含めた日本の音楽シーン全体を牽引してきた細野晴臣さんという稀代の音楽家のドキュメンタリーを製作するに至った経緯などをお聞かせいただけますでしょうか。

佐渡岳利監督(以下、佐渡)
今年は音楽活動50周年ということもあり、音楽業界にとどまらず各界にも数多くのファンがいらっしゃる細野さんに対して何かお祝いをしたいという機運が高まり、記念展(『細野観光1969-2019』)や書籍、コンサート等が企画されるなかで、「それならばぜひ映画も」という流れで今回の作品を作ることになりました。ただ、活動50周年という節目に関して、細野さんは特に感慨を抱くタイプではありませんので、勝手に周囲が盛り上がって、おせっかいをやかせていただいた・・・という感じです。細野さんは、恥ずかしいけど、まあ、そんなに言うなら、俎板の上の鯉になるか・・・といった雰囲気ですね(笑)。

――過去のフッテージ映像など膨大な量があったと思うのですが、今回の構成はどのようになされたのでしょう?

佐渡
撮影を始めた2017年から、コンサートがあればそこにお邪魔して撮りに行くなど、できるかぎり細野さんの活動を撮ってきました。細野さんは過去を振り返るのがお好きではないので、撮影当初は漠然とですが、いま現在のお姿をご紹介する形になるのかなと思っていました。そうしたところ、細野さんが「生まれたときから今までを話してもいいかな・・・」とおっしゃられて。細野さんにも大きな影響を与えた人類学者のカルロス・カスタネダという方がいます。彼は自らの体験をもとにネイティヴ・アメリカンの教えや風習を綴った『呪術師と私 ドン・ファンの教え』などの著者ですが、そのなかに「履歴を消す」という考え方があります。自分を束縛している過去=履歴から離れ、いまの自分に思いを馳せることが大切なのだと。細野さんご自身は、今までもうそれなりに自分のことについては話してきたので、履歴を消すのとは逆に、あえて自分が生まれてから現在に至る過去をしっかり語ろうと。結果、ここまで多岐にわたる活動をなされてきたことが明白にさらされて、「この人はいったい何者?」と、かえって履歴を消すことになったのではと思いますね。

――「NO SMOKING」というタイトルが、マッカーサーがパイプを吹かせている場面で出てくるのも洒落ていると思いました。皮肉ではあるのですが、そこには戦後日本の出発点としてのアメリカという大きな存在が細野さんのルーツにも繋がっている。

佐渡
細野さんご自身も、生まれたときから占領軍として入ってきたアメリカの映画や音楽などを見聴きして育ちました。アメリカのことが好きとか嫌いとかではなく、とにかく影響を受けたとおっしゃっています。日本の在り方を大きく変えてしまったアメリカという存在を受け入れざるをえないのが、細野さんたちの世代なのだと思います。

――今回身近に接してこられて、音楽家としてはもちろんですが、ひとりの人間としての細野さんの魅力はどんなところにあると感じますか。

佐渡
まず何をおいても音楽がお好きだということ。その点はまったくぶれることはありません。そして音楽以外でも、つねにご自分が好きなこと楽しみながらなさっている。それは別に年齢を重ねて意固地に「〇〇好き」を追求するというのではなく、ごく自然に、ゆるやかにそうしていらっしゃる。私自身も、こういう風に生きられるといいなあと思います。

――昨今はアンチエイジングのような風潮が盛んにもてはやされていますが、細野さんの音楽を聴いたり、生き方を見ていると、僕も細野さんのように歳を重ねていけたらなあと常々思っています(笑)。監督ご自身は、細野さんの音楽を初めて聴かれたのはいつ頃だったのでしょうか。

佐渡
僕はちょうど小学校6年生のときにYMOがデビューして、こんな音楽があるのかと衝撃を受けたのが原体験でした。それまでは音楽というとテレビから流れてくる歌謡曲が中心でしたが、YMOを聴いて、初めて音楽を積極的に聴きはじめました。そこからさまざまな音の世界が切り拓かれていく、最初のきっかけがYMOだったといえます。

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――本作では、例えば松本隆さんや鈴木茂さんらはっぴいえんどのメンバーなど、細野さんと所縁のある音楽家仲間の方々の発言が少ないように思いますが、そのような構成にされたのはなぜでしょう。

佐渡
他の方々にエピソードを語っていただくのはスタンダードなドキュメンタリーの形ですが、細野さんとご相談するなかで、今回は細野さんご自身がしっかりと語るので、あえて他の方からの証言はなくてもいいのでは・・・ということになりました。みなさんにお話を伺えば、それはそれで魅力的ですが、今作については潔くてよかったかなと思っています。

