際限のない反復、停滞感、無力感、閉塞感
停止寸前の時間の中で、崩れゆく世界の輪郭。
匂い立つエロティシズム 不可解の極みに誘う、壮麗かつ危険な映画。
瀆神的で寓話的、放たれた悪意とユーモアが現実をあぶり出し、変質させる。
日本初公開から 36 年、
偉才ブニュエルの最も豊饒な時代に生み出された幻の傑作が再臨する!

ルイス・ブニュエルの幻の傑作と言われている『皆殺しの天使』がシアター・イメージフォーラムでリバイバル公開されることになりました。『ビリディアナ(1961)、『砂漠のシモン』(1964)というメキシコ時代の作品も同時公開となります。

異才ブニュエルが<メキシコ時代>最末期に生み出した最高傑作『皆殺しの天使』

『ビリディアナ』(61)完成後、同作の製作者グスタボ・アラトリステが、再度ブニュエルに資金と創 作上の完全な自由を提供して撮らせた作品 。

ブニュエル はメキシコ時代に頻繁に組んでいた脚本家ルイス・アルコリサと一緒に 、スペインの小 説家・随筆 家・詩人・劇作家ホセ・ベルガミン(1895 年~1983 年)の短編小説『遭難者たち』(未邦訳)に基づく映画の原案を執筆していた(ブニュエルによれば、ベルガミンの小説からは題名を拝借したたけで、中身はまったく別ものだということであるが)。
二人はこの原案を『プロビデンシア(神 意 =節理)通りの遭難者たち』と題して、1957 年──ブニュエルにとっては『ナサリン』(58)を手がける前にあたる時期──に映画にしようと考えていた。
本作の主要舞台となるノビレ家は、「 プロビデンシア通り」沿いに建っている。

結局、当時この企画は実現せずに終わり、『ビリディアナ』完成後に再浮上したのであった。

このときブニュエルは、以前に作り上げた原案の細部をいくつか変更し、新たな要素をつけ加えて単 独で脚本を執筆したうえ、題名を『皆殺しの天使』と改めた。
この題名は、スペインの画家バルデス・レアル(1622 年~1690 年)の同名絵画作品から採られたものだとも、ベルガミンが書こうとしていた戯曲の題名をブニュエルがいただいたものだとも云われる。

ある夜のこと、エドムンドとルシアのノビレ夫妻の豪奢な邸宅で、晩餐会が催される。
会が始 まるや、どういうわけか使用人たちが次々とノビレ邸を去って行き、執事長フリオだけが取り残される。
晩餐後、およそ 20 人におよぶ招待客たちは客間へと場所を移し、中年婦人ブランカが奏するイタリアの作曲家ドメニコ・パラディージ(1707 年~1791 年)のピアノソナタに耳を傾ける。その後帰宅しようとした招待客たちは、なぜか上着を脱いで長椅子や床の上で横になって眠りに就く。 翌朝、説明できない何らかの理由によって全員が音楽室に(物理的にではなく)精神的に、あるいは何か超自然的な力によって、囚われてしまったことが明らかになる。外に出られないまま、彼らはわずかに残った前夜の飲食物を消費する。数日が経過し、窮状が悪化するにつれ緊張が高まり、 喧嘩やヒステリーが生じがちになる。そんな中、コンデ医師だけが、全員がこの試練を耐えられ るよう彼らに冷静を保つよう諭し続ける。やがて老いたルセルが死に、その死体は戸棚の中にしまい込まれる。

囚われ人たちは壁を叩き壊して水道管から直接水を飲み、渇きを癒す。やがてノビレ家で飼われていた羊や熊が逃げ出し、邸内を駆け巡る。羊の一頭が音楽室へおびき寄せられ、屠殺されたうえ (床板や家具や楽器を壊して作った薪を燃やして)調理される。コンデは自らの末期癌患者レオノーラの苦しみを軽減するべく、ノビレに鎮痛剤を所望する。ノビレは医師にモルヒネを手渡すが、 この麻薬はフアナとフランシスコの姉弟に盗まれてしまう。ユダヤ人でカバラ信仰療法師のアナは秘教的な儀式で全員を解放しようとするが、失敗する。結婚を誓い合った恋人同士のベアトリスとエドアルドが、収納室の中で自殺する。

ラウルが自分たちの苦境の責任はホストのノビレにあると言い出し、彼が生贄になるべきだと主張する。すると招待客たちも呼応してノビレの血を要求する。殺気だった彼らを諌めるのは、コンデとアルバロ大佐だ。ノビレが自殺しようとしたとき、突如若い外国人の娘レティシア(「じゃじゃ馬の処女」である彼女は“ヴァルキューレ”というあだ名で呼ばれている)が、窮状が始まったときに自分たち全員が位置していたのと同じ場所に再びいることに気づく。彼女の指示に従って全員が晩餐会の日の会話や振る舞いを再現してみると、不思議なことに客間から抜け出すことができるのだった。邸から出た彼らを、なぜか邸内に入れなかった警察や(晩餐会の日に出ていった)使用人たちが迎える。

世界に衝撃を与えた「反復」の描写。ブニュエルの意図とは?!

