名優 山﨑努(80)×樹木希林(74)
56年の時を経て夫婦役にて奇跡の初共演

「樹木さんの演技は圧巻で、見ていて胸が熱くなった。僕はこれまでの人生でこんな個性に出会ったことがない。」ー山﨑努

「光の中でオーラが歩いているようで、まともに顔など見られませんでした。あれから半世紀以上、まさか山﨑さんと仕事出来るなんて思いもしませんでした。」ー樹木希林


【監督・脚本】沖田修一 × 【主演】山﨑努 × 【モデル】熊谷守一
30年間ほとんど外へ出ることなく、庭の生命を見つめ描き続けた
伝説の画家・熊谷守一(くまがいもりかず)
97歳で没するまで生涯現役。よく生き、よく描き、生きとし生けるものを愛した
その自由気ままな生き方に、山﨑努が惚れ込んだー

日本を代表する名優・山﨑努と、現在の日本映画をけん引する俊英・沖田監督がタッグを組み、大きな話題となっております映画『モリのいる場所』。
このたび、山崎演じるモリを陰日向に支える妻・秀子役に、樹木希林の出演することが発表されました。

山﨑努と樹木希林、ともに唯一無二のキャリアを誇り、日本を代表する名優と称される二人ですが、なんとこれが初めての共演となります!

出会いは遡ること半世紀、1961年、文学座。
しかし、二人の道のりはまったく異なるものでした。

山﨑努は、1936年生まれ。1959年文学座に入団。27歳で『天国と地獄』(63年/黒澤明監督)の犯人役に大抜擢され、その凄まじい演技力でセンセーションを巻き起こしました。
以降、『赤ひげ』(65年)『姿三四郎』(65年)『影武者』(80年)の黒澤作品に出演、30代にして名優の名を欲しいままにします。
その後も、『お葬式』(84年)『タンポポ』(85年)『マルサの女』(87年)など伊丹十三監督作品をはじめ、『刑務所の中』(02年)『死に花』(04年)『おくりびと』(08年)『日本のいちばん長い日』(15年)ほか数々の世界的名作における重厚な演技で今なお唯一無二の存在感を放つ巨星です。

樹木希林は、1943年生まれ。1961年文学座に入団。74年、TVドラマ「寺内貫太郎一家」で、31歳にして老婆を見事に演じ、一躍お茶の間の人気者となりました。
以来、個性派女優として、TV・映画・CMをまたにかけ数々の名作・大ヒット作に出演。長きにわたり国民的な支持を集めているのは周知のとおりです。
近年は、05年『半落ち』日本アカデミー賞助演女優賞、07年『東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~』で同賞主演女優賞、13年『わが母の記』で同賞主演女優賞、16年『あん』で同賞主演女優賞に輝く、日本映画の名作に欠かせない名優に。『あん』は賞を総なめにしたのみならず大ヒット、ナレーションを務めた『人生フルーツ』はドキュメンタリーながら大ロングランを記録。
ヒットメーカーとしても、新作が待たれる数少ない俳優のひとりです。

大スターと個性派女優。
長い年月を経ての初共演は、しかも夫婦役。これが面白くならないわけはない!

山﨑努は「演技は圧巻。胸が熱くなった」と手放しで絶賛、樹木希林は、「私は普通の妻のように生活できました」と少女のように喜ぶ。
俳優として相思相愛、尊敬し共鳴しあう二人の演技は、数多くの名シーンを生み出しました。まだ完成前ではありますが、すでに名作の薫りがするというのは言い過ぎでしょうか--


写真は、劇中、若い写真家の求めに応じて、縁側にてポートレートのポーズをとるモリと秀子。

左より樹木希林、山﨑努
(c)2017「モリのいる場所」製作委員会


撮影にあたって、山﨑努、樹木希林ともに、クランク・イン前から、演技のみならず、衣装やメイク、小道具といった細部にいたるまで、知識・経験・アイデアを惜しみなく注ぎ、大いに刺激を受けた沖田監督をはじめ若いスタッフとともに、猛暑の中の撮影を乗り切りました。

モリと秀子のやりとりにクスクス、夫婦愛にほろり、さいごには温かな幸せな気持ちにさせてくれる『モリのいる場所』。完成は秋予定。公開は2018年全国ロードショーの予定です。