――細野さんはおひとりで戦後日本の音楽シーン全体を繋いでしまえるほど巨大な影響を及ぼしている方だと思うのですが、今回の作品をつくるにあたって、例えば音楽面だけに特化したような構成にすることは考えられませんでしたか。

佐渡
細野さんの活動は多岐にわたっていらっしゃるので、そこから特定の分野だけを抽出して紹介するというのは、どうかなというのがありました。細野さんは音楽をはじめ時代の変化とともに興味を持たれることが変化するので、本作ではどちらかといえばそのさまざまな側面を見せていくことに主眼を置きつつ、初めて細野さんを知る方にもその凄さが分かるようなものにしたかった。特に最近では外国のファンの方も増えてきているので、例えば日本であれば星野源さんのファンの方で細野さんの音楽を聴きはじめた方もいらっしゃると思うのですが、外国の方だとそのような日本の音楽の歴史的背景は分からないことが多い。そういう方々にも細野さんの人となりが分かるような作品にしたかったので、このような形にしました。

――なるほど。そのように近年海外でのファンが増えているのはなぜだとお考えですか。

佐渡
これはインタビューをしていても感じるのですが、YouTubeやサブスクの影響が大きいのは明らかだと思います。もちろんYMOは世界的に有名ですが、例えばダンスミュージックやテクノなどの潮流から細野さんの音楽がレコメンドされて、それに触れると、さらに深堀したくなって、どんどん細野さんにはまっていく・・・それが大きな要因のように感じています。まあ、もともと世界品質なのが一番の理由なのでしょうが。

――細野さんご自身はそのような人気や、時代によって変わる音楽の聴き方に関してはどのように感じていらっしゃるのでしょうか。

佐渡
海外での人気はやはり喜んでいらっしゃいますね。そして現在は音楽の聴き方が変わってきている時代だとおっしゃっています。ただ、どれだけ聴き方が変化しても、音楽を好きな人々は世界中に必ずいて、彼らはどこの国ということに関係なくアンテナを張っている。だから、そういう人たちのアンテナにはいつの時代でもしっかりとつくられている作品が引っかかるのだともおっしゃっています。

――本作でもそうですが、細野さんが曲作りをされている風景をあまりお見かけしたことがないように思います。これは何か理由があるのでしょうか。

佐渡
確かにそうですね。大体、作業はおひとりでなさっているようです。マネージャーさんも知らないうちに、真夜中にスタジオに入っておられたりすると聞いています。本作に関しては、撮影するときは、さすがにスケジュールを決めて伺うので、なかなか曲作りに出くわすチャンスがなかったというのが正直なところですね。まあ、ドキュメントということで、勘弁してくださると(笑)。

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――本作には細野さんが「歌うことが楽しくなってきた」と語るきっかけになった、2005年に狭山で開かれたライブ「HYDE PARK MUSIC FESTIVAL 2005」の模様が収められています。細野さんはそれまではライブや歌うことがお嫌いだったとおっしゃっていますが、その理由はどういうところにあると感じますか。

佐渡
確かにご自身は歌があまり得意ではないという意識がおありなようです。身近に大瀧詠一さんや山下達郎さん、井上陽水さんといったすこぶる歌の上手い方々がいらしたので、無理もないかもしれません。ただ、2005年の狭山でのライブ以降、何度か演奏する機会があって、段々と歌を楽しまれるようになられた。歌がどんどん良くなっていって、楽しさが増していったのだと思います。私たちの世代では細野さんというとベーシストのイメージがありますが、ギターを弾いて歌うという最近のスタイルは、とても楽しまれているようです。

――唐突に出てくる夢日記もナンセンスでとても面白いと思いました。あれだけで1本の作品として拝見したい気もします。夢日記を構成に入れられたのはどうしてですか。

佐渡
夢日記は凄いんです。本作でご紹介したエピソードのほかにも、とんでもない夢の話がたくさんあります(笑)。細野さんはよく夢を見られるのですが、どれもユニークで面白い。しかもよく憶えていらっしゃるんです。本作の「甘噛み蛙」は尺が短くて分かりやすいので取り入れたのですが、もっと長くて複雑な夢もたくさんあります(笑)。

