イキウメの舞台では、決まって世界は二重三重にかさなり合っている。その絶妙な配置をどうやって映画化するか、最初それは至難のワザに思えた。私を含めてスタッフたちはみな試行錯誤しながら、現実世界の中に様々なこちら側とあちら側の境界線を用意した。それが正解なのかどうか、やってみるまで誰にもわからなかった。しかし俳優たちは誰一人ちゅうちょせず、いとも軽々とその境界線を越えてくれた。時に笑いを誘いながら。こうして今まで多分誰も見たことのない、まったく新しい娯楽映画ができあがったように思う。ー<黒沢清監督>

(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会

『岸辺の旅』で第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞を受賞、国内外で常に注目を集め、2016年には『クリーピー 偽りの隣人』でもその手腕を発揮した黒沢清監督が、劇作家・前川知大率いる劇団イキウメの人気舞台「散歩する侵略者」を映画化。

9月9日に公開された『散歩する侵略者』に対して黒沢清監督が答えたオフィシャルインタビューが到着いたしました。今作にかけた思いをお伝えします。

■監督:黒沢 清 KIYOSHI KUROSAWA

1955年生まれ、兵庫県出身。大学時代から8ミリ映画を撮り始め、1983年、『神田川淫乱戦争』で商業映画デビュー。その後、『CURE』(97)で世界的な注目を集め、『ニンゲン合格』(98)、『大いなる幻影』(99)、『カリスマ』(99)と話題作が続き、『回路』(00)では、第54回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞。以降も、第56回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された『アカルイミライ』(02)、『ドッペルゲンガー』(02)、『LOFT ロフト』(05)、第64回ヴェネチア国際映画祭に正式出品された『叫』(06)など国内外から高い評価を受ける。また、『トウキョウソナタ』(08)では、第61回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査員賞と第3回アジア・フィルム・アワード作品賞を受賞。テレビドラマ「贖罪」(11/WOWOW)では、第69回ヴェネチア国際映画祭アウト・オブ・コンペティション部門にテレビドラマとして異例の出品を果たしたほか、多くの国際映画祭で上映された。近年の作品に、『リアル〜完全なる首長竜の日〜』(13)、第8回ローマ映画祭最優秀監督賞を受賞した『Seventh Code』(13)、第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞、第33回川喜多賞を受賞した『岸辺の旅』(14)、第66回ベルリン国際映画祭に正式出品された『クリーピー 偽りの隣人』(16)、オールフランスロケ、外国人キャスト、全編フランス語による海外初進出作品『ダゲレオタイプの女』(16)がある。
※本文中( )内は製作年表記となります。

【黒沢清監督インタビュー】

Q 本作を監督することになったきっかけ、本作を映画化したいと思った理由を教えて下さい。

もう何年も前になりますけど、前川知大さんの書かれた原作の小説を読みまして、とても興味深く、映画にしたい、とまず思いました。それからすぐ、その時は知らなかったのですが、初めて前川さんのやっていらっしゃるイキウメの舞台を拝見しまして、深く感銘を受けてこの舞台の映画化に僕が携わることができたらこんな光栄なことはないと思いまして、より、この原作の映画化を望むようになりました。
まず演劇の土台になった戯曲があったわけですけれども、タイトルも「散歩する侵略者」ですから、映画としては「宇宙人侵略もの」という、アメリカ映画には一つのテーマとなっているスタイルがあります。ただ、その定番のスタイルをこの映画の中でどこまでやるのか、それから外すのか、っていうバランスを見つけるのに結構苦労して何度も脚本を書きなおしました。

Q 本作は、サスペンス、ラブストーリー、アクション、コメディなどあらゆる要素があり、黒沢監督の過去の作品の中でもあまり例がないように思いますが、新たな挑戦としてこだわられたことはありますか?

