『ザ・レセプションニスト』
「新たなガールズ・ムービーの誕生」 
  詩人・映画評論家 園田恵子

グレーのジャケットに身を包み、ロンドンの街を面接から面接へと歩きまわるアジア系の若い女性・主人公のティナ。
故郷の台湾を離れ、イギリスの大学を出たものの、就職難から職を得ることができない。

この映画の背景には、EUの中でも傑出して高騰している、ロンドンの異常なほどの家賃の高さと、失業率の高さ、就職難、そして学生たちを苦しめる高額の学資ローンと言う問題がある。家賃を払えないために、大家からセクハラを受ける女性たちの災難についても、度々報道されている。

冒頭、故郷の美しい夕暮れの風景の中に佇むティナを見せた後、場面は一転して大都会のロンドンへと移る。
ストイックなカメラワークは、ひたひたと差し迫ってくる彼女の金銭問題と不安感を、フレームいっぱいにみなぎらせていく。

もはや小さな書店のアルバイトにすら、ありつけないでいる彼女は、とうとう中国系のリリーと言う女性が経営する、怪しげな小さな娼館ヘと流れ着いてしまう。そこはロンドンの不法風俗マッサージ店パーラーだ。
彼女は思ったのだろう。たとえいかがわしい娼館であろうとも、レセプションニスト・受付係として仕事に徹すれば構わないと。職に貴賎はないと…家賃を払うため、苦渋の決断をしたティナ。
だが周囲はそうは見ない。客の何人かは、彼女の最後のレセプショニストとしての誇りを奪おうとするかのように、受付だってなんだっていいと、彼女に迫っていく…。

ティナはその都度何とか危機をすり抜けるが、そこで働く他の女性たちは、移民であるがゆえに常に危険と隣り合わせで逃れることができない。ときには命をすら奪い取られかねない、危険な性のやり取りの日々が続く。

(C) Uncanny Films Ltd

マレーシアからやってきて英語学校に通う20歳のメイ。
家族の借金を払うために中国から来たアンナ。
家族想いの優しい彼女は、後半で女性たちの中でも最も危険にさらされ、精神を蝕まれていく。
恋人と暮らすためイギリスに来たものの、恋人に裏切られて、1人で出産した子供を、異国で一人で育てているササ。
そして娼館を営む中国系の年配女性リリーは、住宅街にある一軒家を借り、彼女たちと一見家族のように住まいながら、彼女たちの弱みにつけ込んでは、より過酷で危険な条件で客を取らせていく。

主演のティナ役には、現在「トランスフォーマー/ロストエイジ」などにも出演し、ハリウッドでも活躍する台湾の人気女優テレサ・デイリーが、大学を卒業したてで就職活動を続け、不安感を募らせていく若い女性を見事に演じている。

共演には、娼館の中心的な娼婦で謎めいたササと言う女性を演じる、チェン・シャンチーが圧倒的な存在感を示している。
チェン・シャンチーは、エドワード・ヤンに見出されて『牯嶺街少年殺人事件』でデビューを飾り、その後『エドワード・ヤンの恋愛時代』で主演を務める。その後、ツァイ・ミンリャン監督のミューズとして『楽日』『西瓜』の主演作や「ふたつの時、ふたりの時間」「郊遊<ピクニック>」『河』「黒い目のオペラ』などに出演してきた。
2014年にはチェン・シアン監督の『EXIT-エグジット-(原題:迴光奏鳴曲)』で金馬奨最優秀女優賞を受賞した女優で、今作でも金馬奨助演女優賞にノミネートされている。

