「わたしは、子どもだったわたしが、成長して現在のわたしになったとは信じていないのです。彼は、わたしのために、いちばんグラフィックな、造形的な、そして肉体的な意味で、未だどこかに存在しているのです。わたしは彼のことが非常に気にかかりますし、非常な興味を持っています。彼といつでも通じようとしています。わたしがもっとも恐れることの一つは、彼との接触を失うことです」ーーモーリス・センダック
(セルマ・G. レインズ『センダックの世界』より)

回帰と内省ーーニュー・シネマとシンガー・ソングライターの時代

後光を放ちながら、極彩色の角と翼を生やしたひとりの男がこちら側へと歩いてくる。悠然と歩を進めるその姿は悪魔か堕天使か。扉を開けてある部屋の一室に入ると、男は円く囲まれた椅子のひとつに不機嫌に腰を落とす。先に腰をかけていた数人が彼を見つめるなか、男はおもむろに自らの名を告げる。「エルトン・ハーキュリーズ・ジョン」と。

稀代のポップスター、エルトン・ジョンの半生を描いた『ロケットマン』は、まず自らの名前を宣言することから始まる。やがて「どんな子どもだった?」という問いかけに応える形で、エルトンは自らの幼少期を語りだす。「5歳のとき、私は自分を正当化した (I was justified when I was five)」。その詞は節となって、ゴージャスなR&Bのブラス&コーラスとともに、エルトンから少年レジナルドの歌声へと高らかに繋がれていく。自らを「ビッチ=あばずれ」と称する反抗と自虐、その裏にある自己の肯定と疎外。少年を呼びつける母シーラ(ブライス・ダラス・ハワード)の怒鳴り声で断ち切られる挑発的な一曲目「あばずれさんのお帰り(THE BITCH IS BACK)」には、すでに本作のエッセンスと主題のすべてが凝縮されている。

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奔放さのなかに憎めない愛らしさを宿した母親役のブライス・ダラス・ハワードは、名匠ロン・ハワードを父親に持つ。俳優だった若かりしロン・ハワード青年が出演したのが『アメリカン・グラフィティ』(73)だ。舞台はビートルズがアメリカに来訪し、イギリス出身の白人男性バンドが音楽シーンを席巻する「ブリティッシュ・インヴェイジョン」以前の1960年代カリフォルニア。ラジオからロカビリー、リズム&ブルースやドゥーワップが鳴り響き、白人文化と黒人文化が交差する接点にエルビス・プレスリーとロックンロールが生まれ、「若者」を中心に爆発的な流行をもたらしていた時代。しかし、ほどなくしてエルビスの徴兵やバディ・ホリーの事故死、そしてエルトン・ジョンのスターでもあったジェリー・リー・ルイスやチャック・ベリーのスキャンダルによって、生まれたばかりのロックンロールは停滞を余儀なくされていた。

その穴を埋めるようにして、ニューヨークのブロードウェイ1619番地に居を構えていたブリル・ビルディングでは、システマティックな分業体制によって十代から二十代の若き作詞家と作曲家のコンビが同世代の若者たちの心に響く都会的なポップス「ブリル・ビルディング・サウンド」を量産してヒットを飛ばしていく。「ビー・マイ・ベイビー」のジェフ・バリー&エリー・グリニッチ、「オン・ブロードウェイ」のシンシア・ワイル&バリー・マン、「スタンド・バイ・ミー」のジェリー・リーバー&マイク・ストーラー、「雨にぬれても」のハル・デイヴィッド&バート・バカラック、そして「ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロー」のジェリー・ゴフィン&キャロル・キング。

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エルトン・ジョンが2枚目のアルバム『僕の歌は君の歌(エルトン・ジョン)』をリリースした1970年、時代は静かな「シンガー・ソングライター」ブームを迎えていた。その火付け役であり代表的なアーティストがキャロル・キングだ。エルトンと同じピアノを弾き語る彼女が71年に発表した代名詞的名盤『つづれおり(タペストリー)』は15週間連続で全米ナンバーワンを記録し、以後302週間にわたってビルボード誌のチャートにランクし続けるという偉業を達成。エルトンの5歳年上である彼女は、60年代から作詞家ジェリー・ゴフィンとともにソングライターコンビ「ゴフィン&キング」として数々のヒット・シングルを提供してきた。