どれも新たな挑戦ばかりなんですけれども、何よりやはり一番の自分にとってのチャレンジだったのは、これが演劇の映画化だということです。ですから、僕のこれまでの作品に比べると格段にセリフの量が多いと思います。映画的な場面転換だけでなく、あるシーンの中での俳優同士のセリフの掛け合いとかですね、そういったものをこの作品では重視しました。それは果たして映画としてどれだけ見応えのあるものになるのかっていうのは初めての経験でしたので、結構気を遣いながら。でも、その挑戦が楽しく、新鮮な気分で撮影現場を乗り切りました。
前川さんの書かれた原作に忠実にやろうとすると、ある種の軽さと重さが同居してるんですね。それはすごく大切にしようと思いましたから、結果としては、それが幅のある表現になっていき、いろんな映画のジャンルを複合させたようなものになっていきました。

Q 鳴海と真治の夫婦の物語と桜井と天野たちの物語、タイプの違う二つのストーリーが一つに重なるという構成、それぞれのパートを描くにあたり意識されたことはありますか?

鳴海と真治は基本的には自分の家にいて日常の中でだんだん異変が現実のものになっていく、という流れです。一方、桜井たちはどこかに定住するということではなく転々と場所を変えて、車で放浪しながら、しかし、次第に異変が、これも同じように、現実のものになっていくという。最初に脚本を書いている時から、狭い日本の小さな都市の中ではありますが、定住している者と放浪している者という違いをうまく画面の中で表現できたらなあと思いました。ただ、人間の側が最初は冗談としか思えない「侵略者=宇宙人」という存在にだんだん確信を持っていき、彼らのことを怖がりながら、最終的には共鳴していくという、その流れはどちらのパートも同じでしたので。ぜんぜん違うシチュエーションを描きながら、心理的なドラマとしては実は同じような経過を辿っているというバランスは、特に意識したところですね。

Q 今回、「人間の概念を奪う」という映像の表現が難しい「侵略」の形を描いていますが、演出面で工夫されたことはありますか?

演出的にはあえて「特に何もしない」ということを心がけました。アメリカの本格侵略作品ですと、侵略している瞬間が最大の見せ場、特殊効果も振るわして人類が襲われる様が描かれていますが、それとはぜんぜん違うやり方で、侵略の瞬間を描こうと思いました。違うというのはどういうことかと言いますと「何もしない」ということだと。割と最初から、脚本を書いている時から決めていました。

Q 「概念を奪う」ということ自体面白いことですよね。

考えていくと、もともとの人間の本質に関わる、すごく興味深く、自由に表現できるアイデアだと思いますね。映画を観ていただくとわかるのですが、必ずしもそのようにして、侵略者に「概念」を奪われて人が悲惨なことになっているかというと、あながちそうでもない、というような流れにしてあります。
この物語の中で主に奪われる「概念」というのは、家族だったり、仕事だったりと、現代の人間がすごく重要だと思い込んで、逆にそれに縛られてしまっているもの。そういった現代性を帯びた「概念」に限り、この侵略者たちは奪っていくという。ですから、そこから解放されるというのは、ひとつの現代的な様々な苦悩から解放されることでもある、ということですね。それは、前川さんの狙いでもあると思います。


黒沢清監督最新作『散歩する侵略者』

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<ストーリー> 
数日間の行方不明の後、不仲だった夫がまるで別人のようになって帰ってきた。急に穏やかで優しくなった夫に戸惑う加瀬鳴海(長澤まさみ)。夫・加瀬真治(松田龍平)は毎日散歩に出かけて行く。一体何をしているのか…? 同じ頃、町では一家惨殺事件が発生し、奇妙な現象が頻発する。ジャーナリストの桜井(長谷川博己)は取材中に一人、ある事実に気づく。やがて町は急速に不穏な世界へと姿を変え、事態は思わぬ方向へと動く。「地球を侵略しに来た」—真治から衝撃の告白を受ける鳴海。混乱に巻き込まれていく桜井。当たり前の日常がある日突然、様相を変える。些細な出来事が、想像もしない展開へ。彼らが見たものとは、そしてたどり着く結末とは?

出演:長澤まさみ 松田龍平 高杉真宙 恒松祐里 前田敦子 満島真之介 児嶋一哉 光石研 
   東出昌大 小泉今日子 笹野高史 長谷川博己
監督:黒沢 清 
原作:前川知大「散歩する侵略者」 
脚本:田中幸子 黒沢 清 
音楽:林 祐介
製作:『散歩する侵略者』製作委員会 
配給:松竹/日活
(C)2017『散歩する侵略者』製作委員会

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