‘Like a Rolling Stone’
You used to ride on the chrome horse with your diplomat
Who carried on his shoulder a Siamese cat
Ain't it hard when you discovered that
He really wasn't where it's at
After he took from you everything he could steal.
How does it feel
How does it feel
To be on your own
With no direction home
Like a complete unknown
Like a rolling stone?

よく口の達者な奴とクロムメッキの馬(バイク)に乗っていたね
肩にシャム猫を乗せていたあいつさ
すべてに気づいたとき、辛くはなかったかい
そいつは良い人でも何でもなく
君からすべてを奪い取っていったのだから
どんな気分だい?
どんな気分だい?
たったひとりで
帰る家もなく
誰にも見向きもされずに
転がる石のようになって

(ボブ・ディラン「ライク・ア・ローリング・ストーン」抜粋)

まもなく40歳を迎えようとしているひとりの中年男が、馬車馬のようにひたすらパリの街中をあてどなく彷徨い歩く。男の名はピエール。彼は資産家である叔母の遺産が相続されないことを知り、無一文で宿を夜逃げしたまま失踪中の身だ。折しも時はヴァカンスシーズン。友人たちはパリを離れ、長い休日を満喫したり、出張に出かけたりして連絡がつかない。カフェやポン・ヌフ橋で夜を明かし、膝に魚缶の油じみをつけ、底の抜けた靴を履いた満身創痍の身なりでなお、ピエールは何かに憑かれたようにただ歩き続ける。やがて、浮浪者の引く乳母車のなかへとその身を納めた彼は、石畳みの街に我が身の不運を呪詛するに至る。「この汚らわしいパリ、汚らわしい石(=フランス語で「ピエール」の意)め」と。

39歳だったエリック・ロメールが監督した長編第1作『獅子座』(1959)。初公開時には黙殺されたが、やがてヌーヴェル・ヴァーグを代表する一本として名を残すことになるこの作品は、ひとりの男を狂言回しに1959年夏のパリを捉えた記録映画であり、獅子座の支配のもとで執り行われる簡潔で残酷な歩行=運命の映画だといえる。それからほぼ半世紀後、フランスの若手監督レオノール・セライユもまた、長編デビュー作である『若い女』において、31歳の女性主人公ポーラ(レティシア・ドッシュ)にパリの街を彷徨い歩かせる。

©2017 Blue Monday Productions

写真家である年上の恋人と破局したポーラ。メキシコで10年の蜜月を過ごした後、ひとりパリへと放り出された彼女には家も仕事もなく、居候を決め込んだ友人宅からも追い出される始末。母親とも疎遠で、頼れる者は誰ひとりいない。腹いせに盗んだ恋人の飼い猫とともに安宿を転々とする彼女もまた、無一文で孤立無援の境遇にある。しかし「偽りの友情」を利用して頑として働こうとはしないピエールに対し、ポーラは年齢や身分を偽って職にありつき、飄然と衣食住をまかなう。ロメールの冷然な眼差しは、金銭と名ばかりの友情に依存し、人生を左右される中年男の軽薄さを浮き立たせ、一心不乱に歩く彼の卑小な姿はより大きな運命の差配を感じさせる。だが、セライユはそのような諦めや達観に身を置くことなく、あくまで「動物が人間に変態するさまのよう」な、刻一刻と変化するレティシア・ドッシュの一挙手一投足を細やかにすくい上げ、大胆な省略がもたらす空白によって彼女の内へと私たちを導き入れる。

©2017 Blue Monday Productions

ともに自由の身でありながら、ピエールが金銭や友情という幻影=運命に囚われたまま翻弄される一方で、ポーラは「若い女」というかつての幻影=被写体から解き放たれ、新たな生を確立していく。劇中でポーラがダグラス・サーク監督の『悲しみは空の彼方に』(1959)を見ている場面がある。「Imitation of life」という原題をもつこの映画には、黒人である母親から逃れようとする混血児の娘と、女優人生に身を捧げるあまり、娘との関係が破綻している二組の母娘が描かれている。幻影=イミテーションとしての人生。小学校時代の同級生と勘違いしてポーラを居候させるユキの思い込み。一人娘へのシングルマザーの不安を裏返しにした頑なさ。あるいは、ショッピングモールの下着売り場にアルバイトの職を得たポーラの黒人警備員ウスマン(スレイマン・セイ・ンディアイ)に対する偏見。誰もがそれぞれの幻影を内に抱えて生きている。だが、「自由なんてバカどもに食わせろ」と叫び、人々と貪欲に交わるポーラは、他人と距離を置くことが尊重することであるかのように自由を気取る私たちの幻影の扉を破り、踏み込んで回る。厄介ながらも爽快で、小動物のように本源的な生の力に満ちているその姿は、同じ境遇にありながら、誰にも話しかけず、ただ黙々とパリの街を彷徨い続けるピエールとは、実は極めて対照的だといえる。

