音楽映画と青春の終わり
根岸
最後に『さよならくちびる』からは離れてしまうけれど、塩田監督的にミュージカルを含め音楽映画でこの3本というと、どんなものが挙げられるかな?
塩田
ミュージカルを含めてはやめようよ。それだけで何十本にもなる(笑)。
根岸
『鴛鴦歌合戦』(39)とか、つい出てきてしまうからね。
塩田
『鴛鴦歌合戦』は素晴らしいよね。ただ、やはり最近のものでは断トツで『ウォーク・ザ・ライン』が好きだな。ジョン・カーニーなどの映画も嫌いではないけれど、圧倒的に迫ってきたのは『ウォーク・ザ・ライン』。
根岸
以前から気にはなっていたんだけれど、『ハーツ・ビート・ラウド』のブレッド・ヘイリー監督が『リンダ リンダ リンダ』や『ハイ・フィデリティ』とともに推薦していたトム・ハンクス監督の『すべてをあなたに』(96)も結構面白かったよ。ビートルズが出てくる頃の田舎町で結成された一発屋のバンドの話。彼らが出したシングル盤が飛ぶように売れるんだけど、2か月ぐらいでバンドは解散してしまう。ハンクスは彼らが契約したレコード会社のお偉いさん役で少し出演もしていて。これは『さよならくちびる』の衣装を担当した伊賀大介さんがどこかで言ってたけど「バンドが解散するということは青春の終わりの象徴だ」と。ナンバーガールの解散も多くのファンにとってはそういうものだったんだろうなとは思う。名言だと思った。
塩田
確かに、自分の好きなバンドが解散した瞬間が青春の終わりだって言ってたね。それはつまり、好きなバンドの解散とともに、ある青春の一時期が記憶に刻まれるということでもあるんだよね。一発屋という話で思い出したけど、これもまた70年代の映画で、リチャード・T・ヘフロン監督の『アウトローブルース』(77)というのがあって。服役中の軽犯罪者であるピーター・フォンダが刑務所内でつくった自作の曲を有名なカントリー歌手にパクられてしまうという話。彼が出所してから盗作に気づいて、その歌手のところに押しかけて、押し問答をしているうちに銃が暴発して、カントリー歌手を撃ってしまう。
根岸
あれは面白いよね。そこから、即席女性マネージャーを巻き込んで、フォンダが逃亡しながら曲をヒットさせていく。
塩田
あれは元ネタの『ハーダー・ゼイ・カム』(73)がそういう話なんだよね。売れない音楽家がレコード会社にだまされながらも一曲だけ録音して、その後、犯罪に加担して逃亡犯になる一方で、自分の曲がヒットしていく。
根岸
ヒップホップの映画だと、刑務所内でビートをつくって売り出すというようなシーンが時折出てくるよね。刑務所がデフォルトになっていて音楽をつくれるスタジオと化している(笑)。
塩田
ブルースの伝説レッドベリーも刑務所で作曲していたし、近しい場所ではあるのかもしれない(笑)。日本だとそういうフィクションが発動しないんだけれど、その意味では『アウトローブルース』や『ハーダー・ゼイ・カム』はうらやましいね。
根岸
世界恐慌期のカントリー歌手を描いた『センチメンタル・アドベンチャー』(82)も音楽映画といえば音楽映画で、地味だけれど好きだな。あの映画でもイーストウッドが留置所に一晩ぶちこまれる。
塩田
『センチメンタル・アドベンチャー』はいいよね。80年代の映画だけど、印象としては70年代を引きずっている。しかし、僕のなかの音楽はほとんど70年代なんだな(苦笑)。だから、今回はそれ以外のところを根岸さんや北原さんに補ってもらったという。しかし最近の音楽映画は全然観ていないな。『ランナウェイズ』(10)は観てる。あ、ランナウェイズも70年代か(笑)。
根岸
カントリーといえば『クレイジー・ハート』(09)も面白かった。一方でグラムロックの『ベルベット・ゴールドマイン』(98)も好きなんだけど。
塩田
あれは僕は乗らないんだよな。同じトッド・ヘインズ監督の『キャロル』(15)は素晴らしかったけど。ガス・ヴァン・サントの『ラストデイズ』(05)も微妙。音楽映画といえるか分からないけど、アレックス・コックスの『シド・アンド・ナンシー』(86)は好きだった。
根岸
洋画の場合、面白い音楽映画の話は尽きません。日本映画でも『くちびるに歌を』(15)という合唱ものはなかなかの拾いものでしたよ。五島列島が舞台で中学校の合唱部のお話、エモい(笑)。くちびるという言葉を使用した音楽映画はたいがい良いと思います、と強引に結論づけて、そろそろ、さよならとしますか。
(2019年6月25日、マッチポイントにて)
(文・構成=野本幸孝)
