まつかわゆまのカレイドシアター No.33
『七人の侍 4Kデジタルリマスター版』
まずは、今週絶対に見逃していただきたくない作品から。
あの『七人の侍』が、午前十時の映画祭で、4Kデジタルリマスター版としてリバイバル公開されています。
二つの期間で、都内いくつかのシネコンでも上映しますので、お見逃しなく。
これは、朗報ですよー。
「七人の侍」といえば、黒澤明監督の代表作で、世界中に知られている古典的名作です。リメイクも多く、アクションもので「七人」と付けば、すべてが「七人の侍」に影響された作品である、というのは言い過ぎとしても、かなりの数はあるのではないでしょうか。
しかも、息が長い。現在アメリカで大ヒット中のアントン・フークワ監督デンゼル・ワシントン主演の「マグニフィセント・セブン」も「七人の侍」のリメイク、というか、リメイク作「荒野の七人」のリメイクです。こちらは来年1月27日公開が決まったそうです。
それぞれ特殊技能を持った、わけありで個性的な、はぐれものの七人が、あるミッションのために集まり、ミッションを遂げていく、というのが基本線。
いくらでもバリエーションが考えられますね。
黒澤監督は剣豪ものの資料を集めた中に、戦国時代に食い詰めた侍が農民に村の警護のために雇われた、という記述を見つけて「七人の侍」の物語を考え付いたそうです。といっても、黒沢監督の場合、この時期、脚本は自分一人では書きません。「七人の侍」も橋本忍と小国(オクニ)英雄と黒沢の三人で書いています。
橋本忍によると、黒澤映画の面白さのもとになっている脚本の素晴らしさはこの複数のシナリオライターによる合作のたまものだそうです。
確かに、晩年になって黒澤一人で書くようになった作品には、絶頂期の先の読めない面白さは姿を消してしまいました。
七人の侍」に関しては何冊もの本が出ているほど有名です。
黒澤映画のエッセンスが詰まった作品と言えるでしょう。語り尽くすことは、とてもできません。
なので、今回の4Kデジタルリマスター版についてお話ししましょう。
デジタルリマスターというのは、もちろん、ピンからキリまでありますが、今回はオリジナルネガを4K解像度でスキャンしデータ化、デジタル復元ソフトでキズ消しなどの作業を施してから4K解像度に戻し、新しいネガを作成すること。
つまり、フィルムの一コマづつをデジタルに変換して、傷などを消し、色味や明暗などを調節して、もとの状態のいいフィルムの段階まで復元していくことを言います。フィルムには映像と音のネガ、というのがあるわけですが、その両方をデジタライズして、最初の状態に復元していくわけですね。
今回は297,407コマ、一秒24コマ×三時間27分ぶんの映像と音声をデジタル処理して、初号プリントの状態に復元したものです。
映像がクリアになっただけではなく、音声がクリアになって聞き取りやすくなっていると見た人が感心していました。三船敏郎演ずる菊千代のセリフなど、三船の声としゃべり方もありますが聞き取りにくく、何を言っているのかわかりにくい部分もありましたが、それがちゃんとわかるようになっているそうです。
まぁ、昔見たときは、動きの中でセリフがつぶれるのもリアルなんだな、と思っていたのですが、そんなことはなかったんですね。
この10年くらい、やっと日本でも映画の保存についての動きがさかんになりましたが、2000年代初めは映画の保存についてまだそれほど重要視されていなかったんですね。
そんな中、2008年、最初にデジタルリマスターされたのは黒澤監督の「羅生門」でした。今は国内の現像所で行いますが、「羅生門」のときはアメリカの会社に頼んでいました。
すると、アメリカ人にとっては蝉の声が雑音にしか聞こえず、全部カットしてしまったんだそうです。蝉の声のない「羅生門」、考えられない…。
そんな時代を越えて、やっと「七人の侍」デジタルリマスター。
これは絶対劇場で見なくちゃ、いけませんよね。
『SCOOP!』
次の作品は公開中の「SCOOP!」です。
福山雅治の主演ということで話題の映画ですが、原作は、原田眞人監督原田芳雄主演のTV映画「盗写 二百五十分の一秒」。
スクープ写真撮影に命を懸けるパパラッチカメラマンが主人公です。
写真週刊誌を舞台に、アイドルの交際発覚から、若手政治家と女子アナの不倫、スポーツ選手の夜の豪遊など、スキャンダルを追いかける中年のカメラマンを、あの、福山雅治が演じているわけです。
監督は「モテキ」「バクマン」の大根 仁(オネ ヒトシ)。
私はほとんどテレビを見ないもので、深夜番組だった「モテキ」が映画になっても興味がなく、見るつもりなかったんですよ。ところが、知り合いの映画配給の人や媒体の人たちが、ものすごくおもしろがっている。それで、これはとりあえず見てみようと映画館に行ってみたら、いやー、おもしろかったぁ。というわけで、引き続き見るようになった監督です。
映像のセンス、テンポ、セリフのはまり感なんかがすごくいい。最初から最後まで、乗ってく、という感じ。乗せられちゃうんです。途中下車なし。
