10回「京都ヒストリカ国際映画祭」オープニング
『恋や恋なすな恋』デジタルリマスター版ジャパンプレミア
中村扇雀トークショー!

歴史をテーマにした世界で唯一の国際映画祭、第10回京都ヒストリカ国際映画祭がいよいよ開幕!

10月27日(土)、京都文化博物館において『恋や恋なすな恋』[4Kデジタル復元版]の上映後、オープニングセレモニーと、歌舞伎俳優の中村扇雀さんのトークショーが行われました。

『恋や恋なすな恋』は、1962(昭和37)年公開の内田吐夢監督作品。
このたび4Kデジタルリマスターされ、ヴェネチア国際映画祭のワールドプレミアにて上映されました。今回、華麗に蘇った[4Kデジタル復元版]は日本初上映。

『恋や恋なすな恋』
©1962 TOEI COMPANY, LTD.

浄瑠璃・歌舞伎の名作『蘆屋道満大内鑑』と歌舞伎舞踊『保名狂乱』を題材にして、歌舞伎出身の大川橋蔵が安倍保名を演じています。安倍晴明の母ともされる『葛の葉狐』と言えば、物語を思い出される方も多いのでは。こんぴら歌舞伎や大阪松竹座、平成中村座で作品のヒロイン・葛の葉役を演じている中村扇雀さんが、この作品に対する思いを存分に語ってくださいました。

京都ヒストリカ国際映画祭 リポート

歌舞伎を題材にした、内田吐夢監督の傑作がデジタルリマスターで復活。

中村扇雀) 今日、こんな紋付袴姿なのは、『南座発祥400年南座新開場祇園お練り』だったからです。歌舞伎役者70名くらいで、南座前から八坂神社までの四条通を歩いてまいりました。来月は浅草で、十八世中村勘三郎7回忌追善『平成中村座』に出演しますので、私が南座に登場するのは12月までお預けなんですが。内田監督の映画にもなった『恋飛脚大和往来』で父・藤十郎の忠兵衛と梅川役で共演します。

中央 中村扇雀さん 左 聞き手 飯星景子さん

飯星景子) 『恋や恋なすな恋』をご覧になっていかがでしたか?

中村扇雀) 拝見して、歌舞伎独特の表現に目をつけた内田吐夢監督の素晴らしさを感じましたね。私も『保名狂乱』を踊ってみたいなと。まだ踊ったことがないんですよ。

飯星景子) 内田監督は古典芸能を題材に4部作を撮っています。近松門左衛門の浄瑠璃『丹波与作待夜の小室節』、重の井子別れを原作にした『暴れん坊街道』(1957)。『恋飛脚大和往来』を原作にした『浪花の恋の物語』(1959)。歌舞伎の『籠釣瓶花街酔醒』を原作にした『妖刀物語花の吉原百人斬り』(1960)。そして本作『恋や恋なすな恋』。

中村扇雀) すごいタイトルが多いですね。百人は斬らないと思いますが。(笑)
『恋や恋なすな恋』のタイトルも最初、何これ?と思いましたが、飯星さんに教えてもらったら、『保名狂乱』の清元の冒頭の歌詞なんですね。

亡くなった先代の七代目中村芝翫さんが、新橋演舞場で『保名』を踊っておられた時、中村勘三郎さんが舞台の袖に、釣り用の小さな椅子を置いて上演期間の25日間、毎日踊りを見ておりました。「ヒロ(扇雀さんの本名から)、お前も見ろよ。これは素晴らしい」って。私も20日間見ましたね。私がいつか『保名』を踊る時は、大川橋蔵さんの踊りにプラスアルファして、芝翫さんのイメージで踊らせていただくことでしょう。

飯星景子) 私も七代目中村芝翫さんの『保名』を拝見したことがあります。

中村扇雀) 芝翫さんは女形を中心に活躍されていましたが、『保名』独特の切なさや色気は、立役だけではなく、女形を体で覚えている役者の方が、あの世界にすっと入れるのかもしれません。

『恋や恋なすな恋』
©1962 TOEI COMPANY, LTD.

