月と波がひかれあうように、愛して。
井浦新と黒川芽以、W主演で描き出す
町の片隅に生きる男女の大人のための恋愛映画
大森立嗣監督『光』、たなか雄一狼監督『ニワトリ★スター』の公開を控える井浦新が記憶を失った男・杉谷を、福原充則監督作『愛を語れば変態ですか』などで多くの監督からの信頼を得る若手実力派、黒川芽以が由実を演じている。
井浦新は、料理シーンすべてを吹き替えなし、自分自身で包丁をにぎった。R-18となる、長回しによるふたりの濃厚なベッドシーンの生々しさも注目される。ふたりは、震災によって傷ついた男との女の姿を繊細に演じ、町の片隅に生きる男女の大人の恋愛映画が誕生した。
原作は、『還れぬ家』が第55回毎日芸術賞、『渡良瀬』が第25回伊藤整文学賞を受賞するなどで知られる佐伯一麦の同名小説。
監督・脚本は、『ゲゲゲの女房』『海炭市叙景』『かぞくのくに』『夏の終り』『白河夜船』など数々のインディペンデントの佳作を製作してきた越川道夫。
本作は、第30回高崎映画祭で最優秀主演女優賞(山田真歩)、ホリゾント賞(監督)を受賞した『アレノ』、満島ひかり4年ぶりの単独主演作『海辺の生と死』、三浦透子、井之脇海主演『月子』に続く、長編4作目となる。
撮影は、河瀨直美監督作『2つ目の窓』、西川美和監督作『永い言い訳』や『誰も知らない』(04)『海よりもまだ深く』(16)など是枝裕和監督とのコンビで知られる名キャメラマン山崎裕が担当し、孤独なふたりを抱きしめるような映像で抱き出した。
■ 井浦新さんのコメント
まず黒川芽以さんが綺麗だったなと思いました。芽以さんが演じた由実と言う女性が抱えている光と影を愛おしく感じることのできる映画になったと思い、完成した映画を観ていました。
杉谷は難しい役でした.すべての記憶を失っていて、何かにいつも怯えながらも、料理人として、店に来てくれるお客さんや自分によくしてくれる人たちとの関わり合いというものがあって、そのどちらも演じていくことはやはり難しい。現場で感じた事を大切にしながら演じていました。それは、苦しさを抱えながらも、由実さんと野の草花を摘んでいる時の楽しさであったりするのですが、映画の中の自分の演技や表情を見ていて、いつも眉間に皺を寄せている男にならなくてよかったな、一辺倒な演技にならなくてよかった、と。杉谷は自分自身の苦しさの中で、時には残酷に思えるくらい由実さんの辛さ、津波の記憶や心の傷を受けとめることができない。でも、自分が杉谷を演じていた時の気持ち以上に、映画の中では、次第に由実さんの存在が杉谷の体や気持ちの中に浸透し、やがては包み込まれていくのだと感じました。杉谷というひとりの男の動物らしいところも人間らしさも見え、いろんな杉谷の感情面が出ていてホッとしました。
僕にとって今作のラブシーンは、あそこまでの生々しさで演じるのは、初めての挑戦でした。監督がラブシーンは正面からしっかり撮りたいと仰っていましたが、黒川芽以さんと現場で芝居を作っていく中で、ワンシーンワンシーン、その瞬間瞬間にお互いの傷や不安を重ね合わせることによって癒し合いながら、爆発的にラブシーンを表現できたのではないかと思っています。ちょうど20年ぐらい前のデビュー作、『ワンダフルライフ』(98/是枝裕和監督)の撮影でもある山崎裕さんが、今作も撮影を担当されているという安心感は大きいと思います。あ、ここは手を撮ってたんだとか、びっくりしたところもありましたし、何気なく自然の流れの中で動いている体の動きを山崎さんはずっと追っていてくれているんだな、と完成した作品を見て気づかされました。映像が美しく、そして「優しい」。登場人物全員が愛おしく見えてくる。映画を見ていてフラッシュバックするところもありました。「こんな時間に、こんな月を眺めたことがあったような気がする」という杉谷の台詞ではありませんが、20年前ぐらいに、僕はやはり山崎さんが撮影した絵の中にいて、その時もやはり月を見上げてたな、と。(談)
■ 黒川芽以 コメント
台本を頂き【あ、これは20代最後に思いっきり挑める作品だ】と思い嬉しかったです。
物語の舞台はいわき市。忘れたい女と思い出せない男の、それぞれの孤独。形は違うけど、みんな居場所を探している。切ないけど、少しほっこりできる作品になりました。
撮影中は、越川監督はじめスタッフさん、キャストさんとの信頼関係が増していき、安心して身を預けて、演じることだけに集中していました。
完成したら、思った以上に恋愛ものになっていました。これは、すごいことになったので、ぜひ観て頂きたいです。
■ 越川道夫監督のコメント
原作の佐伯一麦さんとは、震災の直前にBOOKcafe火星の庭の前野さんが企画した『海炭市叙景』の仙台でのトークイヴェントで初めてお会いしました。2011年の2月のことでした。それからすぐにあの大震災がありました。その後に書かれたこの短編小説を、映画にできないかとずっと考えていたので、い、井浦新さんが出演を快諾してくれ、黒川芽以さんが20代最後の作品として出演を熱望してくれたのは本当に嬉しく、映画化にあたっては紆余曲折がありましたが、ふたりは待っていてくれていました。すべての記憶を失い、あたかな人々に囲まれながらも、いつも孤独と怯えの中にいる井浦さんの演じる杉谷。震災を経て叔母のもとに身を寄せる黒川さんの演じる由実もまた、孤独と痛みの中に身を置いています。孤独なふたつの魂が、月(杉谷)と波(由実)がお互いにひかれあうように心と体を寄り添わせていく姿を、ふたりは演じて切ってくれました。そして、完成した映画を観た今、杉谷と由実が寄り添い、ふたりで紡いでいく時間がこの後も、長く長く続いていくことを願わずにいられません。
越川道夫監督『二十六夜待ち』予告編
■ ストーリー
孤独な男と女がいた。震災を背景にした辛い記憶。記憶を持たない者の孤独。すれ違う二人の心と身体。
由実(黒川芽以)は、震災による津波によって何もかもを失い、今は福島県いわき市の叔母の工務店にひとり身を寄せていた。心に傷を抱える由実は、少しは外に出なければ、と叔母に促されるように路地裏にある小さな飲み屋で働くことになる。
その店の名前は「杉谷」。しかし、店主の杉谷(井浦新)には謎めいたところがあった。彼は、記憶をすべて失い、失踪届も出されていなかったため、どこの誰とも分からない。はっきりしているのは、手が料理をしていたことを覚えていることだけ。今では小さな小料理屋をまかされるまでになったが、福祉課の木村(諏訪太朗)をはじめとしたあたたかな人々に囲まれながらも、彼の心はいつも怯え、自分が何者なのか分からない孤独を抱え込んでいたのだった。
孤独な、傷ついた魂を持つ杉谷と由実。ふたりは、やがて“月”と“海”がおたがいを引き寄せ合うように、その心と体を寄り添い合わせるようになるのだが、震災の辛い記憶を忘れたい由実と、我を失う事を畏れる杉谷は、お互いを思いやっていても、微妙にすれ違っていく…。
脚本・監督:越川道夫
出演:井浦新 黒川芽以
配給:スローラーナー、フルモテルモ
(C)2017 佐伯一麦/ 『二十六夜待ち』製作委員会