カンヌ映画祭で本作が上映された際、同映画祭に出席していたブニュエルの長男フアン・ルイス は、劇中に頻出する「反復」の意図するところは何か、と批評家たちから問われた。
彼は(事前に父から指示されていた通りに)、繰り返しがなかったら映画の尺が足りなかったからだ、と応じた。 また、ブルジョア一家が飼っている小熊の意味するところを問われたフアン・ルイスは、(これまた指示通りに)父が熊好きだから、と応えたとされる。

ブニュエルはそうやって批評家たちの期待や予想を裏切ってやることで、喜んでいたのだという。
フアン・ルイス自身の本作をめぐる見解 は、 「 本質的には喜劇映画ですが 、とても強烈な諷刺が 込められています 。社会的・超現実主義的皮肉が込められているのです」というものである。

事実、本作には同じ行為や台詞の反復が度々描かれる。たとえば、冒頭でノビレが招待客を引き連れ自分の邸に入って来て、使用人の名を呼ぶ様子が二度にわたって示される。招待客を前にした ノビレは、乾杯の挨拶を二度繰り返す(そして二度目の挨拶の後、戸惑ったような表情になる)。
この二つの場面のみならず、劇中で同じ台詞が繰り返される箇所は数多い。
そして邸に“閉じ込められた”招待客は、囚われの身となった晩の行為を各々がまじないのように反復することで邸を脱 出することができる。さらに最終的に、彼ら全員が再び一ヶ所に閉じ込められることが暗示される のである。最後、救済されたことに感謝を捧げるべく、ブルジョアたちは教会の「テ・デウム」を 歌う礼拝に参加する。感謝式が終わると、出席者たちが聖職者共々教会内に閉じ込められたことが 暗示されるのだ(彼ら全員が教会内で立ちすくみ、外へ出ようとしなくなる)。

他者の人生を操る立場にいるブルジョア(近代社会における資本家階級)たちが、“神の摂理” のような見えざる力に操作され、自らの行為をコントロールすることのできない“操り人形”のように、同じ振る舞いをそれと気づかずに繰り返してしまう。
本作の冒頭と最後が宗教的イメージで 挟まれている(前者は大聖堂と「プロビデンシア通り」、後者は教会)ことも、神意としか言いようのない論理不在 の規則めいたものに右往左 往させられ る人物たちの 運命を暗示しているように見える。

もっとも作家自身は(いつもの通り)次のように発言して、本作を解釈しようとする観客の意志を封じてしまう。「『皆殺しの天使』には、象徴など一つたりとも紛れ込ませてはいません。私にテ ーマ性やメッセージを備えた作品を期待する人たちは、虚しく期待し続けることになるのかもしれませんよ! この映画が解釈可能かどうかは、疑わしいところです。誰もが自分の望むように解釈する権利を持っていますが......」。

ブニュエルに霊感を与えた「ロビンソン・クルーソー」、『蠅の王』

前述の通り、ブニュエルは 1957 年に本作を監督しようと目論んでいたのだが、ちょうど同じ時期に彼はウィリアム・ゴールディングの小説『蝿の王』の映画化も構想していた。
『蝿の王』は 、 飛行機事故で無人島に置き去りにされた少年たちを主人公とする作品であり、社会から隔絶した場に取り残された一団の「遭難者たち」が、異常な状況下で内に秘めた美徳や弱さをさらけ出しな が ら生き残ろうとする姿を描く点で、『皆殺しの天使』と同根の性質を備えていることがわかる。 当時ブニュエルの想像力を刺激していたのが「遭難者」の主題であることを推察させる話である が、 もともと作家がこうした主題を好んでいたことは、同じく遭難者を主人公とする『ロビンソン漂流 記 』を自ら映画化し 、ロビンソン・クルーソーという人物に対する愛着を表明してい る事実からもうかがわれよう。