大川橋蔵をはじめ、歌舞伎界からのスターが映画界で活躍した時代。

飯星景子) 主演の大川橋蔵さんは、歌舞伎と映画両方のつながりがあります。娯楽時代劇で人気を博した大川橋蔵さんが、演技力を発揮するような文芸大作映画を撮ることはできないかというのが元々の企画が東映に持ちかけられ、内田監督が手がけたそうです。

中村扇雀) 大川橋蔵さんは六代目尾上菊五郎さんの薫陶を受けています。『保名』は六代目尾上菊五郎さんが今の形の演出を作りました。彼は『藤娘』の演出も手がけていまして、僕たちがチョンパと呼んでいる、拍子木がチョーンと鳴るとパッと舞台が明るくなる演出も、電気がない昔にはできなかった演出ですが、今踊る人は十割この演出ですから。元々歌舞伎界におられた大川橋蔵さんが、ああやってスクリーンで『保名』の舞踊を残すことに感慨があります。歌舞伎界から映画の世界に移られても、ご本人が歌舞伎との縁を切りたくはなかったんでしょうね。

飯星景子) 中村錦之介、市川雷蔵、大川橋蔵と、ちょうど同じ頃に映画界で活躍した歌舞伎役者は多いですよね。

中村扇雀) 市川とか片岡とか苗字についていたら、歌舞伎出身だったりしますね。当時の歌舞伎界は役者の家に生まれた御曹司とかじゃないとなかなか役がつかなかったので、映画界に挑戦する歌舞伎役者も多かったんです。私の祖父である二代目中村鴈治郎も、一度は歌舞伎界を引退して映画に出演していました。また、うちの父が主演した『女殺し油地獄』も素晴らしくて、このまま父が映画界に行ったらすごいことになっていたと思います。私の身内褒めですが。(笑)

飯星景子) ぜひ京都ヒストリカ国際映画祭でデジタルリマスター版の上映を。(笑)

中村扇雀) 二代目中村鴈治郎が十代の頃、関西で青年歌舞伎の座頭をやっておりました。その時、若き長谷川一夫さん、市川右太衛門さん、嵐寛寿郎さんが共演していたそうなんです。腰元その一、その二みたいな役だったのですが。将来大スターになるのも知らないで。市川右太衛門の腰元なんて、ちょっと想像つかない。京都文化博物館にも近い京極の舞台でも、一座として共演していたそうです。

二代目中村鴈治郎が初代中村鴈治郎の当たり役を演じる時、自分の演出でやっていたのですが、自分の父親である初代が見に来る日だけ、父親の形で上演した。すると終わったら楽屋に父親が怒鳴り込んで来て「わての真似してどないしますねん。勉強してない」と。これは文化の違いなんですが、東京の江戸歌舞伎だと、先代の真似をすると褒められるんですが、関西は真似をすると工夫してないと怒られるんですよ。だから親父は私に教えません。

飯星景子) えっ、でも最初に演じる時はどうするんですか。

中村扇雀) とりあえず真似しますよ。完コピやってから、自分で工夫します。

中央 中村扇雀さん 左 聞き手 飯星景子さん

歌舞伎・浄瑠璃・アニメなどの演出を盛り込んだ内田吐夢作品の魅力。

飯星景子) 『恋や恋なすな恋』に話を戻すと、内田吐夢監督の工夫というか、そもそも視点、描き方がユニークですね。『宮本武蔵』の一作目と二作目の間に撮っていまして、『宮本武蔵』に比べると地味に見えますが、様々な趣向が凝らされています。この映画のアニメパートは、東映動画で日本のアニメ創世記に重要な役割を果たした森康二氏が手がけています。内田監督はアニメで『竹取物語』を作りたいと言う企画があり、その時のディスカッションからこのシーンが生まれたんじゃないかと、プロデューサーであり脚本家でもあった鈴木尚之氏が書いています。

中村扇雀) アニメーションは奇抜じゃなく、映画に溶け込んでいますよね。私はとても映画が好きで、ものすごい本数を見ているのですが、この台詞を言いたいためにこの映画を作ったんだな、という場所を役者として探して見ているんですよ。このシーンのために2時間があるんだなという。内田監督がこの映画で大川橋蔵の保名をイメージして、保名がどういう人物かということを、内田監督はこの映画には散りばめていますね。

飯星景子) 歌舞伎で葛の葉を演じた時の話をお聞かせください。

中村扇雀) 歌舞伎で『蘆屋道満大内鑑』を演じる時は、子別れの段である第四段だけの上演が多く、通しでやることは滅多にありません。『蘆屋道満大内鑑』と言いながら、蘆屋道満出て来ませんから。『恋や恋なすな恋』を拝見するまで、葛の葉にお姉さんがいるなんて知らなかった。宮中の闘争とか、様々な背景が描かれています。

飯星景子) アニメーションがあったり、『保名』清元、狐が出てきたり廻り舞台を使うところは、歌舞伎の演出ですね。

中村扇雀) 義太夫も当時の文楽の方で、素晴らしい。内田監督は入れたいことを全部この映画に使っていて、普通は1つか2つで我慢するんですが、てんこ盛り。あれを外してはダメだと。私は内田吐夢監督と言えば『飢餓海峡』のイメージが強かったんですが、今回いい出会いをさせてもらいましたね。

『恋や恋なすな恋』
©1962 TOEI COMPANY, LTD.