塩田明彦のおすすめ音楽映画3本
①『ハーダー・ゼイ・カム』(ペリー・ヘンゼル監督、1973年)
②『ドント・ルック・バック』(D・A・ペネベイカー監督、1967年)
③『アンナ・マグダレーナ・バッハの日記』(ジャン=マリー・ストローブ、ダニエル・ユイレ監督、1967-68年)
根岸洋之のおすすめ音楽映画3本
①『キャデラックレコード~音楽でアメリカを変えた人々の物語~』(ダーネル・マーティン監督、2008年)
②『ブロック・パーティー』(ミシェル・ゴンドリー監督、2006年)
③『Empire/エンパイア 成功の代償』(リー・ダニエルズほか監督、2015年~)
塩田明彦
1961年京都府生まれ。99年、監督・脚本作品『月光の囁き』と『どこまでもいこう』(映画美学校製作)が2作品同日劇場公開され、国内外で高い評価を得る。2001年には、清野弥生(映画美学校第1期生)脚本による『害虫』がヴェネチア国際映画祭現代映画コンペティション部門正式出品の後、ナント三大陸映画祭で審査員特別賞、主演女優賞(宮﨑あおい)を受賞。02年放送のハイビジョンドラマ『あした吹く風』でATP賞・優秀作品賞と総務大臣特別賞をダブル受賞、また03年公開の『黄泉がえり』は異例のロングランヒットとなる。05年には『カナリヤ』『この胸いっぱいの愛を』が相次いで公開、07年に公開された『どろろ』は大ヒットを記録した。近作に『抱きしめたい・真実の物語』(14)、『昼も夜も』(14)などがある。『風に濡れた女』(16)ではロカルノ国際映画祭にて若手審査員賞を受賞。著作として、映画美学校での講義を採録した『映画術 その演出はなぜ心をつかむのか』(14/イーストプレス)がある。
根岸洋之
1961年生まれ。早大シネ研で高橋洋や西山洋一と出会い、立教大学で自主映画を撮っていた塩田明彦とも交流をもつ。85年日活撮影所に入社、ドラマ「離婚・恐婚・連婚」(90/森崎東)でプロデューサーデビュー。08年、定井勇二と共にマッチポイントを設立。主な作品に「幽霊の棲む旅館」(92/中田秀夫)、『月光の囁き』(99/塩田明彦)、『害虫』(02/塩田明彦)、『天然コケッコー』(07/山下敦弘)、『婚前特急』(11/前田弘二)、『苦役列車』(12/山下敦弘)、「午前3時の無法地帯」(13/山下敦弘、今泉力哉)がある。『さよならくちびる』(19)は、『のど自慢』(99/井筒和幸)、『リンダ リンダ リンダ』(06/山下敦弘)、『神童』(07/萩生田宏治)、『味園ユニバース』(15/山下敦弘)に続く5本目の音楽映画である。『マイ・バック・ページ』(11/山下敦弘)では音楽プロデューサーも兼務。ディレクター作品に「ニッポン娯楽映画の系譜〜歌と踊りで綴るもうひとつの映画史」(95)、編著に『唄えば天国』(99/メディアファクトリー)があり、『観ずに死ねるか!傑作音楽シネマ88』(16/鉄人社)でも音楽映画について執筆。最新プロデュース作品は山下敦弘、瀬田なつき、片山慎三、沖田修一、4監督によるカラダカルピスメカニズム映画祭の4つの短編。
ストーリー
秦基博、あいみょんの名曲にのせて、未来への希望を描く【青春音楽映画】誕生!
その美しさでひとを夢中にさせるレオと、その才能でひとの心を奪うハル。インディーズシーンで、特別な存在になったデュオ「ハルレオ」。その2人の前に、ローディとしてシマが現れ、予定外の恋心3人の関係はこじらせていく。やがてそれぞれの秘めた想いが明らかとなり、本音でぶつかりあう中で生まれた名曲。
その曲は、3人の未来を突き動かしていく──。
小松奈菜、門脇麦、成田凌という最旬キャスト結集! 監督は海外の映画祭でも高く評価されている、塩田明彦。
秦基博とあいみょんの、心へまっすぐ届く名曲にのせて、自分を表現することの素晴らしさと、前を向いて生きることの大切さを描く、青春音楽ムービー!
監督・脚本・原案:塩田明彦
出演:小松菜奈、門脇麦、成田凌
篠山輝信、松本まりか、新谷ゆづみ、日髙麻鈴、青柳尊哉、松浦祐也、篠原ゆき子、マキタスポーツ
うた:ハルレオ
主題歌・挿入歌「さよならくちびる」(作詞・作曲:秦 基博 Sound Produce by 秦 基博)
挿入歌「誰にだって訳がある」「たちまち嵐」(作詞・作曲:あいみょん)
(ユニバーサルシグマ/UNIVERSAL MUSIC LLC)
日本/2019年/116分/カラー/ビスタ/デジタル/日本語
製作幹事・配給:ギャガ株式会社
制作プロダクション:マッチポイント
©︎2019「さよならくちびる」製作委員会