カンヌで賛否両論!ブニュエル作品の本質的特性を孕む作品

『ビリディアナ』のときとは逆に、1962 年のカンヌ映画祭で上映された『皆殺しの天使』は冷やや かな反応で迎えられ 、審査員たちも困惑したと云われる( パルム・ドールにノミネートされるものの、受賞は逸する)が、国際映画批評家連盟(FIPRESCI)賞を受賞した。
本作は『黄金時代』 (30)と並ぶブニュエルの最高傑作と位置づけられることも少なくない。
実際この二本は、ブルジョアに対する攻撃と人間の内に潜む無意識の暴露という、ブニュエル映画の二大特性を色濃く湛えているのである。後にブニュエル自身が『ブルジョワジーの秘かな愉しみ』で、ほとんど『皆殺しの天使』の反復変奏と呼べる物語を綴ったことも周知の事実だろう。

(テキスト作成 遠山純生)-*「クレジット」部分を除く

異才ブニュエルが<メキシコ時代>最末期に生み出した
最高傑作『皆殺しの天使』そして『ビリディアナ』『砂漠のシモン』予告

異才ブニュエルが<メキシコ時代>最末期に生み出した最高傑作!

youtu.be

主要参考文献
Gwynne Edwards, The Discreet Art of Luis Bunuel: A Reading of His Films, Marion Boyars Publishers, 1982 ルイス・ブニュエル [述] 、トマス・ペレス・トレント、ホセ・デ・ラ・コリーナ 著 、岩崎清 訳, 『ルイス・ブニ ュエル公開禁止令』、フィルムアート社、1990 年 ルイス・ブニュエル著、杉浦勉訳、『ルイス・ブニュエル著作集成』、思潮社、2006年

■監督ルイス・ブニュエル Luis Buñuel
1900 年 2 月 22 日、スペインのテルエル県カランダに、7 人兄妹の長男として生まれる。4 歳の頃、一家 でサラゴサに移住。イエズス会付属のサルバドール校で厳格な教育を受けるが、試験監督官から侮辱された のがきっかけで登校を拒否するようになる。その後、地元の非カトリック系中等学校を卒業。17 年、マド リード大学に入学。この時期学寮生活で画家サルヴァドール・ダリや詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカら 若き芸術家と出会う。
25 年、パリに移住。フリッツ・ラングの『死滅の谷』(21)を観て映画監督を志し、パリの演劇学校に入 学。同校でジャン・エプスタンと知り合い、エプスタン監督作に助手として就く。この時期、未来の妻ジャ ンヌ・ルカールと出会う(彼らは 34 年に結婚、生涯添い遂げ二人の息子フアン・ルイスとラファエルをも うける)。
29 年、ダリとの脚本共作で 16 分の短編映画『アンダルシアの犬』を監督し、同年 6 月 6 日にパリで公開。 続く 30 年には、初の長編映画『黄金時代』を発表。カトリック主義者や極右の激しい攻撃にさらされ、前 作以上のスキャンダルを惹き起こした結果上映禁止処分を受けた。『黄金時代』公開直前に MGM の誘いでハ リウッドに渡り、数ヶ月間滞在した後スペインに戻り、映画史上初の偽ドキュメンタリー映画と呼ばれる『糧 なき土地』(33)を監督。貧困地域ラス・ウルデスの住民の状況を描いたこの作品は、「スペインの名誉を侮 辱するもの」との口実で、36 年までスペイン政府により上映禁止処分を受ける。
スペイン内戦(36 年~39 年)が始まったばかりの頃、再びパリに戻ってスペイン大使館で政府のプロパ ガンダ仲介任務に携わる。38 年、親共和国派のプロパガンダ映画数本を監修するため、再びハリウッドに 渡る。41 年、ニューヨークの近代美術館フィルムライブラリーのドキュメンタリー部門に就職。しかし 43 年夏、過去の創作活動がイデオロギー的破壊行為とみなされ、保守派に非難され同職を辞任。
46 年、映画製作者オスカル・ダンシヘールの誘いでメキシコに渡る。49 年 10 月 20 日にメキシコの市民 権を獲得。二人が組んで作り上げた野心的な作品『忘れられた人 々』(50)は批評家に絶賛され、ブニュエ ルは一躍世界的に有名なスペイン語圏監督となる。残りの生涯はメキシコで暮らし、この地で 20 本の映画 を監督するが、以後も一時的にフランスやスペインに滞在して映画を撮ることがあった。メキシコ映画産業 の黄金時代が終わった後は、主に製作者セルジュ・シルベルマン、脚本家ジャン=クロード・カリエールと 組んで、フランスで映画作りに従事。
最後の作品『欲望のあいまいな対象』(77)を発表した後、映画監督を引退し自伝『映画、わが自由の幻 想』(矢島翠訳、早川書房)を(カリエールと共同で)執筆、82 年に刊行。83 年 7 月 29 日、メキシコ市の 病院にて死去。