やがて彼らの音楽に多大な影響を受け、「僕とポールはイギリスの『ゴフィン&キング』になりたかった」というジョン・レノンの思いを「レノン&マッカートニー」として継承したビートルズは、皮肉なことに彼らに音楽シーンの引導を渡す役目を担うことになる。そしてもちろん、エルトンと盟友バーニー・トーピンもまた、彼ら「ゴフィン&キング〜レノン&マッカートニー」の系譜を引く作詞作曲コンビであることは誰の目にも明らかだろう(ちなみに、本作で歌われるエルトンの曲を華麗に再構築したのは「5人目のビートルズ」ジョージ・マーティンの息子、ジャイルズ・マーティン)。

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ブリティッシュ・インヴェイジョン以後、ロックンロールは公民権運動や泥沼化するベトナム戦争という社会の荒波に対抗する防波堤となるべく、フォークをはじめとした他分野と融合しながらさまざまな実験を繰り返し、変革とカウンター・カルチャーの色彩を濃くしたメッセージ性の強い「ロック」へと変貌していく。聴衆である若者を中心としたその熱狂と連帯は、40万人もの人々が集った69年8月のウッドストックで頂点に達する。しかし、その陰では静かに崩壊の予兆が聞こえていた。「ニュー・シネマ」としての『イージー・ライダー』(69)が予言していたように、ウッドストックの同年7月にはローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズが亡くなり、12月にはオルタモントで行われたストーンズのコンサートで黒人青年が刺殺される。翌70年、ビートルズの解散が決定的となり、ジミ・ヘンドリクス、ジャニス・ジョプリンがドラッグのオーバードーズで死亡。71年にはドアーズのジム・モリソン、デュアン・オールマンの死が続く。

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ロックとカウンター・カルチャーがもたらした熱狂と連帯は文字通りの「死」によって打ち砕かれ、疲弊と鎮静が後に残される。その静けさのなかで、もう一度自らの立脚地を見つめることによって生まれた歌。キャロル・キングがブリル・ビルディング時代に提供した楽曲「ウィル・ユー・ラヴ・ミー・トゥモロー」を自らセルフカバーすることで再び原点に立ち返ったように、あるいはエルトン・ジョンの「クロコダイル・ロック(CROCODILE ROCK)」が「でも月日は流れ、ロックも死んだ(But the years went by and the rock just died)」と歌われるように、それこそが自作自演を強調した「シンガー・ソングライター」と呼ばれる人々の音楽だった。

その時代はまた、キャロル・キングの同朋ジェイムズ・テイラーが「炎と雨をくぐり抜けて」きたと歌う「ファイアー・アンド・レイン」を聴き、彼が出演した『断絶』(71)での眼差しを見れば、どのようなものだったか想像できるだろう。群集のなかを当て所なく彷徨う捨て猫のようなローリー・バード。持て余した若さと無邪気さをただ疲弊させていくデニス・ウィルソンの肉体。何者にもなり得なかった男の悲哀を全身に滲ませるウォーレン・オーツ。そして、目の前で人が死んでも眉ひとつ動かさないように思えるジェイムズ・テイラーの虚無。アメリカの夢と幻想の残骸でできた「ニュー・シネマ」の極北たる『断絶』は、映画が永遠に続かないように、誰も永遠に走ることはできないことを観る者の胸に焼きつける。

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「ロージーは猛烈な子どもで、この世のものだろうとこの世の外のものだろうと、なりたいものなら何にでもなれるその想像力には、感銘を受けずにはいられませんでした」。キャロル・キングが75年にリリースしたアルバム『おしゃまなロージー(Really Rosie)』は、同時期に米CBSテレビが放送したアニメ映画のサウンド・トラック。その原作者である絵本作家モーリス・センダックは、まだ作家として不遇だった1930年代に故郷のブルックリンで出会い、生涯を通じて彼のインスピレーションの源となったひとりの少女についてこう述懐している。

10歳のロージーと同じくブルックリンで育った3歳年下のキャロル・キングの歌と音楽は、センダックに「彼女こそが誰よりも“おしゃまなロージー”だったのであり、そしてもちろん、これからもずっとそうでありつづけるだろう」と言わしめている。勝気で率直、いたずら好きで「何にでもなれる」愛らしい少女ロージー。歳を重ねてなおその面影を残すキャロル・キングは、まさしく「永遠の少女」というに相応しい。

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一方で、両親の不和と劣等感を抱えた孤独な少年レジナルド・ドワイトは、自らの名前を捨てて「エルトン・ジョン」と名乗ることでスターダムへと駆け上がっていく。ロックンロールへの熱狂と憧れを抱えたまま「なりたい自分」へと「擬装」したエルトンもまた、キャロル・キングと同じく「永遠の少年」のひとりではあった。しかし、『おしゃまなロージー』で少女ロージーとして歌うと同時に、コーラスで参加している2人の実娘の母親としても歌うことができるキャロル・キングとは異なり、エルトンは少年レジナルド・ドワイトとしては歌うことができぬまま、夢と幻想を体現したスターの栄光と引き換えに「自分」を見失っていく。その残骸と絶望の底で、外部へと投げかけていた彼の声=歌は内部へと向かうことになる。「私=自分」への内省と回帰。内なる声に耳をすまし、そこに響く歌を聴き取ろうとするこのシンガー・ソングライターの精神こそ、エルトン・ジョンの半生を描くにあたって最も相応しい姿勢にほかならない。

