すべてを捨て、港町ハンブルクにやってきた女優ヨンヒ。待ち人は来ない。
月日は流れ、旧友との再会によって女優復帰を考えるようになるのだが…。
キム・ミニが初の栄冠、ベルリン国際映画祭 主演女優賞(銀熊賞)に輝いた話題作。

覚悟しかない――。
キム・ミニを最高に輝かせた、現代を生きる新しいヒロイン像

第67回ベルリン国際映画祭で、女優の美しさが全編を支配する作品として話題をさらった『夜の浜辺でひとり』。キム・ミニは、韓国人俳優として初となる主演女優賞(銀熊賞)の栄誉を手にし、ホン・サンス監督の新ミューズとして、世界にその存在を印象付けた。

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 キム・ミニ演じる女優ヨンヒは劇中で、「愛にふさわしい人はいるのか」と問いかける。映画監督との宙ぶらりんな不倫関係の中、ヨンヒは異国へ移動し、自分の真意に向き合う。
だが、男を待っているのか、それとも彼の言葉をもう信じていないのか、答えは出ない。橋を渡る前に祈りを捧げたり、煙草を吸いに外に出て歌を繰り返し口ずさんだり、他愛ないシーンから、ヨンヒが焦りとジレンマを押さえつけていることがひしひしと伝わってくる。
その微妙な心の揺れが多くの現代女性と共鳴し、自由に生きたいと願う女性への賛歌として深い余韻を残すのだ。

『正しい日 間違えた日』(15)で運命的に出会ったホン・サンスとキム・ミニ。続く『夜の浜辺でひとり』でキム・ミニが見せるのは、儚くも荒々しい美しさを持つ、かつて見たことのないヒロイン像だ。
ポール・ヴァーホーヴェン率いる審査員団から主演女優賞(銀熊賞)を贈られたキム・ミニは、ホン・サンス監督のミューズとして、世界にその存在を印象付けた。
フランス公開時には、「女優をこれほど魅力的に撮影する監督は他にはほとんどいない」
と激賞された。まさに、『夜の浜辺でひとり』のキム・ミニの美しく荒々しい姿は、観る者の脳裏に深く刻まれることだろう。

ハンブルクからカンヌンへ。二つの都市で描かれる表裏一体の感情。
焦らない、闘わない、無理しない、恋したい――。

 映画の舞台は、ドイツ北部、エルベ川の河口近くに位置する大都市ハンブルクと、韓国の東海岸の都市江陵(カンヌン)。二つの都市、二部に分かれる本作は、シューベルトの弦楽五重奏曲ハ長調D.956第2楽章によって、結びついている。

 ハンブルクで、ヨンヒは公園を歩き、市場を訪れ、ピアノの楽譜を買う。それは韓国で女優だったヨンヒにとっての非現実の世界。ヨンヒのメランコリックな彷徨は、ドイツから韓国に帰国してからも続くのだが、その間、度々“黒い服の男”がヨンヒの前に現れる(ヨンヒにさえ見えていない)。
それは、彼女の感情のメタファー、亡霊のように付きまとう後悔や欲望であるかのようで、これまでのホン・サンス作品にはみられなかった要素だ。

 本作は二つのパートによって、ヒロインの複雑に絡み合う感情の変化が描かれる。ハンブルクでのヨンヒは、恋人を待ち焦がれているのに冷静、カンヌンではもうその愛を諦めているのに、感情を抑えきれずに暴力的に振舞う。
自然体なのに虚勢を張り、迷いながらも覚悟を決める、その表裏一体の心情を、キム・ミニは、二つの都市を移動しながら豊かに伝えている。

ホン・サンスが仕掛ける臨場感溢れる会話の応酬。
ベテラン俳優たちの息の合った演技は必見。ハンブルクで、ヨンヒが頼りにする年上の女友達ジヨンを演じるのは、『自由が丘で』(14)での加瀬亮の恋人役が記憶に新しい名バイプレイヤー、ソ・ヨンファ。夫との関係を清算し、独りで生きる人生こそが自分にふさわしいと悟った女性。そして韓国パートに登場するのは、ホン・サンスが信頼を寄せる、クォン・ヘヒョとチョン・ジェヨンだ。
クォン・ヘヒョ演じる男は一見、上下関係に固執するステレオタイプの男性だが、カンヌンを訪れてからのヨンヒを一定の距離間で見守り、ヨンヒが女優への復帰を意識するきっかけを作る。チョン・ジェヨンは、ロカルノ国際映画祭で主演男優賞を受賞した『正しい日 間違えた日』に続き、本作でも情けなさと愛らしさを持つ先輩として登場する。名優たちが繰り広げる臨場感ある会話によって、観客もまたその場にいるような錯覚を覚えるのだ。