作中、リビングに置かれている分厚いを手に取り、ティナが「これは誰の本?」と、問うと、ササが「私のよ!」と奪うように本を取り戻す場面があった。
その本は、一時期日本でも翻訳本がベストセラーとなった、「存在の耐えられない軽さ」だ。「存在の耐えられない軽さ」は、チェコ出身でフランスに亡命した作家ミラン・クンデラが、1984年に出版し世界中でベストセラーとなった小説だ。
冷戦下のチェコスロヴァキアを舞台に、1968年に起こったプラハの春を題材にした恋愛小説で、フィリップ・カウフマン監督によって1987年に映画化された。
映画版ではどうしょうもないプレイボーイに騙されて、王子さまだと信じ込み、言葉もわからないのに他国の田舎から都市に住むプレイボーイの下に押し掛け女房的に、トランク1つで尋ねてきて住み込んでしまうと言う、主人公の無垢な田舎の少女を、ジュリエット・ビノシュが演じた。
ササの知性を示す小道具でもあり、ササの境遇にも重なる箇所のあるこの小説は、まさに身読してしまっている愛読書に違いない。この本をさりげなく出すあたりに、女性たちから男性への痛烈なメッセージをさりげなく示している。

ジェニー・ルー監督は、甘さを一切排し、淡々と過酷な現実を描いていく。
ひたむきに生きる少女たちが、無垢なままに、過酷な運命にさらされていく、数々の監督の作品が思い出される。
作中で最も恐ろしい目にあい、精神を蝕まれていくアンナからは、フランスの映画監督ロベール・ブレッソンのモノクロフィルム、「少女ムシェット」1967年、の悲劇と重なって見えてくる。
家賃を払うために、ロンドンの街を彷徨歩くティナの足取りからは、ジャン=ピエール&リック・ダルデンヌ監督の、どん底から抜け出すため仕事を求め続ける少女「ロゼッタ」(2000年)や、マリオン・コティヤールが復職のため奔走する主人公を演じた「サンドラの週末」(2015年)などの、ひたむきに生き、過酷な運命と戦う女性たちの歩行を想起させる。

イギリス・台湾合作の本作は、第一回熱海国際映画祭(2018年開催)でインターナショナルコンペ部門グランプリを受賞したほか、ソチ国際映画祭、アジアン・アメリカン国際映画祭、ダーバン国際映画祭、エジンバラ国際映画祭、レインダンス映画祭など数多くの世界の映画祭で受賞・選出されている。

本作の監督脚本は、台湾出身でイギリス在住のジェニー・ルー監督の長編デビュー作だ。自身も台湾出身の移民で、この映画は監督自身の友人がヒースロー空港で自殺し、彼女がセックスワーカーであったことから、移民する側の闇を問いかける映画を作り上げた。
第一回長編作品とは思えないほどの完成度の高さで、余計な干渉を挟むことなく、淡々と描ききった問題作だ。
「ザ・レセプションニスト」は、過酷な運命を生き抜く女たちが登場する、ガールズムービーの新しい地平線を示している。

園田恵子
詩人・映画評論家・cinefil発行人。京都市生まれ。大学在学中、文芸誌からデビュー。第一詩集『娘十八習いごと』(思潮社)が出版され、歌舞伎や能の要素を新鮮な視点で現代詩に取り入れた手法で、異彩を放つ。テレビ朝日『ウィークエンドシアター』では映画解説でレギュラー出演。外国映画配給協会審査員、映画プロデュース等映画関連の仕事も多い。詩集『日月譚』(思潮社)他、エッセイ集『猫連れ出勤ノート』(日経新聞社/講談社)、『東京枕草子』(潮出版)他多数。翻訳を手がけた『ペルセポリス1・2』(バジリコ)では、映画化されカンヌ国際映画祭で審査員賞を受賞した「ペルセポリス」の仏語版字幕も監修。映画webマガジンシネフィル発行人、シネフィルのコンテンツ統括プロデューサーを兼任。

(C) Uncanny Films Ltd

『ザ・レセプショニスト』予告編

『ザ・レセプショニスト』(THE RECEPTIONIST)予告編

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『ザ・レセプショニスト』
監督:Jenny Lu
出演:Teresa Dailey、Josh Whitehouse、Chen Shiang Chi|2017年|イギリス・台湾 合作|102分
配給・宣伝:ガチンコ・フィルム
配給協力:イオンエンターテイメント

10/26(土)~11/15(金)新宿K's cinema
10/25(金)~イオンシネマ板橋、名古屋茶屋、茨木