クレール・ドゥニの新作『ハイ・ライフ』が4月19日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、ユナイテッド・シネマ豊洲ほか全国順次公開される。

まるで『2001年宇宙の旅』(68)の虚空へと投げられた骨片を逆行するかのように、幼子の泣き声によって漆黒の宇宙へと下降していく工具に始まる不穏かつ挑発に満ちたタイトルバック。名作『エイリアン』(79)は、宇宙船という密室の中で「完全なる生命体」とアンドロイドという非人間=エイリアンによって不完全な人間たちが操られ、食い物にされていく恐怖を描いた。それに倣うなら、本作『ハイ・ライフ』は生殖と生存の純粋な欲望を持つ「完全なる生命体」としての役割を担わされた人間たち自身が、エイリアンや魔女へと変貌していく様を描いているともいえるだろう。そしてそのカオスを越えた先に、ドゥニは『ネネットとボニ』(96)のような強靭で揺るぎない愛の普遍を提示してみせる。

SFという枠組みを借りることで、驚くべき極限的なカオスと絶望、そしてそこからの解放と生成を創造したクレール・ドゥニ。
その繊細で毅然とした眼差しに射抜かれながら、今回、14年ぶりに来日した彼女に話を伺った。
彼女の言葉と確信を頼りに、絶望に満ちたこの世界の彼方に誕生する新たなはじまりをぜひ劇場で見届けてほしい。

シネフィルでは今回特集として、クレール・ドゥニ監督へのインタビューと先月3月12日にアンスティチュ・フランセ東京で行われた黒沢清監督との対談を2回にわたって掲載いたします。

©2018 PANDORA FILM - ALCATRAZ FILMS

クレール・ドゥニ監督インタビュー

――今回の新作はまず最初に緑豊かなとてもみずみずしい場面から始まりますが、あれが宇宙船の中だとは思えませんでした。その緑になったカボチャは赤ん坊の食料になり、亡くなった遺体には土がかけられる。それら緑や土とのふれあいが、地球が終焉へと向かっている現代の隠喩になっているようにも感じます。その自然の緑と地球からの映像だけが、乗組員と地球とを繋いでいる。宇宙船と地球の関係を表した映像もまた興味深かったです。

クレール・ドゥニ(以下、ドゥニ) 
長い宇宙の旅のあいだ、あの庭園の中にだけほんの少し土がある。それが唯一、地球や自然に残された緑です。しかし、モニターの映像は宇宙船の中にいる彼らと地球とを繋いでいるわけではありません。あれは宇宙の中で行き場を失ってしまった映像なのです。彼ら乗組員はもう遥か遠くへ行ってしまって太陽系の外へと出てしまい、4、5年、あるいは10年以上宇宙の旅を続けている。そのため、地球と交信をしようとすると何日もかかります。つまり、地球とのコミュニケーションは実質的に不可能なのです。

――確かに、宇宙船からの連絡を受信したというメッセージは出ますが、地球にいる人々が何時それを聞けるかどうかは分かりませんね。また、最後に出てくる成長した娘からは溢れるような強い生命力を感じました。ブラックホールの中へ父親であるロバート・パティンソンと並んで入って行くときには、彼女の放つパワーが任務の成功を想像させるほどです。

ドゥニ 
はい。任務は成功するでしょう。なぜなら、ブラックホールにあるのは死ではなく無限だからです。時間と空間が止まるけれども、それは無限であって永遠です。もちろん、父と娘ですからタブーの可能性がある。しかし、世界に残っているのはあの二人だけです。

――最初、ロバート・パティンソンが赤ん坊に「パパ」と「タブー」という言葉を教えていたので、ああやっぱりと思いました。

ドゥニ
最初の「タブー」とは、もちろん排泄物を食べてはいけないという文字通りのタブーの意味で言っています。実際、宇宙飛行士にとってそれはタブーなんですが、赤ん坊に対して汚いものを食べてはいけないと教えると同時に、彼は自分が父と娘の間のタブーを犯すことが怖いので、自分自身に言い聞かせているという側面もあります。自分が目の前にいる女の子と二人だけしかいないということが分かっていますから。