ホン・サンス監督×キム・ミニ『夜の浜辺でひとり』予告

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監督・脚本:ホン・サンス | Hong Sangsoo |
1961年10月25日、ソウルに生まれる。映画制作を韓国中央大学で学んだ後、アメリカに留学し美術を学びながら短編の実験映画を作り、その後、滞在したフランスでは、シネマテーク・フランセーズに通い映画鑑賞に没頭した。1996年の長編デビュー作『豚が井戸に落ちた日』が批評家や各国の国際映画祭で絶賛されて以降、22年のキャリアにおいて現在までに22作品の監督作を精力的に発表し続けている。男女の恋愛を会話形式で描く独創的なスタイルは、ヨーロッパの批評家や観客に、“韓国のウディ・アレン”、“韓国のゴダール”、“エリック・ロメールの弟子”などと称され、日本でも熱狂的なファンを持つ。2004年に『女は男の未来だ』が、初のカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品となり、翌年『映画館の恋』も同映画祭のコンペティション部門に出品され、ヨーロッパでの絶大な人気は不動のものとなる。2008年以降は、『アバンチュールはパリで』(08)から、イザベル・ユペール主演の『3人のアンヌ』(12)、『ヘウォンの恋愛日記』(13)まで7年連続で作品をカンヌ、ヴェネチア、ベルリンの3大映画祭に正式出品している。日本では2012年に「ホン・サンス/恋愛についての4つの考察」と題して特集上映が組まれ、そのトークイベントで意気投合した加瀬亮を主演に迎えた『自由が丘で』(14)が生まれた。2015年には、『正しい日 間違えた日』が第68回ロカルノ国際映画祭グランプリと主演男優賞をW受賞し絶賛され、主演女優キム・ミニとの不倫スキャンダルを報じられるが、再びキム・ミニとタッグを組んだ『夜の浜辺でひとり』(17)が、第67回ベルリン国際映画祭主演女優賞(銀熊賞)に輝き、以降はキム・ミニを主演に作品を発表し続けている。『それから』が、第70回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に、『クレアのカメラ』がアウト・オブ・コンペティションに正式出品され、同じ年のカンヌに2作品が招かれたことで改めてホン・サンスは世界の注目を集めた。最新作「Grass」(18)は第68回ベルリン国際映画祭フォーラム部門に正式出品されるなど、ホン・サンスは、現代の韓国映画界のみならず世界で最も確立された映画作家の一人となった。
フィルモグラフィー
1996年 豚が井戸に落ちた日 第26回ロッテルダム国際映画祭タイガー・アワード(最高賞)
1998年 カンウォンドの恋 第51回カンヌ国際映画祭 ある視点部門
2000年 オー! スジョン/秘花 ~スジョンの愛~ 第53回カンヌ国際映画祭 ある視点部門
2002年 気まぐれな唇  第40回ニューヨーク映画祭
2004年 女は男の未来だ 第57回カンヌ国際映画祭 コンペティション部門
2005年 映画館の恋 第58回カンヌ国際映画祭 コンペティション部門
2006年 浜辺の女 第57回ベルリン国際映画祭 パノラマ部門
2008年 アバンチュールはパリで 第58回ベルリン国際映画祭 コンペティション部門
2009年 よく知りもしないくせに 第62回カンヌ国際映画祭 監督週間
2010年 ハハハ 第63回カンヌ国際映画祭 ある視点部門グランプリ
2010年 教授とわたし、そして映画 第67回ヴェネチア国際映画祭 オリゾンティ部門クロージング
2011年 次の朝は他人 第64回カンヌ国際映画祭 ある視点部門
2012年 3人のアンヌ 第65回カンヌ国際映画祭 コンペティション部門
2013年 ヘウォンの恋愛日記  第63回ベルリン国際映画祭 コンペティション部門
2013年 ソニはご機嫌ななめ 第66回ロカルノ国際映画祭 監督賞
2014年 自由が丘で  第71回ヴェネチア国際映画祭 オリゾンティ部門/第36回ナント三大陸映画祭 金の気球賞(グランプリ)
2015年 正しい日 間違えた日  第68回ロカルノ国際映画祭 金豹賞(グランプリ)、主演男優賞(チョン・ジェヨン)
第53回ヒホン国際映画祭 最優秀作品賞、主演男優賞(チョン・ジェヨン)
2016年 あなた自身とあなたのこと  第64回サン・セバスティアン国際映画祭 シルバー・シェル(監督賞)
2017年 夜の浜辺でひとり  第67回ベルリン国際映画祭 銀熊賞(主演女優賞/キム・ミニ)
2017年 クレアのカメラ  第70回カンヌ国際映画祭アウト・オブ・コンペティション
2017年 それから  第70回カンヌ国際映画祭 コンペティション部門
2018年 Grass  第68回ベルリン国際映画祭フォーラム部門

【STORY】 
舞台は、ハンブルクとカンヌンという二つの海岸都市。不倫スキャンダルにより、キャリアを捨て異国に逃げてきたヨンヒ(キム・ミニ)は、訪ねてくると言ったまま姿を見せない恋人を待ちながら、自分の真意が分からずに、後悔と欲望を引きずっている。
月日は流れ、韓国へ戻ったヨンヒは、旧友たちと再会したことで女優復帰を考え始める。
そしてひとり江陵の浜辺を訪れ、意外な方法で自分の心に向き合うことになるのだが…。


監督・脚本:ホン・サンス 
出演:キム・ミニ、ソ・ヨンファ、クォン・ヘヒョ、チョン・ジェヨン、ソン・ソンミ、ムン・ソングン
2017年/韓国/101分/ビスタ/5.1ch/カラー/原題:밤의 해변에서 혼자/英題:On the Beach at Night Alone

初夏、ヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開