自らの内を深く掘り下げ、沈潜した果てに残された「私」にできるのは、ただ目の前にいる「君」へと手を差し伸べることだけだ。数々の「私」と「君」を歌い綴ってきたキャロル・キングとともに、バーニー・トーピンからエルトン・ジョンへと差し伸べられたその手は、やがてエルトン・ジョンからレジナルド・ドワイトへと差し伸べられる。私から君、そして音楽家から聴き手へ。その手を繋ぐことができるのは、一曲の歌だ。シンガー・ソングライターの時代とは、あらゆる熱狂と虚飾が剥ぎ取られた末に残った歌の根底にあるその力を、音楽家と聴き手がもう一度再確認する時代だったのではないだろうか。本作『ロケットマン』は、歌と音楽こそが僕は君であり、君は僕であることを可能にするのだと、素晴らしい名曲とともに改めて教えてくれる。

I know it’s not much, but it’s the best I can do.
My gift is my song, and this one’s for you.

大したものじゃないけれど、これが僕にできる精一杯のこと
僕に与えられたこの歌を、君に

「YOUR SONG(僕の歌は君の歌)」

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ストーリー

I WANT LOVE- 愛が欲しい、でも叶わない少年時代

イギリス郊外ピナー。家に寄りつかない厳格な父親と、子供に無関心な母親。けんかの絶えない不仲な両親の間で、孤独を感じて育った少年レジナルド・ドワイト。唯一神に祝福されていたのは彼の才能――天才的な音楽センスを見出され、国立音楽院に入学する。その後、寂しさを紛らわすようにロックに傾倒する少年は、ミュージシャンになることを夢見て、古くさい自分の名前を捨てることを決意する。新たな彼の名前は「エルトン・ジョン」だった。

YOUR SONGー バーニーのいる人生は素晴らしい

レコード会社の公募広告を見て応募したエルトン(タロン・エガートン)。同じく応募者のバーニー・トーピン(ジェイミー・ベル)の美しい詩の世界に惚れ込み、インスピレーションを受けたエルトンがメロディを生み出す形で一緒に曲作りが始まる。そして、何気ない朝の食卓で生まれた一曲――彼の代表作として世界的に知られるスタンダード・ナンバー「ユア・ソング」――が目にとまり、デビューが決まる。LAの伝説的なライブハウス《トルバドール》でのパフォーマンスをきっかけにエルトンは一気にスターダムへ駆け上がっていく。

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ROCKET MANー たった一人、燃え尽きていく

エルトンは、楽曲の完成度の高さと、観客を圧倒するパフォーマンス力で全世界にその名を轟かせていくも、心は満たされない少年時代のままだった。彼を長年にわたってサポートしたマネージャーのジョン・リード(リチャード・マッデン)とは、恋人でもあったが泥沼でもがくような関係を続け、いつも本当に必要とする相手から愛を得られないエルトンの心を深く傷つけた。売れ続けるプレッシャーとの戦いの中で、依存や過剰摂取に陥り、心身共に追い詰められる。

GOODBYE YELLOW BRICK ROADー 虚飾の人生の先にある未来

成功と快楽に溺れ、堕落した生活を送るエルトンを前に、バーニーさえも彼の人生から遠ざかっていく。絶望の淵に立たされたエルトンは、ライブ開始を待つ超満員のステージ裏で、ある選択をする。それは思いも寄らない形で、彼の人生を大きく変えていくことになるのだった。そして、今、感動のフィナーレの幕が開くのだった。

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『ロケットマン』予告編

ミュージック・エンターテイメント超大作『ロケットマン』日本オリジナル本予告

youtu.be

監督:デクスター・フレッチャー
脚本:リー・ホール
製作:マシュー・ヴォーン、エルトン・ジョン
出演:タロン・エガ-トン、ジェイミー・ベル、ブライス・ダラス・ハワード、リチャード・マッデン

2019年/アメリカ/スコープ/121分/7.1ch
原題:ROCKETMAN/字幕翻訳:石田泰子・字幕監修:新谷洋子
配給:東和ピクチャーズ
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全国大ヒット上映中‼︎