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――もうひとつ、とても印象的なのはジュリエット・ビノシュの長い髪です。彼女は生殖の実験をしていて、「修道士」と呼ばれている禁欲的なロバート・パティンソンの精子を採取しようとしている。しかしそのためには、いわゆるセクシュアリティーとは異なった、生殖のための性交が介在しなければならない。しかも、彼女自身が身ごもるわけではありません。そのような立場にある彼女の錯綜した感情のコンプレックスも心に残ります。

ドゥニ 
彼女は地球を出発してから一度も髪を切らないことにしたのです。宇宙物理学者のスティーヴン・ホーキング博士は、遠く宇宙まで旅をするとき、人間の生命はあまりにも短いので、おそらく地球に戻ることはできない、だから宇宙空間での生殖を考えるべきだと言っています。しかし、宇宙で子どもをつくることはとても難しいことです。ジュリエット・ビノシュ演じるディブス博士もまた犯罪者であって、夫や子どもを殺していますけれども、宇宙で少なくともひとりは子どもを生むという自らの任務に取り憑かれています。ロバート・パティンソン演じるモンテは精子を提供をしますが、ビノシュが彼と性的な関係を結ぶのは彼の精子を「盗む」ためです。

――本作での精子もそうですが、『侵入者』(05)をはじめ、クレール監督の作品では侵入してきた「異物」に対して、融合よりも対立が緊張感をもって描かれていると思います。その点についてお聞かせいただけますか。

ドゥニ 
宇宙船の中で必要なものは「循環」していますよね。循環するものは液体であり血です。精液=精子もそうですが、それは自然において、すでにある種の異なった「からだ」、異物だといえます。その精子=異物が母体の中に入って、そこで卵子と出会う。それは世界のはじまりのようなものであり、すでに「宇宙」だといえるのです。

――また、本作や『バスターズ―悪い奴ほどよく眠る―』(13)のヴァンサン・ランドンやローラ・クレトンなど、クレール監督の映画作品ではいつも俳優の背中がとても印象的です。監督ご自身に背中に対するこだわりや思いがあるのでしょうか。

ドゥニ 
今回の『ハイ・ライフ』でのロバート・パティンソンの背中はいかがでしたか?

――素晴らしかったです。それとジュリエット・ビノシュ!

ドゥニ
映画のなかではつねに誰かといる必要があります。誰かとともになる一番良いやり方は、後ろからついていくことです。正面から登場人物を撮ったとすれば、その人物の顔や身体を観客に提供することになってしまいます。後ろから撮ると、それはあたかも映画が前に向かって進んでいるようになります。

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――背中と同じように、クレール監督の作品では俳優の肌の色もとても印象的です。肌の色を見た瞬間に、登場人物のバックグラウンドが見えて、想像できるような映像です。人物の肌を映し出すクローズアップの秘訣のようなものはあるのでしょうか。

ドゥニ 
いえ、秘訣はありません。私は自分の感情で仕事をしています。逆に何らかの秘訣があると、かえって自分が感じることを妨げられてしまうのです。今回の撮影監督であるヨリック・ルソーとは初めて仕事をしましたが、私は自分が持っている感情を彼と共有しようとしました。クローズアップは特別な瞬間です。それは俳優や女優が私たちを受け入れてくれる瞬間、私たちが近づくことを許してくれる瞬間、信頼の瞬間だからです。

――新作では俳優たちのバックグラウンドをあまり描いてはいないのですが、皆それぞれ背負ってきたストーリーを感じさせるように、とてもうまく構成されています。俳優もそれぞれお互いが背負った罪を体現していました。先ほどの肌の色に関する指摘にも繋がりますが、いったいどのように演出すればあのようにできるのでしょうか。

ドゥニ 
演出が成功するかしないのかは、なかなか分からないものです。俳優たちは全員が毎日撮影現場にいるわけではありません。ですから、グループをつくりだすのはなかなか難しいのです。このグループが機能する確信を得るために、撮影の前に長い期間リハーサルを行いました。ケルンの欧州連合(EU)の欧州宇宙センターに行き、そこで我々全員が訓練を受けたのです。ですから、セットに入り撮影を始めた瞬間には、すでにグループとして訓練を受けていた時間が蓄積されていました。宇宙ステーションの模型の中で、実際の宇宙飛行士が受ける訓練を受け、無重力状態を作り出す機械で訓練をしました。俳優たちの背後には、このようにグループで訓練をした時間があったのです。どのように演出したのかを説明することはできません。ただ、演出とはとても好きな俳優といるときにするものだと申し上げたいと思います。また、俳優が演出を助けてくれます。俳優は映画のこと、そして自分自身が演じる人物を本当によく理解しているからです。