©2017 Blue Monday Productions

ベトナム戦争が泥沼化し公民権運動が高まりを見せる1960年代初頭のアメリカで、「プロテスト・フォークの旗手」と謳われ、反抗する若い世代の代弁者的存在となっていたボブ・ディラン。1966年に発売された『ブロンド・オン・ブロンド』をあいだに挟み、「フォーク・シンガー」からエレクトリックな「ロック・シンガー」へと独自の道を歩みつつあったディランは、フォークスタイルを求める従来のファンから轟々の非難を浴びながらワールド・ツアーを行なっていた。「それは観客とバンドとの戦争のようだった」といわれたマンチェスターのフリー・トレード・センターでの伝説的なライヴ。終盤、「JUDAS(ユダ=裏切り者)!」という罵声と怒号が飛び交う異様な雰囲気のなかで、ディランは「ライク・ア・ローリングストーン」を演奏し始める。かつて上流社会の高嶺の花として輝いていた「ミス・ロンリー」の転落を「どんな気分だい?」と問うディラン。その歌声は地鳴りと雷鳴のようなリズムとエレキ・ギターの轟きのなかを切り裂き、響く。しかし、その声は彼を忌み嫌う観客へと向けられている以上に、フォーク・シンガーというかつての幻影から解放され、新たな地平を転がるディラン本人へと向けられてはいなかったか。

©2017 Blue Monday Productions

ラスト近く、産婦人科医に「話せる人はいる?」と訊かれたポーラは決然と答える。「話せる人はたくさんいます。今も、こうしてあなたと話しています」と。今なお歌い続けるディランのように、背負わされた幻影を捨て、今この瞬間に鳴り響く音楽と躍動するリズムのなかに生きること。自閉した幻影のなかで安楽に耽る人々がいる一方で、その幻影に苛まれ、苦しむ人々がいる。人と人が出会う場や境界に自らを置くことは、ときに痛みや苦しみをともなう。だが、自由とは何よりも「自分」という幻影に囚われないことだ。自分のなかに「本当のわたし」などいない。いつだって「わたし」は目の前にいるあなたとのあいだにいるのだから。窓からパリの街を見下ろすポーラの瞳は、これから何を映し出すのだろう。

©2017 Blue Monday Productions

レオノール・セライユ『若い女』予告編

映画『若い女』予告編

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【ストーリー】

ポーラ、31 歳。恋人は去り、額の傷と白い猫だけが残った。

フランス、パリ。31歳のポーラは、10年付き合った年の離れた恋人に突然捨てられる。お金も、家も、仕事もないポーラは途方に暮れ、苦しまぎれに恋人の飼い猫ムチャチャを盗む。
猫を連れてきたことで、居候先の友人宅からも、安宿からも追い出され、実家に戻ろうとするも、疎遠だった母親からは拒絶されてしまう。パリにはポーラの居場所などなかったのだ。なんとか住み込みのベビーシッターのバイトを見つけ、ショッピングモールの下着屋でも働き始める。ようやく自分の居場所を見つけたかに思えたが......。

監督・脚本:レオノール・セライユ
出演:レティシア・ドッシュ、グレゴワール・モンサンジョン、スレイマン・セイ・ンディアイ、ナタリー・リシャール
2017年/フランス/フランス語/97分/カラー/1:1.66/5.1ch/
原題:Jeune Femme/英題:Montparnasse Bienvenüe/日本語字幕:手束紀子
サウンドトラック:(株)ワーナーミュージック・ジャパン
配給・宣伝:サンリス
©2017 Blue Monday Productions

8月25日(土)より 渋谷ユーロスペースほか全国順次ロードショー