横浜港そばの山下公園には、赤い靴を履いた少女の像がある。さほど大きくもないし、目だたないせいか、寄っていく人もあまりない。野口雨情作詩、本居長世作曲の童謡を覚えている世代なのか、像をなでたりしている人を見ると、なぜかさみしさを覚える。
少女像にほど近い場所に、かつては貨客船として北米航路に就航していた氷川丸も係留されて動かないまま。どちらも過去のスターに遭遇したような感じがしてならない。

「禅と骨」の主人公ヘンリ・ミトワは、この赤い靴を履いた少女を映画化しようと奔走した禅僧だ。

©大丈夫・人人 FILMS

父リチャード・ミトワはアメリカの映画配給会社UA日本支社でチャップリンの映画の配給にかかわった人物。新橋の芸者だったこうとの間に、1918年に横浜の根岸で生まれたのがヘンリで、兄が二人いて、裕福な生活を送っていた。父が次兄フレッドを伴って帰米したところ、大恐慌のために資産を失い、日本の妻子への仕送りもできなくなる。
以後、長兄ジョン、ヘンリをかかえた母は苦労を重ねることになる。
ジョンは足が悪くて働き口もなく、ヘンリもラジオ部品会社で働くが、ハーフということで特高がしばしば訪ねてきては嫌味を言う。ラジオは通信機器なので、スパイではないかとも疑っているようだ。40年に氷川丸で渡米し、電気修理工となるが、戦争勃発とともに強制収容所に入れられ、そこでサチコと結婚し、子供三人をもうけた。

 我々の想像を絶する数奇な人生を送った人物で、戦後になっても波瀾万丈の人生航路が続く。
運命に流されているようで、人生の節目節目では我意を通したともいえる行動にでる。
61年に帰国し、京都の妙心寺に身を寄せ、裏千家茶道研究所に入って、茶道を習い、54歳で僧侶となる。1982年作「ゴースト・イン・京都」(日本はビデオ公開)にそのまま禅僧の役で出演。71歳の時に通訳として「動天」に参加し、宣教師役で出演もしたことから映画に目覚め、76歳で「赤い靴はいてた女の子」の映画化を宣言するも、製作費が集まらず、映画は日の目を見ぬまま、2012年に死去。享年93。

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 2006年にやはり横浜ゆかりの女性をテーマにした「ヨコハマメリー」を撮った中村高寛の実に11年ぶりの第二作となる。基本はドキュメンタリーだが、一部に俳優を使ったドラマが含まれている。ヘンリ、母、兄にウエンツ瑛士、余貴美子、チャド・マレーンが扮して、ヘンリの青少年期を再現している。ドキュメンタリーの中にこうしたドラマが入ることは、客観性を損ないかねず、嘘っぽさを感じずにはいられない。普通なら避けるべき手法である。もっともドキュメンタリーのリアリティといっても、主題となった人物、映画を撮ってる人物のバイアスがかかるので、そのまま信じることはできない。ドラマ仕立てにしたことで、分かりやすさと時代世相をより感じ取られたことは確かなのだが。
 中村監督はドキュメンタリーには珍しく、章を立てて、ヘンリ・ミトワの生涯を紹介。渡米してヘンリの長男宅を訪ねたり、長女が生まれた強制収容所跡に行ったりと、側面からのアプローチも怠りない。ミトワ自身の言葉や昔の8ミリ、ニュース映画を随所に織り込み、妻、家族、同僚の禅僧、裏千家家元、「赤い靴はいてた女の子」映画化に尽力した人々にもインタビューして、彼ら自身の見たヘンリ・ミトワ像を現出させている。

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なかでも次女の場面が秀逸。日本に来たくはなかったと公言する彼女は、カメラが廻っているにもかかわらず、缶ビールをがぶ飲みし、きれいごとを装うとはしない。その強烈な個性には驚嘆するほかはない。
同じことはヘンリにも言える。青い目の禅僧といった型にはまったイメージを粉砕する場面が多々あり、日本にもこんなぶっとんだ人がいたのかという驚きを禁じ得ない。

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 そして、ラストのぶっ飛び映像で、私は大爆笑してしまった。横浜港に巨大な観音像を建立したいという彼の望みを叶えたつもりで、波止場に立つ観音像が合成してあった。そして、どこからともなく「生きてるかぎりはどこまでも〜」という演歌が聞こえてきた。

なぜ? そうか「骨まで愛して」か。最後の最後まで 人をひきつけ、そして人を食ったようなミトワの人生にふさわしいラストといえよう。


北島明弘
長崎県佐世保市生まれ。大学ではジャーナリズムを専攻し、1974年から十五年間、映画雑誌「キネマ旬報」や映画書籍の編集に携わる。以後、さまざまな雑誌や書籍に執筆。著書に「世界SF映画全史」(愛育社)、「世界ミステリー映画大全」(愛育社)、「アメリカ映画100年帝国」(近代映画社)、訳書に「フレッド・ジンネマン自伝」(キネマ旬報社)などがある。

粋人?変人?禅僧-日系アメリカ人ヘンリ・ミトワの一代記『禅と骨』予告編

粋人?変人?禅僧-日系アメリカ人ヘンリ・ミトワの一代記『禅と骨』予告編

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監督・構成・プロデューサー 中村高寛
プロデューサー 林海象

ドラマパート出演
ウエンツ瑛士 / 余 貴美子 / 利重剛 / 伊藤梨沙子 / チャド・マレーン / 飯島洋一 /山崎潤 / 松浦祐也 / けーすけ / 千大佑 / 小田島渚 / TAMAYO / 清水節子 / ロバート・ハリス / 緒川たまき / 永瀬正敏 / 佐野史郎
ナレーション 仲村トオル

音楽:中村裕介×エディ藩・大西順子・今野登茂子・寺澤晋吾・武藤イーガル健城
挿入曲「赤い靴」岸野雄一×岡村みどり×タブレット純、「京都慕情」岸野雄一×重盛康平×野宮真貴 エンディング曲「骨まで愛して」コモエスタ八重樫×横山剣(CRAZY KEN BAND)
2016 年 / 127 分 / HD 16:9 / 5.1ch
配給:トランスフォーマー
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9/2(土)より、 ポレポレ東中野 キネカ大森 横浜ニューテアトルほか全国順次上映