『モリのいる場所』メイキング写真 沖田監督と山﨑努
(c)2017「モリのいる場所」製作委員会

山﨑努コメント

■樹木希林について
夫人役の樹木希林さんとは初めての共演だった。特別優れた才能は知っていたが、予想以上、はるかにすばらしい女性俳優だった。
さり気なく庭の小さな野花を摘み、全身を弾ませて祝福するようにモリカズに投げる演技は圧巻で、見ていて胸が熱くなった。七六歳の老妻が少女になっていた。
以前から体調が良くないと聞いていたので心配したのだが、とんでもない、僕より数倍も元気。真夏の暑い湘南のロケ地に自分で運転して通ってくる。アシスタントもマネージャーもいない。何もかも一人でやる。女優業はもちろん家事も好きらしい。人にやさしくて、ちょっと意地悪で、好奇心旺盛。なんと日本全国の土地の値段にまで関心を持つ。僕はこれまでの人生でこんな個性に出会ったことがない。」

『モリのいる場所』メイキング写真 沖田監督と樹木希林
(c)2017「モリのいる場所」製作委員会

山﨑努プロフィール
1936年、千葉県出身、80歳。59年、文学座に入団。60年に『大学の山賊たち』(岡本喜八監督)で映画デビュー。『天国と地獄』(63)『赤ひげ』(65)『影武者』(80)といった黒澤明監督作品、『お葬式』(84)『マルサの女』(87)などの伊丹十三監督作品に出演し、日本を代表する演技派俳優に。00年、紫綬褒章を受章、07年、旭日小綬章を受章。『刑務所の中』(02、崔洋一監督)、『世界の中心で、愛をさけぶ』(04、行定勲監督)、『おくりびと』(08、滝田洋二郎監督)、『キツツキと雨』(12、沖田修一監督)、『藁の盾』(13、三池崇史監督)など、話題作に出演。最新作は『駆け込み女と駆け出し男』『日本のいちばん長い日』(15)『俳優 亀岡拓次』(16)『無限の住人』(17)。著書に「柔らかな犀の角」「俳優のノート」(ともに文春文庫)など。

樹木希林コメント

山﨑努先輩

顔は恐いんです。私生活なんか聞いたらムッとされそうだから、じっと様子をうかがってるんです。私が見かけた頃の山﨑さんは『天国と地獄』の犯人役が好評で、と同時に宝塚の美しい女優さんと結婚した頃でした。光の中でオーラが歩いているようで、まともに顔など見られませんでした。あれから半世紀以上、まさか山﨑さんと仕事出来るなんて思いもしませんでした。
 役者として山﨑さんは、常につつましく謙虚で何より心が柔らかいんです。モリカズさんを嬉しそうに受け入れてて――
私は普通の妻のように生活できました。

沖田修一監督

ヨーイ、ハイ! と声がかかる。
私は監督の顔を見ている。その顔を集めてつなげたら、映画の内容が解るほどだ。
うれしそうな、実に楽しそうな、そして芝居をよく見てて、まことに的を射たダメ出しをする。だから私は丸投げだ。出来が悪けりゃ監督のせいだ。
この人は今後も成長しつづけて、日本を代表する監督になる筈だ。――ただ、物を食べる時にも考えてるので、消化と排泄が?
なので、小太りだ。私の心配は身体だ。だって若いのに、足挫いても中々治らないんだもの。(お疲れ様でした。)

■樹木希林プロフィール
1943年、東京出身、74歳。
1961 年に文学座に入り、「悠木千帆」名義で女優活動スタート。64 年に森繁久彌主演のTV ドラマ「七人の孫」にレギュラー出演し、一躍人気を博す。74 年からはTV ドラマ「寺内貫太郎一家」(TBS)で貫太郎の実母を演じ、社会現象を起こすまでになる。その後も、TV、映画、演劇に活躍、国民的女優として現在も精力的にヒット作や話題作に出演。08 年に紫綬褒章を受賞、14 年秋には、旭日小綬章を受章したばかり。『半落ち』(04)、『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』(07)『歩いても歩いても』(08)『わが母の記』(12)『あん』(15)では日本アカデミー賞をはじめ、その年の映画賞を総なめにする。その他、『歩いても 歩いても』(08)、『そして父になる』(13)、『海街diary』(15)、『海よりもまだ深く』(16)、『あん』(15)など、近年の出演作が軒並み世界的に高い評価を得る。

