長谷川 和彦(はせがわ かずひこ、1946年1月5日 - )
日本の映画監督。愛称の”ゴジ”で映画人などでは有名。広島県出身。

2本の監督作品で、映画界の伝説となっている長谷川和彦監督。
wikipediaなどで詳しく、監督のことが掲載されており、若い方などで興味を持たれた方は、そちらを見ていただいた方がいいと思うが、代表作となる『青春の殺人者』と『太陽を盗んだ男』については、いかに抜粋した。

1975年、長谷川の噂を聞きつけたATGの多賀祥介に話を持ちかけられ、中上健次原作『蛇淫』を脚色した『青春の殺人者』により翌1976年監督デビュー。製作が決まってクランクインまで丸一年を要した。「30歳の新鋭映画監督登場」、「ニューシネマの旗手」として話題を呼ぶ。この作品はその年のキネマ旬報ベスト・ワンに選ばれるなど、高い評価を受け、多くの映画賞を独占。新人の第1回作品がベスト・ワンになるのは異例であった。長谷川に引っ張られるように、次々に映画界に若手監督がデビューした。相米慎二は「長谷川は映画を動かす時代の始まりだった」と述べている。
(省略)1979年、レナード・シュレイダー(ポール・シュレイダーの兄)との共同脚本で、『太陽を盗んだ男』を監督。孤独な中学物理教師(沢田研二)がアパートで原爆を製造。国家を敵にまわし、ナイター中継の延長やローリング・ストーンズの日本公演を要求する。原発の襲撃や派手なカーチェイスなど、それまでの日本映画にないエネルギッシュな娯楽アクションに仕上げ、“日本のスティーヴン・スピルバーグ”の異名を取る。キネマ旬報ベスト・テン2位、同誌読者投票1位と高評価を受け、「若手監督の旗手」と、大きな支持を受けた。
(省略)その後一般的な評価が高まり、映画誌などで<日本映画史上歴代ベストテン>にも挙げられたり、<20世紀を代表する日本映画>などと評されている。

その他に、映画の脚本作品としては、『性盗ねずみ小僧』(1972年)曽根中生監督『濡れた荒野を走れ』(1973年)澤田幸弘監督『青春の蹉跌』(1974年、脚本)神代辰巳監督など4本が挙げられる。

そして翌年。『青春の殺人者』を手がける1年前となる1975年にTBSのテレビドラマ、『悪魔のようなあいつ』の脚本家として長谷川和彦監督が参加する。

今作の演出を手がけたのは、演出家、プロデューサーとして『寺内貫太郎一家』、『時間ですよ』や郷ひろみと樹木希林のデュエットによる番組挿入歌『林檎殺人事件』の大ヒットを生む『ムー一族』などテレビ史に残る数多くのテレビドラマのヒットメーカー久世光彦。

お茶の間の娯楽だったテレビに、人気の絶頂だった沢田研二をダークヒーローとして登場させたこと自体が事件とも言えた。また、本当の三億円事件の時効成立までを同時進行という、テレビメディアを利用した手法も斬新であった。
詳しくは(https://ja.wikipedia.org/wiki/悪魔のようなあいつ)

長谷川和彦監督については以下に詳しく掲載されている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/長谷川和彦)

長谷川和彦 監督作品

青春の殺人者(1976年、監督)

太陽を盗んだ男(1979年、監督・脚本)

太陽を盗んだ男 予告編 - YouTube

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当時を語る長谷川和彦監督の映像

「太陽を盗んだ男」映像証言NO1

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脚本を書いた映画

性盗ねずみ小僧(1972年、脚本)曽根中生監督
濡れた荒野を走れ(1973年、脚本)澤田幸弘監督
青春の蹉跌(1974年、脚本)神代辰巳監督
宵待草(1974年、脚本)神代辰巳監督

製作参加の作品

逆噴射家族(1984年、製作)石井聰互監督(現在石井岳龍に改名)
              原案 小林よしのり(脚本も参加)

関わったテレビドラマ

悪魔のようなあいつ 沢田研二 6-10

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悪魔のようなあいつ(1975年、脚本)
七人の刑事 「ひとりぼっちのビートルズ」ゲスト、沢田研二 (1978年、原案・脚本)
日本名作ドラマ「雁」(1993年5月3日・10日、出演)

長谷川和彦監督 トークショー 2009.12.12 東京「新文芸坐」インディの鞭より

長谷川和彦監督 トークショー 新文芸坐2009.12.12 【前編】

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カンヌなどの話しをしています。後編はこちらです。
https://www.youtube.com/watch?v=wRyfBCxlRo0

誰もが、新作を待ち望んでいる長谷川和彦監督。もう30年も待っているファンが多く、わずか2本の映画でここまで伝説となることも、通常では考えられないことー今後も目が離せませんね。