北島博士のおもしろ映画講座 第38回　「ラブレス」--なんと悲痛な響きの言葉だろうーこの映画ほど痛烈な衝撃を見る者に与える映画はそうないだろう

「ラブレス」--なんと悲痛な響きの言葉だろう。その言葉を題名としたこのロシア映画ほど、痛烈な衝撃を見る者に与える映画はそうないだろう。

両親が口論しているのを別室にいる12歳の息子が耳をふさいでいる光景を見ると、深い悲しみにおそわれずにはおかない。だが、映画はそんな観客の感傷に訴えることより、淡々と両親の不和、少年の日常を描くことでより強い印象を与えることに成功している。

　監督は、放蕩親父が帰ってきたことから起きる波紋を甘さを排して描ききった「父、帰る」、社会の底辺に押し込められた貧しい人が不当な扱いをされるという「裁かれるは善人のみ」のアンドレイ・ズビャギンツェフ。
この二作同様に、両親の生活を丹念に描写し、新生ロシアの社会状況を織り込んで、人の心の移ろいやすさ、もろさ、残酷さを浮き彫りにした作品になっている。

　父ボリス、母ジェーニャはすでに別居し、互いに新しい相手と付き合っていて、息子アレクセイの世話を相手に押し付けようとしている。ボリスの上司はがちがちのキリスト教徒で、離婚した社員は首になるかもしれず、離婚を秘密にしている同僚もいるらしい。恋人はボリスの子供を身ごもっており、離婚を会社に知られないようにするにはどうしたらいいかと悩むボリス。美容院を営むジェーニャは知的で裕福な男性と半同棲状態にある。二日も登校してないと学校からジェーニャに連絡があって、初めてアレクセイがいないことが判明する。

　警察に届けるが、「一日ぐらいでは迷子でしょう」と、あまり相手にしてくれず、「最近は行方不明者をボランティアで探してくれる組織があるので、そちらに相談しては」と勧めて帰ってしまった。息子の友達も途中で別かれたあとは知らないという。ボリスもやってくるが、何の役にも立たない。ボランティアに連絡すると、聞き込みをはじめ人海戦術で森や沼周辺、息子の秘密基地だったという廃工場をさがし、チラシを外壁や電信柱に張ってみた。ボランティアのリーダーはてきぱきと指示を出し、両親も心当たりを探すことにするが、杳として消息はしれなかった。　

消えた少年はその後姿を現すことがなく、捜索活動でみえてくるのは家庭の崩壊、人々の心の触れ合いの希薄さ、もっとも重要なものを見失った悲しさ、寂しさ。
そもそも結婚したのもジェーニャが妊娠したためであり、ついに互いの間に愛がめばえることのなかった夫婦生活の当然の帰結と言えるかもしれない。数年後の二人の描写にも悲しみが募る。　

ボリスに「裁かれるは善人のみ」でもズビャギンツェフ監督と組んでいるアレクセイ・ロズィン、ジェーニャにマルヤーナ・スピヴァクが扮している。
監督はイングマル・ベルイマンの「ある結婚の風景」と対になる作品を作りたかったと述べているが、突き放したようなストーリー展開、結末は心温まることはないが、心の琴線に触れる作品である。

北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。著書に「世界ＳＦ映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」（近代映画社）、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」（キネマ旬報社）などがある。

『ラブレス』予告

[STORY]
離婚協議中のボリスとジェーニャの夫婦は、それぞれすでに別のパートナーがいて、早く 新しい生活に入りたいと苛立ちを募らせていた。12 歳になる息子のアレクセイをどちらが引き取るか について言い争うふたり。耳をふさぎながら両親の口論を聞いていたアレクセイはある朝、学校に出 かけたまま行方不明になってしまう。夫婦は自分たちの未来のために息子を探すが・・・・・・。

監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ
共同脚本:オレグ・ネギン
出演:マルヤーナ・スピヴァク、アレクセイ・ロズィン
2017/ロシア、フランス、ドイツ、ベルギー映画/ロシア語/シネスコ/127 分/字幕翻訳:佐藤恵子/原題:Nelyubov/英題:Loveless R15+
提供:クロックワークス、ニューセレクト、STAR CHANNEL
配給:クロックワークス、アルバトロス・フィルム、STAR CHANNEL MOVIES
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