――冒頭で申し上げたマッカーサーもそうですが、本作からは細野さんが育ってきた土台である日本の社会的な背景も感じます。「自分がつくる音楽なんかはいまはどうでもいい。昔のいい音楽を残していきたいという思いが一番。それは震災以降、より強くなった」という細野さんご自身の言葉もあるように、2011年の東日本大震災以降、細野さんはご自分が聴き育ってきた20世紀の良質な音楽をカバーされています。ひとりの音楽家も生きている社会や歴史とは無縁ではない以上、つくられた音楽にもまた社会の影響があるのは当然ですが、細野さんご自身は、日本を含む現在の社会的な情勢や歴史の流れについて、どのように感じていらっしゃるのでしょうか。

佐渡
細野さんご自身はあまり社会的な発言をされない方なので何とも言えませんが、窮屈さに対しては「それって良いことなのかな」と柔らかにおっしゃってはいます。本作のタイトル「NO SMOKING=禁煙」は、全面禁煙に走る社会へのアンチテーゼですが、それもゆるやかなもので、社会的な禁止や規制に対して「絶対反対」という明確な意思表示をされたりはしません。「僕は煙草が好きだから、吸えるなら吸うよ」という自由なスタンス。ただ、時代や社会の流れに影響されないわけではもちろんありません。例えば、はっぴいえんどが行った日本語と欧米由来のロックサウンドをいかにマッチさせるのか・・・という課題も、あの時代だからこそ、細野さんたちは真剣に取り組んだのだと思いますし、YMOもまたその時代の色を強く反映しています。ゆるやかに時代とともにありつつ、自分の根っこ=ルーツは変えずに生きている。それが細野さんの生き方であり、時代観なのではないでしょうか。

(聞き手・文・構成=野本幸孝)

©︎2019「NO SMOKING」FILM PARTNERS

細野晴臣
1947年東京生まれ。音楽家。1969年「エイプリル・フール」でデビュー。1970年「はっぴいえんど」結成。73年ソロ活動を開始、同時に「ティン・パン・アレー」としても活動。78年「イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)」を結成、歌謡界での楽曲提供を手掛けプロデューサー、レーベル主宰者としても活動。YMO散開後は、ワールドミュージック、アンビエント・ミュージックを探求、作曲・プロデュース、映画音楽など多岐にわたり活動。2019年デビュー50周年を迎え、3月ファーストソロアルバム「HOSONO HOUSE」を新構築した「HOCHONO HOUSE」をリリース し、6月アメリカ公演、10月4日から東京・六本木ヒルズ展望台 東京シティビュー・スカイギャラリーにて展覧会「細野観光1969-2019」開催。
http://hosonoharuomi.jp

佐渡岳利
1990年NHK入局。現在はNHKエンタープライズ・エグゼクティブプロデューサー。音楽を中心にエンターテインメント番組を手掛ける。これまでの主な担当番組は「紅白歌合戦」、「MUSIC JAPAN」、「スコラ坂本龍一 音楽の学校」「岩井俊二のMOVIEラボ」「Eダンスアカデミー」など。Perfume初の映画『WE ARE Perfume -WORLD TOUR 3rd DOCUMENT』も監督。

音楽家・細野晴臣の生き方-映画『NO SMOKING』特報

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自由にふれると、心が躍る

はっぴいえんどの結成秘話、YMOの爆発的なブレイク、その刺激的な変遷に迫る

細野の半生を振り返りながら、50年に及ぶ音楽活動の軌跡を追体験できる本作。音楽好きなモダンガールだった母親、英語が堪能でダンサーになりたかったという父親のもと、海外のポピュラー音楽に親しんでいた幼少期。大瀧詠一、松本隆、鈴木茂との出会いとはっぴいえんどの結成秘話。ソロ第1作「HOSONO HOUSE」からエキゾチック音楽への移行、そして「Rydeen」のヒットをきっかけにしたYMOの爆発的なブレイク。さらにアンビエントからワールドミュージックまでを網羅する幅広い音楽性、ヒット曲を数多く生み出した作曲家としてのキャリア、映画『銀河鉄道の夜』などから始まった劇伴作家としての側面などを、それぞれの時期の記録映像と細野のインタビューとともに辿っている。決まったスタイルに拘らず、常に新しいサウンドを求め、その音楽性を大きく広げてきた細野。その刺激的な変遷を再確認できることこそが、本作の核だろう。

出演:細野晴臣
ヴァン・ダイク・パークス、小山田圭吾、坂本龍一、高橋幸宏、マック・デマルコ、水原希子、水原佑果(五十音順)
音楽:細野晴臣
監督:佐渡岳利
プロデューサー:飯田雅裕
製作幹事:朝日新聞社
配給:日活 
制作プロダクション:NHKエンタープライズ
©︎2019「NO SMOKING」FILM PARTNERS
twitter:@hosono_movie50

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