映画に出会うことで、新たな表現やリアリティを感じる面白さ。

中村扇雀) 歌舞伎に長谷川一夫さん主演で映画化もされている『藤十郎の恋』と言う演目があります。芸道のために和事の名優坂田藤十郎が、自分のファンである人妻お梶に芝居の恋を仕掛ける、今で言うクズのような男の話です。本当はその中に違うものがあるのですが。私は歌舞伎で2回演じており、1回目は映画のことを知らなかったのですが、2回目に映画を見て、鳥肌が立ちましたね。素晴らしい。そこで松竹衣装にお願いして、映画と同じ衣装を作ってもらうところから始めて。お梶が死んでも「俺は役者だ」と舞台に出て行くところとか、かなり真似しましたね。映画からフィードバックすることは他にもあり、歌舞伎役者に足りないリアリティを参考にしています。若い歌舞伎役者たちにももっと映画を見て欲しいですね。

中村扇雀さん

飯星景子) 『恋や恋なすな恋』、そして歌舞伎『蘆屋道満大内鑑』でも、障子に別れの和歌「恋しくばたずね来てみよ和泉なる信太の森のうらみ葛の葉」と書く「曲書き」が見せ場になっていますね。

中村扇雀) 普通、毛筆で字を書く時は机の上で書きますが、立って障子に書くと墨が流れるんですね。でも流れない濃さにすると字がかすれてしまう。東京の新大久保にあるお店で紙と墨汁と松ヤニを買い、自分で垂れなくて濃い墨汁を作るんです。歌舞伎の場合、最初は左手で子供を抱いて、右手で「恋しくばたずね来てみよ和泉なる」と書くんですが、赤ちゃんが泣くので左で「信太の森の」と逆向きに書き、最後は口に筆をくわえて「うらみ葛の葉」と書くんです。嵯峨三智子さんは最初から口で筆をくわえて書いていましたね。あれ、僕できません。(笑)
歌舞伎は25日間上演しますから、書いた字は差し上げたりするんですが、上手にできなかったら大道具さんに「捨てて」ってお願いします。

飯星景子) 嵯峨三智子さんが演じる葛の葉についてはどう思われましたか。

中村扇雀) 美しいって武器ですね…。僕は嵯峨さんのお母さんの山田五十鈴さんと舞台をご一緒していて、よく飲みに連れてってもらっていたんですが。僕が舞台で娘役をやっているから「お嬢ちゃん」って言われてました。嵯峨三智子さんは、山田五十鈴さんになりたかったんでしょうね。新派の女優で、三味線も踊りも全部できて。山田のママご本人を通して、僕はそんな風に思っていました。

飯星景子) 第10回京都ヒストリカ国際映画祭では、今回の『恋や恋なすな恋』に続き、ヒストリカ・フォーカスとして『血槍富士』『妖刀物語花の吉原百人斬り』、サイレント時代の『汗』『警察官』と、内田吐夢監督作品を5本上映します。また、18歳の山田五十鈴が出演している溝口健二サイレント期の傑作『折鶴お千』をデジタルリマスターで甦らせました。ぜひ、この機会にご覧いただきたいと思います。

中村扇雀) 本日は呼んでいただいてありがとうございました。

中村扇雀さん

-------------------------------------------------------------

『恋や恋なすな恋』THE MAD FOX 予告編

『恋や恋なすな恋』THE MAD FOX 予告編

youtu.be

あらすじ
朱雀帝の御世、陰陽師の跡目争いで敗れた安倍保名(大川橋蔵)は愛する人を失い旅に出る。巡りあった葛の葉(嵯峨三智子)は、失くした恋人に瓜二つだった。悲劇はさらに保名をとらえ、葛の葉もまた、保名から離れない…。

監 督 |内田吐夢
出 演 |大川橋蔵、嵯峨三智子
制作国 | 日本
制作年1962 時間 109min

主催:京都ヒストリカ国際映画祭実行委員会
(京都府、京都文化博物館、東映株式会社京都撮影所、株式会社松竹撮影所、株式会社東映京都スタジオ、巌本金属株式会社、株式会社ディレクターズ・ユニブ、立命館大学)
共催:KYOTO CMEX実行委員会
協賛:株式会社テスパック/三井ガーデンホテル京都四条/TSUKUMO
協力:京都クロスメディア推進戦略拠点/ヴェネチア国際映画祭/イタリア文化会館‐大阪/国際交流基金京都支部/国立映画アーカイブ/KYOTO V-REX実行委員会/出町座/とよす
後援:一般社団法人日本映画製作者連盟/一般社団法人外国映画輸入配給協会/一般社団法人日本映画テレビ技術協会
助成:芸術文化振興基金

京都ヒストリカ国際映画祭詳細は、下記公式ページにてお確かめください。