«物語»
オペラ観劇後に晩餐会が催された邸宅。20 人のブルジョワが宴を楽しんでいる。夜が更け、やがて明け方になっても、誰も帰ろうとしない。
次の夜が来ても、誰もが帰らない。皆、帰る方法を忘れたか、その気力も失われたかのように客間を出ることができないのだ。召使も去り、食料も水も底をつく。何日間にもわたる幽閉状態が続き、人々の道徳や倫理が崩壊していく。突如現われる羊や、歩き回る熊の姿。事態は異常な展開を見せていく...。

『皆殺しの天使』
The Exterminating Angel

1962 年カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞受賞
監督:ルイス・ブニュエル
原案:ルイス・ブニュエル、ルイス・アルコリサ
脚色:ルイス・ブニュエル
撮影:ガブリエル・フィゲロア
音楽:ラウル・ラビスタ
製作:グスタボ・アラトリステ 出演:シルヴィア・ピナル、エンリケ・ランバル、ジャクリーヌ・アンデレ、ルシー・カリャルド、エンリ
ケ ・G・アルバレス 他
1962 年 メキシコ/デジタル/モノクロ/94 分
原題:EL ANGEL EXTERMINADOR
英語題:The Exterminating Angel
コピーライト:©1991 Video Mercury Films 配給:アイ・ヴィー・シー
日本語字幕:金谷重朗

『ビリディアナ』
 VIRIDIANA

1961 年カンヌ国際映画祭パルム・ドール受賞
ルイス・ブニュエルが 20 数年ぶりに祖国スペインで撮った作品。
カンヌ国際映画祭パルム ・ドール受賞 。
一方でカトリック教会から大きな非難を浴びるスキ ャンダルとな り、スペインや イタリアで上映 禁止に至った問題作!
修道女のビリディアナ 。ただ一人の親族である叔父 ドン・ハイメの邸宅を訪ねる。
ドン・ハイメは彼女が亡妻の生き写しであると思い、 共に暮らすよう求める 。
ある日、彼女に睡眠薬を飲ませ犯そうとするが、未遂に終わる。
叔父は罪の意識から絶望し自殺してしまう。 ビリディアナは尼僧への道を諦め、 叔父ドン・ハイ メの遺産を受け継ぐ。邸宅に貧しい人たちを住まわせ、世話をしようとするが...。

監督:ルイス・ブニュエル
脚本:ルイス・ブニュエル、フリオ・アレハンドロ
撮影:ホセ・フェルナンデス・アグアヨ
編集:ペドロ・デル・レイ
美術:フランシスコ・カネ
製作:グスタボ・アラトリステ
出演:シルビア・ピナル、フェルナンド・レイ、フランシスコ・ラバル、マルガリータ・ロサノ、ロラ・ガオス 他
日本語字幕:比嘉世津子
1961 年 メキシコ=スペイン 91 分
©1991 Video Mercury Films

『砂漠のシモン』
 SIMÓN DEL DESIERTO

1965 年ヴェネチア国際映画祭審査員特別賞受賞
日本語字幕:星野智幸 1965 年 メキシコ 46 分
©1991 Video Mercury Films
歴史上実在した柱頭修行者「聖人シメオン」の伝説を描く。
ブニュエルのメキシコ時代最後の中編。
砂漠にそびえ立つ柱の上で、レタスだけを食べ日々神に祈りを捧げているシモン。
悪魔の誘惑を断固拒み、6 年 6 週 と 6 日もの間修行に励む彼は、一段と高い、天国に近い別の柱に移り新たな修行を開始する...。

監督:ルイス・ブニュエル
原案:ルイス・ブニュエル
脚本:ルイス・ブニュエル、フリオ・アレハンドロ
撮影:ガブリエル・フィゲロア
製作:グスタボ・アラトリステ
出演:クラウディオ・ブルック、シルヴィア・ピナル、エンリケ・アルバレス・フェリックス、オルテンシア・サントベニャ、フランシスコ・レイゲラ 他

2017 年 12 月より
渋谷シアター・イメージフォーラムほかにて 全国順次ロードショー