今年、節目の第70回目を迎えるカンヌ映画祭。

この連載では、毎年5月に催される世界最高峰の映画祭の昨年の模様をまとめてレポート!

この映画祭の魅力をお伝えします。

2016年 第69回カンヌ国際映画祭を振り返るー 【CANNES 2016】5

映画祭3日目の13日(金)。“コンペティション”部門では、フランスのブリュノ・デュモン監督の『スラック・ベイ』とイギリスのケン・ローチ監督の『アイ・ダニエル・ブレイク』が正式上映。“ある視点”部門で2作品、そして招待作品2本が上映された他、“カンヌ・クラシック”部門には、瀬尾光世監督のアニメーション映画『桃太郎 海の神兵』など、全6作品が登場!

2度のグランプリ受賞監督ブリュノ・デュモンの『スラック・ベイ』は奇妙な味わいのスラップスティック・コメディ!

1997年の長編デビュー作『ジーザスの日々』でカメラドールのスペシャルメンションを与えられ、1999年の『ユマニテ』と2006年の『フランドル』で2度、グランプリを受賞したフランスの鬼才ブリュノ・デュモン監督。素人俳優の起用に定評があり(『ユマニテ』では、全く演技経験のない素人のエマニュエル・ショッテとセヴリーヌ・カネルにもそれぞれ男優賞と女優賞をもたらす快挙を達成!)、シリアスかつドライな演出で知られていたのだが、今回の『スラック・ベイ』は、素人俳優と人気俳優の“混成”に挑み、シュールな笑いを盛り込んで描いたミステリアスタッチのコメディで、名優のファブリス・ルキーニとジュリエット・ビノシュが思いもよらぬドタバタ演技を披露する怪作だ。

1910年の夏。北フランスの小村で謎の失踪事件が相次ぎ、対照的な警官コンビが捜査に訪れる。そんな中、避暑で滞在中の金持ちブルジョワ家庭の末っ子と地元の漁師一家の長男が惹かれ合っていくが……。
朝の8時半からの上映に続き、11時から行われた本作の公式記者会見には、ブリュノ・デュモン監督、出演者のファブリス・ルキーニ、ヴァレリア・ブルーニ=テデスキ、ジュリエット・ビノシュ、ジャン=リュック・ヴァンサン、そして2名の新人俳優が登壇した。

『スラック・ベイ』の記者会見 Photo by Yoko KIKKA

ブリュノ・デュモン監督 Photo by Yoko KIKKA

ジュリエット・ビノシュ Photo by Yoko KIKKA

ファブリス・ルキーニ(左)とヴァレリア・ブルーニ=テデスキ(右) Photo by Yoko KIKKA

これまでと同様、自ら脚本を手掛けているブリュノ・デュモン監督は、路線変更した本作について「スリラーからコメディまで、全ての要素を含んだ“カラフル”な映画にしたかった。多彩なキャラクターが登場するので、キャストも素人だけではなく、演技派俳優とコメディアンの両方が必要だった」とコメント。また、ブルジョワ家庭の主人役を大袈裟かつ滑稽に演じたファブリス・ルキーニが、本作での苦労を持論を交えつつ大きな身ぶり手振りで滔々と述べ、盛況の記者会見となった。

『アイ・ダニエル・ブレイク』は役所仕事の理不尽な壁と格闘する男の姿を活写した社会派ドラマ!

2006年の『麦の穂をゆらす風』でパルムドールに輝き、2012年の『天使の分け前』でも審査員賞を受賞しているカンヌの常連監督ケン・ローチが、2014年の前作『ジミーズ・ホール』での監督業引退宣言を覆し、コンペ参戦した『アイ・ダニエル・ブレイク』は、理不尽な福祉行政に翻弄される弱者の悲哀を描いた硬派な社会派ドラマで、一貫して労働者階級に焦点を当ててきた名匠のまさに面目躍如たる秀作だ。

『アイ・ダニエル・ブレイク』の記者会見 Photo by Yoko KIKKA

デイヴ・ジョーンズ Photo by Yoko KIKKA

イギリス北東部で暮らす59歳のダニエル・ブレイク(デイヴ・ジョーンズが実に巧演!)は、心臓発作により医者から仕事を止められている大工職人だ。福祉手当を受給すべく役所を訪れた彼は、2人の子供がいるシングル・マザー、ケイティ(ヘイリー・スクワイアーズ)と出会い、係官ともめる彼女に思わず助け舟を出すのだが…。主役に抜擢されたデイヴ・ジョーンズは、主にテレビで活動するコメディアンで、なんと本作が映画初出演作だという。

夜の正式上映に先立ち、12時半から行われた『アイ・ダニエル・ブレイク』の公式記者会見にはケン・ローチ監督、脚本家のポール・ラヴァティ、撮影監督のロビー・ライアン、プロデューサーのレベッカ・オブライエン、俳優のデイヴ・ジョーンズ、ヘイリー・スクワイアーズが登壇し、称賛の拍手で迎えられた。

左からデイヴ・ジョーンズ、ケン・ローチ監督、ヘイリー・スクワイアーズ Photo by Yoko KIKKA

左から脚本家のポール・ラヴァティと撮影監督のロビー・ライアン Photo by Yoko KIKKA

本作で、英国の住宅法に基づく深刻なホームレス問題と福祉手当制度の利用実態を徹底したリアリズムで描写したケン・ローチ監督は、「人間のありのままの生活を描いたのさ。少数の裕福な人間たちのために、善良な普通の人たちが犠牲になっている。違う世界が必要なんだ」と力強くコメント。

会見では、理不尽な状況の中でも優しさを失わないタフな男を見事なまでに演じきったデイヴ・ジョーンズに対し、感服した司会者が「一体、今まで何処に隠れていたんだい?」とジョークを飛ばす一幕も。また、UK作品ながらお馴染みとなった英語字幕については、プロデューサーが「舞台となったニューカッスルはアクセントがキツいの。インターナショナルで勝負するための方策なのよ」と説明した。
(記事構成:Y. KIKKA)

吉家 容子(きっか・ようこ)
映画ジャーナリスト。雑誌編集を経てフリーに。
シネフィルでは「フォトギャラリー」と気になるシネマトピックをお届け!