『モリのいる場所』メイキング写真 山﨑努、樹木希林、沖田監督
(c)2017「モリのいる場所」製作委員会

沖田監督コメント

樹木希林さんのこと

樹木希林さんは、撮影現場の家の縁側の、風通しの一番いいところにいつも座っていらして、目を瞑るその姿を見ていると、眠っているのかわからず、迂闊に声もかけられず、しかし、いざ撮影が始まると、面白さに貪欲で、また厳しく、たくさんのアイデアを持ち、持道具を考え、あとは、縁側にいた時と同じ、まるで住人のように、スッとカメラの前に入ってこられるので、監督としてはどうかと思いますが、もう何も言う事なんてなくて、ただただ、樹木希林さんとのお仕事が楽しかったのです。魔法使いのようでした。たくさん笑いました。
そもそも、自分の映画に、山﨑努さんと、樹木希林さんが出ていること自体が、奇跡みたいなものですから、僕は、この台本を撮りたいと言って見せ、あとは何もする事なんてなかったのかもしれません。

映画のこと 

熊谷守一さんの絵のような、映画を作りたいと思いました。
大きくはないけれど、シンプルで、奥深く、小さな生き物の一瞬を捉えたような。
熊谷守一さんの伝記ではなく、晩年の一日をモチーフにした、ある一日のお話にしようと思いました。それが、たくさんの長い時間を想像させることになるかもしれないと思ったからです。

沖田修一監督プロフィール
1977年生まれ。2001年、日本大学芸術学部映画学科卒業。数本の短編映画の自主制作を経て、2002年、短編『鍋と友達』が第7回水戸短編映像祭にてグランプリを受賞。2006年、初の長編となる『このすばらしきせかい』を発表。2009年、『南極料理人』が全国で劇場公開されヒット、国内外で高い評価を受ける。2012年公開の『キツツキと雨』が第24回東京国際映画祭にて審査員特別賞を受賞し、ドバイ国際映画祭では日本映画初の3冠受賞を達成。2013年2月、吉田修一原作の『横道世之介』が公開。第56回ブルーリボン賞最優秀作品賞などを受賞。国内にとどまらず、海外でも高く評価される日本映画界の期待の監督である。最新作は『滝を見にいく』(14)『モヒカン故郷に帰る』(16)。

『モリのいる場所』メイキング写真 山﨑努と沖田監督の握手に笑顔の樹木希林
(c)2017「モリのいる場所」製作委員会

<熊谷守一(1880-1977年)>
明治に生まれ、大正・昭和の画壇で活躍した洋画家。美術学校を首席で卒業し、若い頃から絵の才能を認められながらも、いい絵を描いて褒められようとも有名になろうとも思わず、たまに描いた絵も売れず、長いこと借家を転々として友人の援助で生きながらえる。ぽつぽつ絵が売れてようやく家族を養えるようになったのは50歳を過ぎた頃。この頃の有名なエピソードとして、作品を二科展で見た昭和天皇が「これは子どもの絵か」と聞いた話がある。やがて、その風貌や言動から「画壇の仙人」としてひろく脚光をあびる。文化勲章と勲三等叙勲を辞退。その理由を「これ以上、人が訪ねて来るのと困るから」と言っていたが、本当は褒状をもらうのが嫌だった。
そうして、家の外へ出ることなく、ひたすら自宅の庭で動植物を観察し続けました。
映画は、そんな熊谷守一のエピソードを元に、晩年(94歳)のある1日をフィクションとして描きます。

熊谷守一は2017年に没後40年を迎え、12月1日からは東京国立近代美術館にて200点以上の作品を集めた大回顧展が開催されます。

<展覧会>
東京国立近代美術館「没後40年 熊谷守一 生きるよろこび」12月1日より開催

http://kumagai2017.exhn..jp/

ストーリー

自宅の庭には草木が生い茂り、たくさんの虫や猫など、守一の描く絵のモデルとなる生き物たちが住み着いている。守一は30年以上、じっとその庭の生命たちを眺めるのを日課にしていた。普段、守一は妻の秀子と二人の生活をしているが、毎日のように来客が訪れる。守一を撮ることに情熱を燃やす若い写真家の藤田くん、看板を書いてもらいたい温泉旅館の主人、隣人の佐伯さん夫婦、郵便屋さんや画商や近所の人々、そして、得体の知れない男・・・
今日もまた、モリとモリを愛する人々の、可笑しくて温かな1日が始まる。

監督 /脚本:沖田修一 主演:山﨑努 共演:樹木希林
配給:日活 制作:日活、ダブ 製作:2017『モリのいる場所』製作委員会

(c)2017「モリのいる場所」製作委員会

2018年シネスイッチ銀座ほか全国公開