――音楽も素敵でした。作曲家とは綿密に相談されるのでしょうか。

ドゥニ 
今回はティンダースティックスのスチュアートA・ステイプルズが全体のサウンドデザインを手がけています。4月のアメリカでの劇場公開に合わせて、サウンドトラックも発売されることになっています。スチュアートとはもう20年前からともに仕事をしている仲ですが、毎回撮影前から作品について話を重ねながら音楽を作り上げています。

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――今回のミア・ゴスやジェシー・ロス同様、クレール監督の映画では若者がとても印象的です。それもいつも美しく反抗的な若者だという印象を受けます。以前はグレゴワール・ゴランがその役割を担っていたと思うのですが、どのように若者をキャスティングするのでしょうか。

ドゥニ 
自分が好きなひとを選んでいます(笑)。

――最後の質問です。クレール監督の作品はフランス映画というよりも、互いにそれぞれまったく異なる映画を撮ってはいますが、むしろジム・ジャームッシュやシャルナス・バルタス、レオス・カラックスとの同時代性を感じます。カラックス作品に出演しているドニ・ラヴァンやエリーズ・ロモー、そしてジュリエット・ビノシュらはクレール監督の作品の出演者でもあります。彼らとはどのような関係なのでしょうか。

ドゥニ 
みな私の友人たちです。例えば、『ホーリー・モーターズ』(12)をつくったとき、カラックスはスチュワーデス役で歌を歌うのはジュリエットにしたかったのですが、彼女には別のプロジェクトがあったため出演できませんでした。そこで、私が友人であるカイリー・ミノーグを彼に紹介したのです。結果としてとてもうまくいきました。また、逆に私が『パリ、18区、夜。』(94)を撮っていたときに、シャルナス・バルタスの妻であるカテリーナ・ゴルベワが出演していたのですが、その撮影現場にカラックスが来て彼女のことを気に入り、それが『ポーラX』(99)へと繋がっていったということがあります。

(聞き手=羽田野直子・宮代大嗣)

(文・構成=野本幸孝)

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クレール・ドゥニ監督最新作 『ハイ・ライフ』予告

クレール・ドゥニ監督最新作 SFスリラー『ハイ・ライフ』

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≪STORY≫
太陽系をはるかに超え宇宙を突き進む一隻の宇宙船「7」。その船内で、モンテ(ロバート・パティンソン)は生まれたばかりの娘ウィローと暮らしている―。宇宙船の乗組員は、9人全員が死刑や終身刑の重犯罪人たち。モンテたちは刑の免除と引き換えに、美しき科学者・ディブス医師(ジュリエット・ビノシュ)が指揮する“人間の性”にまつわる秘密の実験に参加したのだった。だが、地球を離れて3年以上、究極の密室で終わり無き旅路を続ける彼らの精神は、限界に達しようとしていた。
そんな中、彼らの最終目的地「ブラックホール」が目前に迫っていたー。

監督・脚本:クレール・ドゥニ(『ショコラ』『パリ、18区、夜。』)
共同脚本:ジャン=ポール・ファルジョー(『ポーラX』)

出演:ロバート・パティンソン(『トワイライト』)、ジュリエット・ビノシュ(『アクトレス~女たちの舞台~』)、ミア・ゴス(『サスペリア』)、アンドレ・ベンジャミン(『JIMI:栄光への軌跡』) ほか

2018年/ドイツ、フランス、イギリス、ポーランド、アメリカ合作/
英語/ 113分/カラー/ 5.1ch / PG-12 /原題:High Life /日本語字幕:岩辺いずみ/
配給:トランスフォーマー  
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4月19日(金)
ヒューマントラストシネマ渋谷、ユナイテッド・シネマ豊洲ほか全国順次公開