今回の『スクープ』は、監督が原作を見て以来憑りつかれていた作品だそうで、力、入ってます。今まではお話が恋愛ものだったり青春ものだったりしたのですが、今回は、アクション・サスペンス・ドラマ混ぜて福山で割る、という感じかな。
みんなの好きな「かっこいい福山」をわざと汚して、なんか、そばによるとクサッっとしそうなルックスにしていて、言うこともやることも、ゲスっぽい男にしています。ま、それでもかっこいいんだが(笑)
そんなゲスなスキャンダル狙いのカメラマンと、全くこの仕事に向いてないと思っている写真週刊誌の新人記者がコンビを組まされます。新人記者役は二階堂ふみ。
やる気のない、文句ばっかり言っているミーハーな記者なんです。当然、ぶつかる。ぶつかりあいながら、変わっていく。その辺は王道なんですが、ひとつずつのエピソードの作り方が上手いんで、乗せられちゃうわけです。
売り上げが落ちていて焦り気味の写真週刊誌編集部の面々も、面白い。
スキャンダルと事件担当の女性副編と袋とじグラビア担当の男性副編がはりあっている。どちらにしろスキャンダラスな写真週刊誌なんだけれど、仕事に対する思いというのは捨ててないところで、「お仕事映画」にもなっているんですね。その「お仕事」の最前線に福山演ずる都城静(ミヤコノジョウ シズカ)がいるわけです。
ファンは観に行くので、ファンじゃない人にも見て損はないよ、と言いたい作品です。
『グッドモーニングショー』
「グッドモーニングショー」。こちらも、報道、についてのお話です。
監督は「踊る大捜査線」シリーズの脚本を手がけた脚本家でもある君塚良一。ひとつの舞台のあちこちで、同時進行でいろいろなことが起こっているのを一挙に見せる、という手法が得意な人です。
今回は朝のテレビワイドショーが舞台です。スタジオ・調整室・スタッフルームという、人がわらわらいて、時間に追われていて、常に駆け引きが行われている現場の雰囲気がでていて、わくわくします。
毎日早朝三時起きで出社、朝のワイドショーのキャスターを務める澄田(スミタ)信吾に、想いもしなかった災難が雨あられと次々に降りかかる最悪の一日を描きます。
主演は中井貴一。映画では重たい役がこのところ続いていたので、ひさしぶりにコミカルな演技が見られて、なかなかよろしい、です。
局の中では、シュチュエーション・コメディになっていますが、立てこもり事件が起こり犯人に名指しで呼び出され現場に出てからはちょっと社会派ドラマになる、という構成は「踊る大捜査線」と似ていますね。
個性派や舞台出身の俳優たちによる、隅々まで気を抜けないアンサンブル演技も上手くいってます。
君塚監督は、萩本欽一に師事してバラエティなどを手掛け脚本家になった人で、脚本家としてはコメディを得意としていますが、監督としては社会派な映画を作りたい人なのだと思います。今回、そのバランスがうまくとれていて、楽しみながらちょっと考えさせられるところもある、という作品になっています。
今週ご紹介している二本の日本映画は、どちらもジャーナリズムをモチーフにした作品です。けれど、どちらも報道部とか社会部ではなくて、エンターテイメントとして媒体をとらえている部署を舞台としています。だから、社会正義とか民主主義とか政治とかより、売上部数や視聴率を稼ぐためのネタを追っかける現場を描くことになるわけです。
逆に言えば、ジャーナリズムの、社会の暗いところや悪いところをあぶり出し、正していく力、には期待しないという現場を描いているのですね。報道部はバラエティやワイドショーを見下していて、なんかエラそうで嫌な奴ら、という描き方は、なんというか、エリートやインテリ嫌いなご時勢を反映している気もします。
ジャーナリズムの現場を描く、というと、社会派の、強きをくじき弱きを助ける、真実を追求して巨悪をたたくジャーナリストたち、を期待してしまうのですが、そうはならないんですよね。そこがちょっと残念です。
『ジェイソン・ボーン』
ここでがらりと変わって、ハリウッドのアクション・サスペンス映画に行きましょう。
公開中の「ジェイソン・ボーン」です。
2002年公開の「ボーン・アイデンティテイー」、スプレマシー、アルティメイタムに続くジェイソン・ボーン・シリーズの三作目。アルティメイタムから9年ぶりの新作です。
ボーン・シリーズにはもう一本、別の主人公をたてた「ボーン・レガシー」がありますが、マット・デイモンのジェイソン・ボーン役と監督ポール・グリーングラスのコンビがやはり、ボーン・シリーズの魅力ですね。
CIAによって作られた最強の暗殺者ジェイソン・ボーン。記憶をなくしていた彼が、自分は何者なのかを解明し、彼を洗脳し暗殺者にしたてながら抹殺しようとする組織と対決していく、というシリーズです。
「ボーン・アルティメイタム」でその戦いは一応の終わりをつげ、再び姿を消したジェイソン・ボーンですが、あれだけ儲かるシリーズをみすみす終了させるのはもったいないと、再登場。番外編として作られた「ボーン・レガシー」ではお客さんは納得しなかったわけですね。
