最初で最後となった長編映画監督デビュー作がまぎれもない21世紀の傑作となった29歳のフー・ボー監督とは?

現在、開催中の第19回東京フィルメックスのコンペティション部門にて、11月18日(日)に正式上映された中国映画「象は静かに座っている」。

舞台は中国、河北の小さな町、下層社会でもがきながら生きる4人の登場人物たちの1日を4時間弱の長尺で描いた意欲作。

中国では未公開作品だが、本年度ベルリン国際映画祭・フォーラム部門、批評家連盟賞受賞、香港映画祭観客賞受賞に続き、16日に台湾で行われた第55回金馬奨で最優秀長編作品賞と脚色賞を受賞した。

遡ること2017年10月12日、本作のクリエイターである監督フー・ボーは、自ら命を絶った。

監督不在のまま、映画は、日を追うごとに世界的な評価に包まれていっている。

friDay影音|2018金馬獎 最佳劇情長片《大象席地而坐》

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16日の第55回金馬奨受賞式の模様

「象は静かに座っている」受賞の瞬間からキャストたちの登壇シーン、トロフィーを授かり、一言コメントしているのは監督フー・ボーの母親、栄えある壇上でプレゼンターの世界的な名匠アン・リー監督の痛ましそうな面持ちにいかに大事な才能を失ってしまったのかというやりきれない喪失感が伝わってくる。

監督フー・ボーとは?

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映画制作をするために北京電影学院で学び、その後、短編映画「Distant Father」はシドニーの金のコアラ中国映画祭で最優秀監督賞受賞、また短編映画「夜奔(Night Runnner)」は台北金馬翔映画アカデミーに選ばれた。映画監督としての活動以外に小説を2作発表している。尊敬する映画監督は、アンドレイ・タルコフスキー、タル・ベーラ。

中国西寧のFIRST映画祭の企画マーケットに製作途中の「象は静かに座っている」で参加、翌年の同映画祭主催のトレーニングキャンプに参加、タル・ベーラ指導のもと、短編映画「井里的人」を監督、同年、フー・ボー監督が書いた短編小説を自ら脚色し製作した4時間尺の「象は静かに座っている」を一年かけて仕上げた後、自室がある高層アパートの外階段で首を吊って自死を遂げた。享年29歳だった。

諸説ある自殺の原因は本作の製作元の映画監督であり製作者の王小帥夫妻との製作上の意見の相違と云われている。王小帥監督といえば、2001年第51回ベルリン国際映画祭で監督作「北京の自転車」が銀熊賞を受賞している。庶民的な視点が持ち味と云われる中国第6世代の監督。

フー・ボー監督(画面中央)と王小帥プロデューサー(画面右)

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初の長編映画製作に自分の思いの限りを注ぎ込んだ映画青年

元々は石炭の首都として賑わい、今はグレーのスモッグで空気はただれ、ゴミ溜めのような崩壊した町を舞台に痛手を負い絶望に打ちひしがれた4人の登場人物のそれぞれの一日を追い続け、次第にクロスしてゆく。そしてその場から逃げるように一日中座り続けている象がいるという満州里へと皆、希望というよりも同じグレーの象が象徴するように何も変わらないのであろう諦念感をもって向かうというなんとも重々しい4時間もの大作となった本作。

映画的強度を生み出す映像言語

撮影期間は30日間だったところを25日間に減らされた。フー・ボーが好んだスモッグで汚れたグレーにくすんだ空気感を映すため朝と午後遅めの時間帯を狙って撮影を進めていった。時間的制約からもワンシーン・ワンカットの長回し撮影は必須だった。

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4人は時間経過と共に町の中を移動し続ける姿を追い続ける。後ろ姿を追うのも本作ではアイコン・ショットのようなもの。後ろから追いかけて追い抜き、タメを作る非常にシンボリックなショットも印象に残る。

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会話シーンは、コミュニケーションを嫌う者独特の目線にも似たフラつく不安定な手持ち撮影となり、しかも極端な後ろ大ボケとなるラック・フォーカスを多用する。メイン・キャラクター自身がコミュニケーションを遮断、もしくは全く聞いていない、まるでバリアでも張っているが如くに。

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話の途中まではメイン・キャラクターたちは他の登場人物たちと同様の印象が続く、主人公としての際立ったものが何もない停滞した状態でもがいている。中盤以降、メインのプレイヤーとして金属バットやキューを手にしたタイミングくらいが合図だったかのようにそれぞれの神話が回り始める。

仇花、2時間バージョンの存在

製作者の王小帥夫妻から2時間尺にしろという指示の下、さらに一か月かけて、2時間尺に編集したところ、クローズアップ時の間、沈黙もなくなり、長回しは大幅にカットされ、本作の特筆すべき映像言語であるカメラワークによる世界観がなし崩しにされ、4人の一日を描くという時系列の編集も飛び飛びで成立しなくなってしまった。

その後、台湾の有力な映画人による助言もあり、フー・ボーは4時間バージョンをあきらめずに交渉しつづけるが、事態は好転するどころか損害賠償請求書と雇用契約解任書までフー・ボーの元へと送り付けられることになる。

自死することでしか、本作品を世に送り出すことができなかったのか?

もしそうなのだとしたのなら、あまりにも悲劇的すぎる。

ベルリン国際映画祭での上映時には、著作権者の名の中にフー・ボーの母親の名が記されていたとのことで一部の権利は家族の元に行ったことで少しはフー・ボーが傾けたその新しい映画言語を作るという執念にも似た情熱は報われるのではないのだろうか。

そして、本作「象は静かに座っている」が遺したものが次世代へと受け継がれてゆくことを心から願いたい。

フー・ボー監督

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監督フー・ボーからのメッセージ

世界の美しさには秘密が隠されている。究極的には一輪の花の幻影を得るために多くの生物の血が流されているのかもしれないのだ。些細な物事にも信念を持つことが困難になってきており、失望感を抱かざるを得ないのが現代社会の特質となってきている。

象は静かに座っている 予告

AN ELEPHANT SITTING STILL Trailer | TIFF 2018

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[STORY]
中国北部の地方都市に暮らす4人の登場人物たちの1日を4時間弱の長尺で描き、世界を驚かせた作品。ベルリン映画祭フォーラム部門で上映されて国際批評家連盟賞を受賞したが、監督のフー・ボーは本作を撮り終えた後に自ら命を絶った。
監督・脚本・編集:フー・ボー
撮影:ファン・チャオ
音楽:ホァ・ルン
出演:チャン・ユー、ポン・ユーチャン、ワン・ユーウェン、リー・ツォンシー
製作国:中国
日本公開未定

第19回東京フィルメックス 2018年11月17日(土)‐25日(日)有楽町マリオン 有楽町朝日ホール