今回はマット・デイモンが製作にも加わり、二作目のスプレマシーを一作目のアイデンティテイのダグ・リーマンから引き継いだ監督ポール・グリーングラスが、アルティメイタムに続いて三回目の登板。もう原作はないので脚本も手掛け、新しいボーンの戦いを作りだし、得意の”手持ちカメラ風”のドキュメンタルな映像で、複雑な物語をガンガン飛ばして見せていきます。
2002年当時、ワイヤー・アクション全盛のスタント界にバルクールを持ち込み、生身スタントの魅力を知らしめた作品が「ボーン・アイデンティティ」でした。この、CGで作るのではなく生身で行うスタントを、出来る限りマット本人が行うリアルなアクションシーンも、ボーンシリーズの見どころです。今回もさらに激しく選り取り見取りのてんこ盛りで見せてくれます。
アルティメイタムで組織をつぶし、過去と決別できたかに思えたボーンでしたが、CIAは再び秘密組織を結成、世界中のネットを監視しようという計画を進めていることを知らされます。そしてボーンの父親がCIAと関わっていたこと、そして殺されたことを思い出していきます。
その首謀者は誰だったのか、真の敵は誰だったのか。アテネ・ベルリン・ロンドン・ラスベガス、世界を駆け巡るボーンの新たな闘いが始まります。
『ある戦争』
最後の作品は「ある戦争」。
新宿シネマカリテ他で公開されているデンマークの作品です。
デンマークは国連PKOにデンマーク軍を派遣しています。この作品は、アフガニスタンに派遣された部隊を率いる隊長クラウスの物語です。
タリバンとの戦いが続き、地雷のうめられた平原でタリバンの監視と地域住民の保護を仕事とするデンマーク軍。毎日行われる巡回は地雷原を行くもので、死と隣り合わせです。ある日、一人の若い兵士が巡回中に地雷を踏み、両足を吹き飛ばされ亡くなります。パニックを起こす兵士たちに対して、いつもは司令室にいる隊長が自分も巡回に加わると言い、副官が止めるのを無視して巡回に出ます。隊長クラウスは、自分は安全な司令室にいて、部下たちが地雷原で死と向き合っていることに耐えられなくなっていたのでした。
軍隊の駐留は地域住民に緊張を生みます。病気やけがの時、駐留軍の助けを借りれば、反対派だとタリバンに目をつけられてしまいます。といって、タリバンも地域住民も皆同じに見える駐留軍にとっては地域住民もタリバンと通じているのではないかと疑われているのです。
そんなある日、ある家族が娘が病気になったとクラウスの部隊に助けを求めにきます。
罠かもしれないと疑いながらも彼の家に行ったクラウスたちですが、怪我をして高熱を出している幼い娘を見つけ、治療します。ところがそれからしばらくして、この一家は保護を求めて基地にやってきます。敵の助けを受けたということでタリバンに狙われているというのです。家財一式を担いで逃げてきた一家ですが、基地にはその場で彼らを受け入れることはできず、明日行くから今晩は家に帰れと、クラウスは父親に言うしかありませんでした。そして、翌日…。
彼らの家を訪れたクラウスたちが見たのは、惨殺された一家の屍でした。はげしく落胆し自分を責めるクラウス。しかしそのとき、その家をめがけて攻撃が始まります。その攻撃の中、瀕死の重傷を追う部下も出て、追い詰められたクラウスはある決断をするのですが…。
北欧の映画にはよくPKOに参加する兵士の話があります。
国連の活動、という、紛争当事国としての軍活動ではないので、現場の兵にとっては、はっきり言ってしまえば、なんで俺がこんなところに来て死ぬ思いをしなくちゃいけないんだ、という気持ちというか状況があります。
また、そういう作品では国に残された家族を並行して描くものも多く、なぜ自分の夫や兄弟や恋人がそんなところに行って死んだり、生きて帰っても人殺しをしてしまったというトラウマに悩まなくてはいけないのか、と問いかける作品も多いのです。
これは、常に当事国であるアメリカには描けない視点です。
「ある戦争」では、クラウスが下した判断が軍事法廷で裁かれることになります。映画の後半三分の一はこの軍事裁判と、デンマークでのクラウスと家族の関係を描きます。
クラウスは隊長として、部下たちの命を守ろうとします。しかし、その結果もたらされたものは、なんだったのか。どっちに転んでも、残るのはむなしさと後悔と哀しみと苦しみだけ。忘れようにも忘れられるものではありません。この記憶を一生抱えて、本人も、家族も生きていくのです。そのつらさ。
これも戦争です。
現在、自衛隊が南スーダンに派遣されようとしています。紛争は収まっているという前提ですが、実際には武力衝突があちこちで起きている状況です。
つまり、日本人にとっても、この映画のようなことが起こりうる。いえ、どこのどんな戦争でも、こういうことが起こっているのが今という時代なのです。
そんなことを考えながら見ていると、哀しみを通り越して怒りすら覚えてしまいます。
ひとつのシュミレーションとして、自分のこととして観ていただきたい作品だと思いました。
「ある戦争」は新宿シネマカリテ他でロードショー公開されています。